タグ別アーカイブ: 北欧

アアルト

(C)FI 2020 – Euphoria Film

フィンランド

アアルト

 

Aalto

監督: ビルピ・スータリ
出演: アルバ・アアルト、アイノ・アアルト ほか
日本公開:2023年

2023.8.30

20世紀を代表するフィンランド人建築家アルバ・アアルトの人生

フィンランド出身の世界的建築家・デザイナーのアルバ・アアルトの人生と作品にスポットを当てたドキュメンタリー。

不朽の名作として愛され続ける「スツール60」、アイコン的アイテムである花器「アアルトベース」、自然との調和が見事な「ルイ・カレ邸」など、優れたデザインの家具・食器や数々の名建築を手がけたアルバ・アアルト。

同じく建築家であった妻アイノとともに物を創造していく過程とその人生の軌跡を、観客が映像ツアーに参加しているかのような独創的なスタイルで描き出す。さらに、アイノと交わした手紙の数々や、同世代の建築家、友人たちの証言を通し、アアルトの知られざる素顔を浮き彫りにしていく。

フィンランドという国のことは、「知っているようで知らない」と感じる方が少なくないはずです。デザインセンスがあるっぽい、自然が豊かっぽい、オーロラが見えるっぽい、教育・福祉が充実していそう、日本から一番近いヨーロッパ、日本人と気質が似ている、キシリトール、、、などなど。連想し得ることは様々ですが、「フィンランド人といえば」と問われたときに、20世紀を代表する建築家の一人のアルヴァ・アアルト(1898-1976)の名前を挙げる人は世界中にたくさんいるのだろうと本作を観て思いました。

と言いつつも、僕は本作がきっかけでアアルトのことを初めて知りました(「フィンランド人といえば」と問われたら映画監督のアキ・カウリスマキと答えます)が、建築だけでなく家具・ガラスなどの日用品のデザインまで手掛けたアアルトの作品は「これってアアルトのデザインだったのか」と思うものがいくつも映画の中で紹介されていました。

「丸イス」と僕が今まで呼んでいた「スツール60」は1933年(90年前!)にデザインされたものと知って驚きましたし、映画の中に出てくる建築の竣工年とデザインの先進性のギャップに目を疑いました。

アアルトの人生や建築・家具のことは映画を観ながら「ツアー」していただくとして、僕が印象に残ったナレーションやコメンタリーをいくつかご紹介します。

まず、「建築には階層(区分)があって、すべてが均一であるわけではない」というもの。
次に、「そこで可能なこと」という言い回し。
最後に、「何かを高めていなければ建築とはいえない」というもの。

ともすると忙しさや情報の洪水にさらされて表層的・一面的になってしまいがちな現代人の物事を捉え方に、「こう考えることもできる」「ああ考えることもできる」「どうすればもっと面白くなるだろうか」などと気付きがもたらされるか否かというのは、「自己責任」だったり「個人の自由」と任せられっぱなしで、結果的にその責任の重さや自由の曖昧さゆえに、盲目的に何かに従ったり強制されるという結果に陥ることが昨今は多いように感じます。

しかし、家具・建築・町に宿った多様な階調や包括的なデザイン意匠が、個々人を適度な力で「引っ張っていく」ことが今大事なのではないかと、アアルトの創作物全般が教えてくれたような気が僕はしました。

 

『アアルト』は、10/13(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、UPLINK 吉祥寺ほか全国順次ロードショー。そのほか詳細は公式ホームページをご確認ください。

 

オリ・マキの人生で最も幸せな日

f785771cfd66e7a9(C)2016 Aamu Film Company Ltd

フィンランド・北欧

オリ・マキの人生で最も幸せな日

 

Hymyileva mies

監督: ユホ・クオスマネン
出演: ヤルコ・ラハティ、オーナ・アイロラ ほか
日本公開:2020年

2019.12.18

モノクロでもカラフル―あるボクサーの宝物のような記憶

1962年夏、パン屋の息子でボクサーのオリ・マキは、世界タイトル戦でアメリカ人チャンピオンと戦うチャンスを得る。準備はすべて整い、あとは減量して集中して試合に臨むだけというタイミングで、オリはライヤという女性に恋をする。

