西表島には「横断道」と呼ばれる道があります。昔、車がない時代に使われていた道で、西部地区・浦内川から東部地区・仲間川へ島の中央部を貫く約18kmの道です。日帰りとはいえ、亜熱帯特有の気候と川沿いの悪路が続くため、踏破困難な道として知る人ぞ知るルートです。2021年3月にこの「横断道」の踏破とあわせて、西表島最高峰・古見岳と沖縄最高峰・於茂登岳に登った時の様子をご紹介いたします。
西表島の横断道を行く
■西表島大縦走(横断道)
今日は、雲は多いものの晴れ、気温は21℃。歩くにはとても良い条件です。ガイドの森本さんと清水さんの運転する車に分乗して、ホテルを出発しました。
上原地区にあるホテル、イルマーレ・ウナリザキを出発
10分ほどで浦内川橋に到着。早速、船乗り場に向かいます。朝一番のチャーター船に乗り、浦内川クルーズの開始です。
浦内川の船乗り場
浦内川は全長39km、主流長18.8kmで沖縄県最大(流域面積)の河川です。汽水域は470種に及ぶ魚類が生息しています。水深は最大15m。日本のマングローブの7割が西表島にあり、西表島のマングローブの9割がこの浦内川にあります。船員さんが見える山やマングローブの3種(オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギ)をはじめとした植物を丁寧に案内してくれました。
周囲の山々が水面に鏡のように映ります
タコの足のような支柱根を伸ばすヤエヤマヒルギ
セイシカ(聖紫花)
タイワンヤマツツジ
シダの群落(タカワラビ)
軍艦岩で下船。ヒル除け&ダニ除けスプレーをたっぷりかけて、08:10に縦走開始です。ガイドの森本さんが滑りやすい粘土質の赤土を示しながら、西表島と沖縄本島との地質の違いを説明してくれました。西表島や石垣島の地質は、主に砂岩や礫岩、泥岩でできており、酸度が高いため、パイナップル栽培に適している事。一方、沖縄本島(の中西部)は、珊瑚礁を起源とする琉球石灰岩からなるため、サトウキビ栽培に適しているそうです。一ノ沢、二ノ沢と次々現れる小さな沢を越えて、七ノ沢を越えたあたりで、「マリユドゥの滝」を見下ろす展望台に到着しました。
名の由来になった楕円形の滝壺をもつマリユドゥの滝
ギランイヌビワ
電話線の碍子(がいし)、横断道に電話線が引かれていた名残
再び縦走を続け、十一ノ沢を越えたあたりで「カンビレーの滝」に到着しました。ここで歩き易い道は終わり、岩盤が剝き出しになった滑りやすい川床を歩きます。
カンビレーの滝
川床には、沢山の穴が開いています。見事な丸型の穴は、ポットホールと呼ばれるもので、柔らかい砂岩質の岩盤に、川の流れの力で小石が長い年月をかけて少しずつ岩盤を削ってできた穴です。もう1種類は、マグマが冷え固まる時に、丸い気泡の形のまま固まったため、穴になったものもあるとの事でした。
滑りやすい川床を行く
ハート型のポットホールでは、カンピレーの滝に伝わる話を聞きました。西表島の神々がここに集って、宇奈利崎に新たに神を招くことになり、ヤマトゥから女神を招いたそうです。このポットホールがその女神に贈る宝石箱だったとの事でした。
ハート型のポットホール
カンピレー口(ぐち)と呼ばれる横断道入口からいよいよ横断道が始まります。いきなり急登からはじまりました。急登を越えるとロープの張られた場所、イノシシのヌタ場になっているぬかるみ、浦内川右岸の川沿いの崖路、そして、オキナワウラジロカシやイタジイ、ヒカゲヘゴ、沢山のシダの生えたジャングルの中を進みます。
横断道入口
ヒカゲヘゴ
ぬかるみ道
登山と異なり、アップダウンがあまりなく、ほぼ平坦な道なので、早いペースでガシガシと縦走を続けます。休憩は30分毎と頻繁に取ってくれるのですが、ザックを下ろして、呼吸を整え(深呼吸して)、水分や行動食をとったら、すぐに出発となります。時間にすると3分から5分程度です。頻繁に前を歩く人の足についたヒルを取りながら歩きました。途中、オオハナサキガエルの白い卵やサキシマスジオというヘビ、サキシマキノボリトカゲ、アマビコヤスデを見ました。
オオハナサキガエルの白い卵
ヤエヤマオオタニワタリ
イタジキ川出合には11:05に到着しました。イタジキ川出合から、ロープの垂れたかなりの急斜面2段を登ります。ここからまた川沿いの崖路が続きました。
イタジキ川出合
イタジキ川上流、ツアーでは訪れませんが、この先にマヤグスクの滝があります
急斜面の登り
横断道の中間点を過ぎ中間広場へ。14:30に中間広場を出発し、第一山小屋跡には15:05、大富・古見への分岐には15:15に到着しました。
中間広場
ヤエヤママルヤスデ、毒があるので注意
エゴノキの花、毒があり潰して川にいれると魚が浮くそうです
その後、尾根にあがると、ずっと右手に見えていた浦内川が見えなくなり、今度は左手に仲間川が見えてきました。
尾根への登り
左手に仲間川
セマルハコガメ
さらに登ると分水嶺に到着。さらに10分ほど下るとようやく大富口に到着しました。時間は17:00ちょうどです。この調子なら日没前に大富林道入口まで踏破できそうです。頑張りました!
