信越トレイル 80km完全踏破
- 日本
2021.03.15 update
日本のロングトレイルのパイオニア・先駆けとして有名な「信越トレイル」を7月と10月に歩きました。長野県と新潟県の県境に連なる関田(せきだ)山脈の尾根沿いにつくられたこのトレイルは、かつては信濃と越後を結ぶ交通の要所として16もの峠道が存在し、越後からは塩や米などが、信濃からは内山紙や菜種油などが運ばれました。古くは親鸞聖人の布教の道、戦国時代には上杉謙信が川中島の合戦の際に兵を連れて峠越えをしたとも言われています。また、標高1,000m級のこの山脈は、積雪が8mを超える豪雪地帯で、貴重な原生林に近い状態のブナの森が残されています。この全長80km、6つのセクションに渡る「信越トレイル」を6日間かけて踏破した時の様子をご紹介いたします。
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セクション4・戸狩のブナ美林を行く(7月)
■1日目(セクション1の前半):斑尾高原登山口→斑尾山→万坂峠
飯山駅より、冬はスキー客で賑わう斑尾高原を通り、斑尾高原の登山口へ向かいました。登山口は、キャンプ場になっておりキャンパーの姿も見えました。トイレを済ませ、早速トレッキングを開始です。スキー場の斜面なので、見通しがよく気持ちよいですが、いきなり急登に汗が吹き出します。
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見通しの良い斑尾高原登山口
7月下旬にはニガナ、ノリウツギ、ウツボグサ、ネジバナ、ヤナギラン、タムラソウ、ヒヨドリバナ、ゴゼンタチバナなどが咲いていました。
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ヤナギラン(柳蘭)葉が柳に似ていて、花をランにたとえたのが名の由来。
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ゴゼンタチバナ(御前橘)花の咲く株は葉が6枚にまで成長したもので、4葉の株にはつかない。
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いきなりの急登に汗が吹き出します(7月)
1時間弱で「県境ベンチ」という見晴らしの良い展望ポイントに到着。ベンチの色が新潟側が青色、長野側が緑色になっていました。カエデの大木が1本あり、目印になっています。天気が良いときは、信越トレイルのゴール・天水山まで見えるそうですが、生憎の曇り空。それでも眼下に斑尾高原と飯山盆地が広がっており、時折吹く風と相まって、気持ちがよいところでした。
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見通しの良い県境ベンチ(7月)
ここから樹林帯の山道に変わり、リフト終点、北山頂を経て、斑尾山の山頂へ。ここが信越トレイルのスタート地点になりますが、トレイルに進む前に、大明神岳を往復しました。大明神岳は、晴れていれば北信五岳の飯縄山、戸隠山、黒姫山、妙高山を一望できる展望ピークなのですが、残念ながら山の展望はなく、眼下の野尻湖を見て引き返しました。
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大明神岳より野尻湖を眼下に(7月)
再び斑尾山を経て、北山頂から急な斜面を下りました。タングラム・スキー場と斑尾高原スキー場の境になっています。このあたりは、ウダイカンバの木が多く、ダケカンバやシラカバと混生していました。ダケカンバは、通常は亜高山帯(1,700m~2,500m)に生育しますが、この辺りでは、1,000m程度なのに生育しています。これは厳しい気候条件であることを物語っています。万坂峠に到着しこの日の行程を終了しました。
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ウダイカンバの混生する斜面を万坂峠へ(7月)
■2日目(セクション1の後半~2):万坂峠→赤池→涌井
万坂峠より30分弱で袴湿原に到着。7月にはサンカヨウの実やウバユリのつぼみ、マルバフユイチゴ(コバノフユイチゴ)の葉、マタタビの葉、ギボウシの花などが咲いていました。
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袴湿原(7月)
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ギボウシ(擬宝珠)つぼみ又は包葉に包まれた若い花序が擬宝珠に似ることに由来。
袴岳を越え、急な下りで柏ヶ峠へ。そこからはほぼ平坦で、途中から未舗装の林道になり、セクション1の終点である赤池に到着。
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赤池(7月)
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ブナの木にツキノワグマの爪痕
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アガリコと呼ばれるコブ状になったブナ(7月)
さらに林道を進み沼の原湿原へ。湿原は、南に広がっていますが、トレイルは北側をかすめるように進みます。7月にはオタカラコウ、クルマユリ、オカトラノオなどが咲いていました。
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沼の原湿原(7月)
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クルマユリ(車百合)茎に輪生する葉を車輪の輻にたとえたことに由来。
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オタカラコウ(雄宝香)
ブナとサクラが植樹された命(いのち)の森は、ヒヨドリバナのお花畑になっていて、風があり気持ちのよいところでした。その後、希望湖(のぞみこ)へ。東山魁夷の「静映(せいえい)」のモデルになった美しい湖でボート乗り場がありました。
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ヒヨドリバナにとまる“海を渡る蝶”アサギマダラ(7月)
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希望湖(7月)
飯山盆地が眼下に広がる毛無山(大平山)を経て、涌井新池へ下りました。10月にはアケビや山ブドウがたわわに実っていて、秋に味覚を楽しみながらのんびり進みました。未舗装の林道をゆるやかに下って、涌井の集落に到着しました。
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畑の間を緩やかに下り涌井へ
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マツヨイグサ(待宵草)
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アケビの実(10月)
■3日目(セクション3):涌井→黒岩山→仏ヶ峰登山口→とん平(戸狩温泉スキー場)
涌井からいきなりドロドロの登山道を30分ほど苦労して進むと、未舗装の林道になりました。ほぼ平坦で道幅も広い道で、富倉峠、大将陣跡、北峠・ソブの池、黒岩山へと進みました。
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林道脇のオオイワカガミの群生(7月)
