ロータス・フォートと
ケウラ・ソルト・マイン
Rohtas Fort & Kewra Salt Mines
イスラマバードから日帰り観光できる場所に、16世紀に建設された世界遺産のロータス・フォート、アレキサンダー大王の時代に発見され現在も採掘がつづくケウラ・ソルト・マイン(塩の鉱山)があります。
イスラマバードから日帰り観光できる場所に、16世紀に建設された世界遺産のロータス・フォート、アレキサンダー大王の時代に発見され現在も採掘がつづくケウラ・ソルト・マイン(塩の鉱山)があります。
ムガール帝国時代、第2代皇帝フマユーンに勝利し、短期間帝国を奪取したパシュトゥーン系の王 シェール・シャー・スーリ(Sher Shah Suri)が建てた要塞。 彼は1539年から1545年までの短い間の支配者でしたが、カブールからアグラ、そしてカルカッタまでの「王の道」グランド・トランク・ロードを整備し、その要衝にロータス・フォートのような要塞を建設、軍の強化、行政の整備も含めムガール帝国の基礎となる多くを築きました。 ロータス・フォートは1540年から10年かけて完成となりましたが、その時シェール・シャー・スーリは既に亡くなっており、その後の後継者争いの中でムガール帝国第3代皇帝アクバルが継承しました。ロータス・フォートは1997年ユネスコの世界遺産に登録されています。
イスラマバードより160キロ、ラホールより260キロのジェルム地区に位置する岩塩鉱山。長さ300キロ、幅8~30キロにのびる「塩の山脈」の中心地。 紀元前326年、ケウラより35キロのジェルム川河畔でラジャ・ポルスと戦っていたアレキサンダー大王の軍の馬が岩塩をなめたことが、この岩塩の鉱山の発見につながったと言われています。 その後も地元の人々によって細々と採掘が続けられていましたが、1849年、この地域がイギリス領インドに併合されてからはイギリスの支配下で採掘が進められ、1872年にはイギリスの専門家により岩塩の埋蔵部へのメイントンネルの開掘、新しい技術導入がなされました。 白色、ピンク色の美しい塩を採掘するケウラ岩塩鉱山は、トロッコによって見学できるパキスタン人にも人気の観光スポットとなっています。