大富口の看板
大富口からはゆるい登りの林道が続きました。途中、樹上にあるスズメバチの巣のようなタカサゴシロアリの巣がありました。
林道歩き
タカサゴシロアリの巣
ヤエヤマヤシの展望地から舗装道路に変わり、仲間川展望台には17:40に到着しました。仲間川の蛇行した様子と海、そして、新城島(パナリ島)も薄っすらと見えています。ガイドの清水さんによると3月下旬から4月にかけて東南アジアからアカショウビンが渡ってくるそうで、アカショウビンが島に現れると夏が始まると教えてくれました。
蛇行する仲間川
仲間川展望台から、ゴールに向かって、ひたすら歩みを進めます。最後の20分はまた登りとなり、舗装の禿げた砂利道を頑張って進み、大富林道入口には18:20に到着しました。お疲れさまでした~!
大富林道入口のゲート
大富林道入口からは、迎えの車に乗ってホテルに戻りました。シャワーと着替えを大急ぎで済ませて、オリオンビールで乾杯しました。全員で完歩できた事がなりよりも嬉しかった瞬間でした。
■西表島最高峰・古見岳
今日は、西表島最高峰・古見岳の頂を目指します。朝食をゆっくりいただき、8:00にホテルを出発しました。ガイドの森本さんの車で登山口へ向かいます。車中、エコロードと呼ばれる道路の説明をしてくれました。この道路は、イリオモテヤマネコ(以下ヤマネコ)やセマルハコガメなどの動物が渡れるように道路の両側の側溝は「U字」ではなく「V字」になっている事、ヤマネコは音が嫌いなのでゼブラゾーンと呼ばれる音が鳴る道路をヤマネコの目撃情報の多い場所に設置している事、道路の下にヤマネコ用のトンネル=アンダーパスを設置している事。道のわきにある黒いネットは、動物が道に出てこないようにするためとの事でした。動物が轢かれるとその礫死体をヤマネコが狙うため、ヤマネコ以外の動物も轢かれるのを防止する必要があるのです。そんなお話を聞きながら、古見岳の登山口に到着しました。早速、たっぷりヒル除けをスプレーしたものの「川の渡渉の際に流れてしまうよ」と言われ納得です。9:05に出発しました。
古見岳の登山口
ヤマネコのアンダーパス
相良川に下り、早速、沢靴で川をじゃぶじゃぶと進みます。水道管を過ぎ、砂防ダムにはテナガエビがいました。夏にはボラもいるそうです。
水道管を過ぎ砂防ダムへ
イジュの実、おじい・おばあの顔に見えます
10数回渡渉を繰り返し、最後の渡渉地点には10:25に到着。皆さま、沢靴を脱いでデポし、運動靴やトレッキングシューズに履き替えます。履き替える際にヒルを落とします。横断道でヒルの洗礼をうけたので、皆さま、落ち着いた手さばきです。
10数回渡渉を繰り返す
下から這い上がるヒル
最後の渡渉地点からは、いきなり急登です。古見岳の行程で一番の急登が標高差200mほど続きます。ジャングルの中で風が通らないので汗が吹き出します。小浜島と竹富島の見えるビューポイントを通過し、尾根に出ると古見岳のビューポイントに到着しました。
いきなりの急登
小浜島と竹富島の見えるビューポイント
尾根から相良川の源流部分に下り、源流の小川を詰めていきます。12:05にはロープが張ってある相良川源頭の鞍部に到着しました。標高は375mでした。
源流の小川を進む
レンギョウエビネ
鞍部からさらに進むとヒカゲヘゴの奥にこんもりした古見岳の山頂が見えてきました。最後にリュウキュウチクの生い茂る急登を登り終えると古見岳(470m)に到着しました。12:25でした。
ヒカゲヘゴ
リュウキュウチクの生い茂る急登
山頂の南東方向には小浜島や竹富島が見えます。北西方向にはテドウ山とその左に鳩間森、波照間森の山並みが見えました。ガイドの森本さんによると船浦中学校はテドウ山を、大原中学校は古見岳をそれぞれ中学校の行事で登るそうです。山頂でお弁当を食べて、12:50に下山を開始します。
古見岳の山頂
山頂に置かれたイリオモテヤマネコの石碑
北西方面の展望、左から八重岳、波照間森、鳩間森、テドウ山
下りは、特に不意につかんだ木や枝にヤマンギ(イワサキカレハという毒蛾の幼虫)がいないか注意しながら進みます。ヤマンギの毒針に刺される痛さは、ハブに噛まれたのと同じと言われています。
ヤマンギ、枝に擬態しているので見分けるのが困難です
慎重に急斜面を下り渡渉地点に到着。ここで再び沢靴に履き替え、渡渉を繰り返して登山口には、15:35に到着しました。皆さま、お疲れ様でした!