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歩きやすい未舗装の林道歩き(7月)
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富倉峠に残されている石垣(7月)
未舗装の林道をなおも進み、テントサイトになっている桂池・平丸峠へ進みました。桂池から仏ヶ峰登山口までの区間が、この日の核心です。歩きやすい林道から悪路の登山道に変わり、かつ2つの沢を越えるため、アップダウンもあり、2時間が長く感じました。
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悪路の沢越え(10月)
ようやく視界が開け、スキー場のリフト終点になっている仏ヶ峰登山口へ。その後、戸狩温泉スキー場を下って、とん平に到着しました。
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仏ヶ峰登山口より戸狩温泉スキー場を望む
■4日目(セクション4~5の前半):とん平→仏ヶ峰登山口→鍋倉山→関田峠→牧峠
今日の行程は、6日間の中で一番長く、コースタイムで8時間30分。かつ、登山口のとん平からずっと登りが続き、鍋倉山までの標高差は600m強。頑張りどころです。
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まずは仏ヶ峰登山口へ登り返し(10月)
仏ヶ峰登山口から急登を30分ほど登ると、今は使っていないリフト終点に到着。ここから先は、稜線上のアップダウンを仏ヶ峰へ。小沢峠(こざわとうげ)の先には、「戸狩のブナ美林」と呼ばれている若いブナ林がありました。
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戸狩のブナ美林(7月)
その先は、鍋倉山までやせ尾根のアップダウンが続きます。やせ尾根といっても樹林帯なのでさほど恐怖感は感じませんが、慎重にすすみます。10月には、西側に日本海、東側に千曲川と栄村、野沢温泉の景色が広がり気持ちの良い稜線でした。
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鍋倉山を正面に痩せ尾根を進む(10月)
久々野峠(くぐのとうげ)に下り、黒倉山に登り返しました。眺めがよく、米山(よねやま)と日本海、直江津の火力発電所まで見ることができました。
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西側に広がる日本海の景色(10月)
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目を凝らすと直江津の火力発電所が(10月)
高田藩の鉄砲隊の詰め所に通じる峠から名づけられた筒方峠(どうがたとうげ)を経て、セクション4の終了点・関田峠へ。関田峠は、16ある峠の中で最も標高が高く、かつ新しくできた峠道です。この辺りは積雪のため横に曲がって伸びたブナが多く、またいだり、くぐったり、時には頭をぶつけながら進むことになりました。梨平峠を経て、牧の小池へ。ここから急斜面を30分ほど下り、ようやく牧峠に到着しました。
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ようやく牧峠に到着(10月)
牧峠は鷹柱と鳥の渡りでバードウォッチャーには有名な場所で、10月には数名の方が大きな望遠鏡とカメラを設置しており、親切にも望遠鏡をのぞかせてくれました。
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鷹柱と鳥の渡りで有名な牧峠(10月)
■5日目(セクション5の後半~6の前半):牧峠→花立山→伏野峠→野々海峠
牧峠からいきなり急登から始まりました。また、昨日同様に横に曲がって伸びたブナが多く、またいだり、くぐったり、時には頭をぶつけながら進むこととなりました。このあたりには、7月にはツクバネソウの花が咲いていました。
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ツクバネソウ(衝羽根草)
花立山から伏野峠(ぶすのとうげ)までは、多少のアップダウンはあるものの、おおむね平坦な道が続きました。
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宇津ノ俣峠から伏野峠へ(7月)
伏野峠はセクション6の起点となります。地面にめり込んだ信越トレイルの看板を見ると雪の重さを実感します。
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雪の重みで地面にめり込んだ看板(7月)
伏野峠からは須川峠、菱ヶ岳分岐を経て、アップダウンを繰り返しながら進むと、野々海峠(ののみとうげ)に到着しました。
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アップダウンを繰り返しながら野々海峠へ(7月)
■6日目(6の後半):野々海峠→ 天水山→松之山口
野々海峠から20分ほどで長野県最北端の展望ポイントに到着です。越後三山の越後駒ケ岳と八海山、中ノ岳に加え、巻機山などが見える好展望地でした。
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野々海峠(10月)
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長野県最北端の展望地(10月)
さらに45分アップダウンを繰り返し深坂峠(みさかとうげ)に到着しました。深坂峠は、日本海と刈羽黒姫山と弥彦山。守門岳、浅草岳、越後三山、平ヶ岳、巻機山などが見える新潟側の展望が良い峠です。
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深坂峠(10月)
三方岳から天水山までは、2時間弱の道のりです。アップダウンを繰り返して天水山を目指します。
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新潟側の展望(10月)
「熊太郎」と呼ばれるブナの巨木が出てきたら、天水山への最後の登りとなりました。美しいブナ林の中を一歩一歩かみしめるように登りました。
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ブナの巨木「熊太郎」(7月)
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天水山への最後の登り(7月)
6日目という長きに渡った信越トレイルの終点・天水山にようやく到着しました。その後は、松之山口へ急斜面を慎重に下りました。ここには真っすぐに伸びた若いブナ林が広がっていました。昔、薬草オウレンを栽培するために下草を刈り取った所、林の中まで光が入るようになり、ブナが元気に育ったそうです。その後、オウレン栽培は採算が取れずに終了したそうですが、結果としてこのようなブナ林となったそうです。最後を飾るに相応しい美しいブナ林でした。
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松之山口への下り(10月)
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黄葉のはじまったブナ林(10月)
松之山口に到着し、無事に80kmを完全踏破することができました。まさに原生林に近いブナの森の豊かさや美しさをじわりと感じる事のできる素晴らしいトレイルでした。