ディマプール/ Dimapur
ナガランド州唯一の空港がある都市。とは言っても周囲にはのんびりとした雰囲気の田舎の風景が広がっています。郊外には今だ謎に包まれているカチャリ王国の遺跡が残っています。
カチャリ遺跡
コヒマ/ Kohima
ナガランド州の州都。コヒマ自体は丘陵沿いに広がった大きな街ですが、ここから少し車で走ると本物のナガの村が点在しています。コヒマの街の見所は東北インドで最大のカテドラルと珍しい食材が並んだ市場。昔は首狩り族として恐れられていたナガも、大戦中にイギリス人宣教師が持込んだキリスト教に改宗している人がほんとんです。 コヒマには大きな市場が2箇所あります。そのどちらでも見られるのがナガランド独特の食材。世界で一番辛いと言われる唐辛子やタニシ、芋虫など。ナガは牛肉も食べますが、一番好んで食べるお肉は「犬」なのです。当然ですが市場では犬肉も売られています。 また、コヒマのカテドラルは、インド東北州で最大のもの。コヒマの街を見下ろす小高い丘の上に建っています。門を入るとそこには桜の木が植えられています。これは大戦中の戦死者の慰霊のためにはるか遠く日本からこのコヒマに運ばれてきた物だとか。カテドラル内部には巨大なキリストの像が祀られています。
ヴィスウェマ村/ Viswema Village
人口約9000人。1300程の家族が住むアンガミ族の村。村の中ではキケ(角)が入り口の上に飾られた家を沢山見る事が出来ます。また、彫刻が施された村の入り口の門もの残っています。
村の門
ヴィスウェマ村の民家
キグウェマ村/ Kigwema Village
コヒマから南方。インパールとへ続く幹線道路沿い広がるアンガミ族の伝統的な村。 家々にはキケが沢山見られ、また、幾つかの家では力の象徴でもあるミトンの頭蓋骨が飾られているのを見ることも出来ます。
村の中心にはモロンが残っています。モロンとは日本語でいう所の「若者宿」。日本にも明治頃まで残っていた風習ですが、ナガの男性は結婚するまで集団生活を営み、自分より年上の男性から「ナガの生活」を学んでいました。
今ではこの風習は無くなりつつありますが、15年程前まではこのモロンで若者たちは家の建て方や耕作の仕方、夜這いの仕方、狩りの仕方や戦争の仕方等を身に付けていました。モロンを通じてナガランドの独特の文化は育まれてきたのです。
村の入り口にて
キグウェマ村
キサマ/ Kisama
2000年から始まったホーンビルフェスティバルというお祭りの会場がキサマです。毎年12月1日から開催されるこのお祭りにはナガランドの各地から様々なナガ族が集い、それぞれの民族衣装を身にまとい各民族のダンスを披露します。お祭りの会場となる広場の周囲には各ナガ族の伝統的建築を再現した民家が展示されています。
ホーンビルフェスティバルにて
ホーンビルフェスティバルにて
コノマ村/ Konoma Village
棚田広がる谷間に広がるアンガミ族の村。約500家族、3000人程の人が住んでいます。街の中心には建つ教会が建っており、ここから眺める周囲の棚田はまさに絶景。当然ですがモロンも残っています。この村では織物が盛んに行われており、運が良ければ女性が整経をしている様子や、機織をする様子を目にする事が出来るかもしれません。 教会の反対側にある石の階段を登ると一番上に一人のイギリス人の墓があります。昔この場所にやってきたイギリス人の探検家のお墓だとか。ここからの村の景色も絶景です。
谷間に広がる棚田
伝統的な家屋
旧コヒマ村/ Old KohimaVillage
現在のコヒマの街は元々この区画から広がって行ったそうです。入り口にはナガランド独特の彫刻を施した門が残っています。 ナガランドの村は「ケル」と呼ばれる大きな区画に分かれており、ほとんどの場合一つの村は4つのケルに分割されています。そのケルそれぞれにケルの長がおり、そのケルの長が人々の意見をくみ上げ、ケルの長の会議で村の方針が決まるのだそう。この文化はナガランド州内のほとんどの村に共通するそうです。 訪れた民家では大戦中の日本軍のカブトと剣を見せてくれました。果たして本物なのでしょうか・・・
入り口の彫刻
ロンサ村/ Longsa Village
約450家族、3500人位の人口を擁するアオ族の村。アンガミの村とは異なり、土壁の家が沢山並んでいます。村の中には大きな石が並んでおり、ミャンマー側のナガやチンも含めこの周辺に根付く「石」の文化を垣間見る事が出来ます。 「石」は力の象徴とされており、村人は自分の力を村人に誇示するため、お金を貯めてお祭りを開きます。お祭りのメインの儀式は山から大きな石を切り出し人の力で村の中まで運び入れ、家の前や村の広場に立てること。この儀式をすることで村の中でのその人の名声や地位が上がっていくのです。 本当に豊かな民家では幾つもの大きな石が並んで立てられているのが見られます。
ウンマ村/ Ungma Village
モコクチュンのすぐ手前にあるアオ族の村。ナガ族の男性が結婚するまで集団生活を行っていた際に暮らしていたモロンがきれいに残っています。家屋は高床式のつくりをしており、竹編みの床が特徴的です。
ウンマ村のモロン
モン/ Mon
ナガランド最奥の街。コニャック族の中心地でもあります。ここまで来るとさすがに道路状況も良くなく、宿泊施設も簡素な物になりますが、その分、古くから受け継がれてきたナガの伝統的な生活習慣を見ることが出来る場所です。モンを見ずしてナガランドを見たとは言えません。
モンに向かう道中のマーケット
モン村/ Mon Village
約250家族が住むコニャック族の村。現在でも村には王様が住み、王様のお住まいはコニャック族伝統の奥に長い造りの家。内部には様々な装飾品や複数いるそれぞれの王妃の部屋があります。 村の入り口近くにはモロンがあり、昔はアヘンを吸っている男性の姿も珍しくはありませんでした。コニャックの居住区に広がるアヘンは元々イギリス軍が持ち込んだ物。元々コニャック族は非常にすぐれた技術を持っており、鉄砲なども自分たちで作っていたそうです。それを恐れたイギリス軍がアヘンを持ち込み、男性たちをアヘン中毒にしてしまったのだとか。 かつて首狩りの風習があり、村の広場には狩ってきた首を飾った大きな岩が残っています。
モン村の家屋
モン村のアン(王女)
シャンニュー村/ Shangnyu Village
約1400人が住む村。この村へは山道をしばらく歩いて訪問します。村の中心にはやはり大きな石があり、まだ首狩りの風習が残っていた頃はここに他の村で狩ってきた首を晒したとのこと。 広場のすぐ近くには博物館があり、その中には一枚の木で出来た大きなモニュメントがあります。これは昔のこの村の王様が偶然ジャングルの中で発見した物らしく、村の言い伝えでは天使によって作られたものと信じられており、発見したときからこの形だったのだそうです。村はずれには一本の大きなバンヤン木が立っています。その木の根元には往時の首狩りの風習の名残である頭蓋骨が7~8個安置されています。このバンヤンの木は昔の村の入り口であったといわれています。
シャンニュー村 コニャック族の男性
シャンニュー村