長い冬が終わり、その間にあつらえた新しい衣装を身に着け春の到来を祝う祭り、ジョシ。祭りの後に夏の放牧に行く家畜たちの安全を祈願し、祭りでは若い男女が出会う場所でもあります。
久しぶりにカラーシャの春祭りジョシへ行ってきました。この数年、パキスタンの辺境も「オーバーツーリズム」の様相で、いまや欧米だけでなくタイ、マレーシアなど東南アジアの観光客が押し寄せています。それに対してカラーシャの谷は圧倒的に欧米の観光客が多い場所。カラーシャの人々の外見と「アレキサンダー大王の軍隊の末裔説(DNA調査により関係ないと結論が出ているようですが)」で人気があるのかもしれません。
最近のパキスタン人観光客のSNSに上がる“Chilam Joshi Festival”の写真を見てその変化に驚いていました。昔のカラーシャを知っている方々にとっては「残念過ぎる状態」かもしれません。2024年の春に経験したカラーシャのジョシ祭の儀式の一部をご紹介したいと思います。なお、名前・スペルなど案内してくれた地元の方々の協力によるもので、文献などと異なる場合もありますが、現地で見聞きした通りで表現しています。ご容赦ください。
カラーシャの谷へ
クナール川を渡るつり橋がコンクリート橋に変わったものの、昔ながらのアユンの街並みが残っています。道を進めていくとヒンドゥークシュ最高峰ティリチミール(7,708m)を望む場所があり、さらに進めるとオーバーハングの崖もあるオフロードを川沿いに走ります。そしてつり橋を起点に左がボンボレット谷、右がランブール谷へと続きます。
カラーシャの谷へ
カラーシャのジョシ祭にはいくつかの儀式があります。
「ビシャの花摘み」プーシェンパリック Pushen Parik
子供たちが山に入り、神殿の飾り付けとチリクピピの儀式のために(ボンボレット谷の場合)ビシャの花を摘みます。ビシャは豆科の Piptantus Nepalensisで、カラーシャの人々にとってほかの花よりも早く咲き、「春の訪れを告げる花」です。
ビシャの花を摘んできた少女
神殿の飾り付け(プシ・ベヘック Pushi Behak)
家や神殿をビシャの花で飾り付けることを プシ・ベヘックPushi Behakと言います。ランブール谷では、夕方までにたくさんの花が集められ、8時ごろには飾り付けの時間まで一緒に過ごす子供たちが集まってきました。中にはブランケットを持ってきている子供も。9時ごろに太鼓をたたき、子供たちが踊り始めました。その様子はさながら“子供たちのジョシ”。30分ほど踊ると、子供たちはみんなで寝る場所へ移動していきました。早朝3時ごろ、ビシャの花とクルミの枝を持った子供たちがジャスタック・ハン神殿へ歩き始めました。神殿の入り口で昨年の花を落とし、みんなで新しい花を飾ります。外部が終わると中に入り、神殿の隅にある村の4つの氏族の祭壇へ。子供が一人代表で上がり、古い花を落とし新しい花を飾りました。そして広場に出て再び30分ほど踊りに興じました。
ビシャの花を持って神殿へ向かう子供たち
ジェスタク・ハン神殿の外壁を飾る女性たち。Jestakは家庭生活、家族・結婚の女神でこの女神の住まいがジェスタク・ハンです
ジェスタク・ハン神殿の内部。昨年のビシャの花を落とすと、バラングル村の4つの氏族の祭壇が現れました
祭壇は新しいビシャの花とクルミの枝で飾られます
ランブール谷の赤ちゃんの浄めの儀式(グルパリック Gul Parik)
ランブール谷のグルパリックは祭りと祭りの間の期間に生まれた赤ちゃんに対して行われます。ジョシ祭では、12月のチョウモス祭から5月のジョシ祭の間に生まれた赤ちゃんが対象です。この儀式をするまでのお母さんと子供は「不浄」と考えられ、お母さんと子供を浄めるのがグルパリックで、子供の健康を祈ります。儀式を行う男性は、自分自身も儀式のパンを焼く場所も浄め、この儀式のために浄められて用意された特別な小麦粉を、浄められた道具を使って神聖なクルミのパンを作ります。パンは最低でも男性用に5つ、女性用に5つ(それぞれ異なる粉です)、ふるまい用含めて20枚ほど焼かれます。
女性用、男性用の神聖なパンを焼くために用意された、浄められた小麦粉、クルミ、岩塩
クルミと岩塩を潰す男性
神聖なくるみのパン
くるみのパンが焼き終わると、お母さんと赤ちゃんが神殿へ現れ儀式が始まります。
グルパリック、赤ちゃんの浄めの儀式
神々しい空間、カラーシャの祈りの世界に圧倒されました。
ミルクの儀式(チリクピピ Chirik Pipi)
ボンボレット谷のチリクピピです。朝、女子たちがミルク容器と前日に集めたビシャの花とを持って集まります。儀式が始まると一斉に子供・女性たちが神聖な家畜小屋へ。村の人によると、5月1日から貯めた神聖なヤギの乳で、女性たちに配ります。本来なら、ここでチリクピピの歌(花の歌)が歌われるそうですがそれは聞きませんでした。家畜小屋は1か所ではなく何か所もあり、私たちは2か所回りました。そしてその後、村人が山を背景に踊っている美しい光景を見ることができました。