■沖縄最高峰・於茂登岳
今日は、ツアー最終日。石垣島に戻り、沖縄県最高峰・於茂登岳の頂を目指します。ホテルを出発し、10分ほどで上原港に到着。8:00ちょうどにフェリーが到着し、すぐ乗船が始まります。たった5分で準備が完了し、上原港を出航しました。波も穏やかで揺れる事もなく、順調に進み、石垣港離島ターミナルには8:55に到着しました。
朝の上原港
石垣港離島ターミナルでガイド白鳥さんと合流し、於茂登岳の登山口へ向かいます。西表島に4泊していたので、車窓から眺める石垣市内の街並みが都会に見えました。20分ほどで到着し、ガイドの白鳥さんからヤマンギとサシキマハブに注意するように案内がありました。ヒルやダニはあまりいないそうで、その点は一安心でした。なお、ハブは夜行性なのですが、昼間に出くわすこともあります。でも、出会ってしまってもハブは臆病なのでじっとしていればハブの方が逃げていくそうです。9:40に登山口を出発しました。
於茂登岳の登山口
この山の山頂にはNHKの受信施設があり、作業員が登るため、所々コンクリートで舗装されていますが、壊れている部分もあり、かえって歩きづらかったりします。また、岩には苔が生え、滑らないように注意しながら登って行きます。台風で倒れてしまったイタジイの大木やカゴメラン、エゴノキの花などを眺めながら、登り続けます。
樹林帯を行く
15分ほどで水神を祀った石碑に到着
新芽の赤いヒリュウシダ
急登スリップ注意の看板からリュウキュウチクの長いトンネルの急登が始まりました。石垣島では、唯一山頂付近にしかリュウキュウチクは自生していません。10分ほどで気象台の丸いドームが見え、急登が終わりました。さらに進むと鉄塔があり、その奥に於茂登岳の山頂(526m)がありました。11:10に到着しました。
リュウキュウチクの長いトンネル
気象台の丸いドーム
山頂の看板が立てかけてある岩が神聖な岩で、その岩の上には立たないでくださいとガイドの白鳥さんから言われました。リュウキュウチクで視界は遮られ、足元と笹原しか見えない山頂ですが。いくつかある岩の上に立つと辛うじて視界が広がります。岩の上から、川平湾(かびらわん)、石垣島で2番目に高い桴海於茂登岳(ふかいおもとだけ)、三角形の尖った山頂が目印の野底岳(のそこだけ)または野底(ヌスク)マーペーを見ることができました。リュウキュウチクを刈り取ってしまえばいいと誰もが思いますが、この山は古くから信仰のために石垣島の人々が登る山だったので、伐採が認められていないそうです。
於茂登岳の山頂
川平湾
桴海於茂登岳(左)と野底岳(中央奥)
下山は往路を戻ります。途中、名無しの滝に立ち寄りました。白鳥さんによると石垣島では滝は珍しく、きっと石垣島の中では1位2位の大きさなのだとか。ただし、名前がない事が幸いして、人の手が入らずに自然のまま残ったそうです。また、涸れることなく、一定の水量を保っているそうです。
名無しの滝
その後、1930年代まで使われていた石垣やコミノクロツグやギランイヌビワなどの説明を聞きながら、12:45に登山口に戻りました。幸い、ヤマンギに刺されることもなく、ハブにも出会わず、下山することができました。皆さま、お疲れ様でした!
コミノクロツグ、繊維を使ってロープにしたそうです
ギランイヌビワ、幹に乾生果をつけるのが特徴
下山後、石垣空港へ向かう途中に於茂登岳がよく見え、山旅の最後を飾るに相応しい景色を見ることができました。
鉄塔が目印の於茂登岳(左)と桴海於茂登岳(右)