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チベットみどころガイド

ツェタン

Tsetan

チベット語で「猿の地」を意味するツェタン。チベット人は観音菩薩の化身である雄猿の子孫という、民族族発祥にかかわる伝承神話に由来します。雄猿は羅刹女(悪魔)に結婚を迫られそれを断ると、羅刹女は「この世界の生き物を全て食べてしまうぞ」と脅します。雄猿は観音菩薩に相談したのち、結婚を受け入れます。その後、羅刹女と間に6匹の猿が生まれました。子孫繁栄していくうちに、食料が足りなくなります。猿たちが観音菩薩に相談すると、麦をまいて育てることを教わりました。それからも観音菩薩は猿たちに知恵を授けていきます。猿たちは知性をそなえ、豊かな感性をもちはじめると、次第に尻尾が無くなり言葉も話すようになり、チベット人の祖先になったとされています。ダライ・ラマの夏の離宮ノルブリンカと冬の宮殿ポタラ宮には、この発祥神話を物語る壁画が残っています。

サムエ寺/ Samye Monastery

8世紀、吐蕃国のティソン・デツェン王は仏教を国教に定め、インドの高僧パドマサンバヴァを招いて寺院の建立と流布に努めました。当時の仏教はインドと中国それぞれから伝来したものであり、両者の間で宗教論争が起きました。ここサムエ寺を舞台に、インドのカマラシーラと中国の摩訶衍が王の前で議論を戦わせます。結果インド仏教が勝利し、その後のチベット仏教はインド仏教を正統とし発展していきます。 サムエ寺はその伽藍の配置が曼荼羅となっており、中央の本堂は仏教世界の中心である須弥山を、四方に建てられた仏塔は四天王を表しています。近くにあるへポリの丘からはその構造が良く見て取れます。

へポリの丘から望むサムエ寺
巡礼者

ヨンブラカン/ Yumbu Lha Khang

初代チベット王が天から降りてきて築いた宮殿といわれており、現存している建物は1960年代の文革時に破壊されたものを80年代に再建したものです。
小高い丘を約20分登りますが、丘の上からはツェタンの田園風景が眺望できます。3階建てで、1階の本堂には三世仏、ソンツェン・ガンポ王、ティソン・デツェン王と文成公主、ティツン公主などを、2階はツォンカパ、パドマサンバヴァ、文殊菩薩などを祀っています。

ヨンブラカン

昌珠寺(タントゥク寺)/ Tradruk Temple

7世紀の吐蕃王ソンツェンガンポによって建てられたゲルク派の寺院。ラサの大昭寺(ジョカン)と同時期に建てられたことにより、構造が似ています。境内には大量の壁画と、ソンツェンガンポ王やその妃、文成公主の塑像が祀られています。この寺院で一番の見どころは、本物の真珠で作られた仏陀のタンカ(仏画)です。縦2メートル、幅1.2メートルで、真珠の他にダイヤモンド、サファイヤ、珊瑚、黄金などが散りばめられています。

タントゥク寺外観
内観

蔵王墓/ Valley of the Kings

ツェタン郊外のチョンギェ村にある吐蕃王国の王墓群。歴代の吐藩王を葬った古墳が集まっているため、「王家の谷」と呼ばれています。21の陵墓があったとされていますが、現在その存在が確認されているのは10墓。王の名前が判明しているのは7基といわれてます。
一番形がはっきりしているのは、ソンツェンガンポ王墓です。高さ15mほど、ほぼ正方形、頂部は平らで中央に1983年に建てられたという僧院(ゴンパ)があります。中にはソンツェンガンポ王、ティツン王妃、文成公主、大臣のガル・トンツェン、トゥンミ・サンポータの塑像が安置されています。

ミンドゥリン寺/ Mindrolling Monastery

ラサ空港からツェタンへ向かう途中、ダナン渓谷にあるニンマ派の総本山。17世紀にダライ・ラマ5世の師で、ゲルク派の仏教聖典を集大成した高僧テルダク・リンパが建立したお寺です。ミンドゥリン=「完全な解脱の場」の意。かつて壮大な中庭の回りに5重塔を含む、多くの僧堂伽藍がありましたが、文化大革命により破壊されました。現在は2つの仏殿が残ります。ここでの必見は護法尊(仏教の護り神)のお堂です。

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