儀式の前に、集まり歌い、踊るカラーシャの人々
ミルクを入れる容器を手に集まった子供たち
清められた家畜の乳を配る。チリクピピの儀式
ミルクをもらい、ビシャの花で飾られた家畜小屋から出てくる女性たち
儀式の後、踊る女性たち
ボンボレット谷の赤ちゃんの浄めの儀式(グルパリック Gul Parik)
ボンボレット谷のグルパリックはランブール谷とは異なるスタイルの儀式です。昨年のジョシ祭以降、1年の間に生まれたすべての赤ちゃんとお母さんを浄め、赤ちゃんの健康を祈ります(実際には何回か清めの儀式があり、これが最終段階の浄めの儀式だそうです)。
赤ちゃんのいる家からクルミと乾燥した桑の実が入ったバスケットが村の広場へ届けられます。そして合図があると集まった村の女性たちと儀式を受けるお母さん・赤ちゃんが家畜小屋付近へ移動。そして、儀式をまかされた村の男性が集まった女性たちにミルクを投げて浄めます。
儀式が終わると再び広間に集まり、バスケットに入っているクルミと桑の実が分配されます(私たち、観光客にも!)。この日はボンボレットの小ジョシが行われるため、みんな準備のため家へ戻っていきました。
クルミと乾燥桑の実の入ったバスケットを運ぶ。村によってはチーズの場合もあります
浄めの儀式へ向かうお母さんと赤ちゃん
屋根の上にいるのがミルクで浄める男性(Chir histauチールヒスタウ)。この儀式をChirhistic チールヒィスティック(チリスティック)といいます。
クルミと桑の実を分配。写真に写っている犬は儀式の間もずっと一緒に行動していました。カラーシャの人々と犬はとても近い距離にあるようです。
ランブール谷のジョシ祭
一連の儀式が終わると、小ジョシ祭(サタック・ジョシ Satak Joshi)、 大ジョシ祭(ゴンナ・ジョシ Gonna Joshi)が持たれます。今は屋根のある会場で行われ、かなりの観光客でにぎわいます。
小ジョシはチャー(速いテンポの曲)やドゥーシャク(遅いテンポの曲)、より複雑なダライジャイ ーラックといった太鼓と歌と踊りが繰り返されますが、大ジョシは最後に儀式的な踊りが組み込まれます。
カラーシャの曲は太鼓と歌からなる楽曲で、さらに限定された旋律の繰り返しです。歌詞は儀式にちなんだもの、カラーシャの神話や歴史にふれているもの、恋愛に関するものなど多様だそうです。基本は、「乳の豊穣を祈り、民族としてのアイデンティティを全員で確認」するための音楽です。
そしてジョシ祭の最後にはこの祭りの特別な曲「ガンドーリ」、「ダギナイ」が演じられます。
「ガンドーリ」枝を手にして投げる瞬間を待つ
ダギナイはジョシの最後を締めくくる歌で、チャーの旋律で歌われる「悲恋の歌」です。歌の間、紐や布でつながって鎖のようになって踊り(本来は柳の枝で編んだものだったそうです)、この鎖が切れると災いがあるとされ、みんな必死に紐を握っていました。最後は突然太鼓の音が止まり、一斉にこの布を投げて、ジョシが終了します。
紐でつながって踊る「ダギナイ」
「ダギナイ」の歌詞です。(季刊民族学 1991年”カフィリスタン・ムンムレット谷 カラーシャ交響曲 「ジョシ」 ”より)
ダギナイ かの偉大なる谷間の上に
ウチャオ月に先し月のころわれ、山の牧にあり
おお、ダギナイ ダギナイ
白き柄の小剣 みぞおち深くささり
おお、ダギナイ
この歌の背景はカラーシャの誰もがしっている悲恋の物語です。
むかし、ある男その妻の妹と恋仲になりし
嫉妬した妻、放牧地に夫行きし間にヘビの毒もちいて妹を殺(あや)めし
男、戻りてみると、その恋びと、毒によりビーシャの花のごとく黄色くなりすでに息絶えて眠りし
男、悲しみ、「ダギナイ」を歌いしのち遺体に突き立てし刃の上に身を投げ、 自害せり
男と恋びと、べつべつの柩に入れられしも翌朝にはひとつの柩のなかに眠りし驚きし人びと、ふたたびふたり引き離し
べつべつの柩に戻ししも、翌日またふたりひとつの柩のなかに収まりし
ふたりの愛、かくのごとく強し
この物語の歌を歌い、踊り、カップルが誕生していくんですね!
今どきのカラーシャの若者たち
ジョシ祭のもうひとつの意味は、男女の出会いの場所であることです。伝統的にはジョシ祭のあとに夏の放牧地に行くので、戻ってきた後に行われる8月下旬のウチャオ祭が恋愛の本番になります。ジョシと同じ舞台で、夜に若い男女だけが踊り、相手を探します。
「ガンドーリ」
25年以上カラーシャの春祭りに通っている男性に聞いたところ、カラーシャの衣装や若者の様子はかわってしまったけど、儀式は25年前と変わらないよ、と。
Photo & text : Mariko SAWADA
参考文献・出展:季刊民族学1991年 小島令子著「カラーシャ交響曲「ジョシ」
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