ニジェール川流域
Niger River Basin全長4180kmでアフリカ第3の大河、ニジェール川。ギニアの山地から流れ出て、マリでは中部に大湿地帯を形成しています。10世紀ごろから、その大湾曲部にジェンネやトンブクトゥなどのサハラ交易都市が栄えました。
9世紀頃フェニキア人によってつくられた地中海沿岸の街で「サヘル(沿岸)の真珠」とも呼ばれています。 スースはハシェド広場を中心として新市街中心部、メディナ(旧市街)、ビーチ・エリア、港エリアの4つのエリアに分けることが出来ます。中でも周囲を高さ8メートルの城壁で囲まれているメディナは見所が多く、南北約700m、東西約450m程の壮大な規模を誇り、その中には9世紀アグラブ朝時代に建てられたグラン・モスク、メディナ最古の建造物で元々は要塞であったリバトなどがあります。 このメディナは1988年にユネスコの世界遺産に登録されました。
ジェンネはトンブクトゥとともにマリ帝国の「双子の姉妹」と呼ばれた都。ニジェール川の中州に位置し、トンブクトゥーとニジェール川をつなぎ食料を含む供給都市として栄え、最盛期のマリ、ソンガイ帝国の時代には11万の人口をかかえました。 現在は漁労民ボゾ族が暮らし、船の中継地となっています。毎週月曜日には市が立ち、かつての賑わいを現代に蘇らせます。 旧市街は世界遺産にも登録され泥で塗り固められた巨大なモスク等の建築物が見られます。
砂漠の民の宿営地として誕生し、やがてマリ帝国の時代には「黄金の都」と呼ばれるまでに繁栄したトンブクトゥ。サハラ砂漠の西部で採掘された岩塩は、何十日もかけてトンブクトゥに運び込まれ、ニジェール川を遡りセネガルで金と交換されました。そしてその金はキャラバンによってトンブクトゥへ運ばれたのです。 18世紀、ヨーロッパの探検隊はこの「黄金の都」を目指して旅に出ました。 現在のトンブクトゥは、砂漠の侵食によって街は急速に衰退し、現在も街は砂に埋もれつつあります。日干し煉瓦の住居や独特の形をした泥のモスクに、多くの探検家が探し求めた幻の黄金都市の栄華の跡を訪ねることができます。また、ラクダに乗ってトンブクトゥ郊外の遊牧民トアレグ族の村も訪問し、厳しいサハラの環境に暮らす砂漠の民の生活を垣間見ることもできます。