メイン

フィンランド国中が試合の結果を期待し盛り上がる中、オリは試合のプレッシャーとささやかな幸せとの間を揺れ動く・・・・・・

サブ7

スポーツはしばしば国民的記憶をつくり出します。海外旅をしていてスポーツの話をしていると、自分の全く知らない熱狂の存在(たとえばインド・パキスタン・スリランカのクリケットなど)を知り、また逆に自国の熱狂が海外では全く知られていないことに驚くことがあります。

サブ1

私が自分の記憶で真っ先に思い出すのはサッカー日本代表の軌跡(ドーハの悲劇、ジョホールバルの歓喜、日韓ワールドカップなど)。記憶の深いところにはあるのは長野オリンピック(寒そうな開会式での力士の土俵入り、スキージャンプのドラマ、スピードスケートやボブスレーという競技を知ったこと)。近年ではラグビー日本代表の躍進、そしてこれからのイベントとしては、東京オリンピックが間違いなく日本人の国民的記憶として多くの人の心に残っていくことになるでしょう。

本作は、実在の人物であるオリ・マキの人生を再現する形のドラマです。フィンランドの年輩の人にとって、1962年の世界タイトルマッチがどれほど記憶に残っているものなのかはわかりません。フィンランド語のWikipediaを見る限りでは、ビックイベントだったようなので、日本での力道山の活躍のように、ある年代の人々にとっては広く知られている出来事なのでしょう。

サブ3

しかし、ライヤとのことは書いていませんし、減量の難しさについては発言が引用されていても、本作のテーマである「幸福」についてはもちろん記録が残されていません。

サブ2

たまたまオリ・マキと同郷だった監督は、ある日の邂逅をきっかけに彼の記憶をすくい取り、メインキャストも同郷出身で固め、彼の記憶の再現を試みました(ちなみに鑑賞後に知りましたが、オリ・マキ本人がある重要なシーンに出演していて、彼は2019年4月に亡くなっているので本作は貴重な晩年の姿の記録にもなっています)。

こうした製作プロセスによって、本作はひとつのストーリーながらもどこか断片的で、美しい記憶のかけらが拾い集められたかのような雰囲気を醸し出しています。モノクロの色調、フィルムの質感もそれを助長しています。

サブ8

幸福度が高いことで知られるフィンランドの人々の精神性を垣間見れる『オリ・マキの人生で最も幸せな日』は、1/17(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー。そのほか詳細は公式ホームページをご確認ください。

 

リンドグレーン

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スウェーデン・北欧

リンドグレーン

 

Unge Astrid

監督: ペアニレ・フィシャー・クリステンセン
出演: アルバ・アウグスト、マリア・ボネヴィー ほか
日本公開:2019年

2019.12.11

児童文学作家 アストリッド・リンドグレーンの作風を育んだ、ひとときの旅

スウェーデンの世界的児童文学作家 アストリッド・リンドグレーンは、日々子どもたちから送られてくる手紙を読みながら、自らの青春時代に思いを馳せる。

サブ8

スウェーデンのスモーランド地方で、アストリッドは兄弟姉妹と自然の中で伸び伸びと暮らしていた。思春期を迎えた彼女は、より広い世界や社会に目を向けるようになっていた。

サブ4

率直で自由奔放な彼女は、しだいに村のしきたりや閉鎖的な社会に息苦しさを覚え始める。そんな中、父親の知り合いが彼女の文才を見抜き、新聞社で仕事が決まる。長かった髪をバッサリ切り、新たな人生を歩む決意をしたアストリッドは、激動の数年を過ごすことになる・・・・・・

サブ10

本作はアストリッド・リンドグレーンが代表作『長くつ下のピッピ』『ロッタちゃん』を出版する数十年前を描き、彼女の人生の中でもひときわつらい時間に焦点をあてています。ある目的で彼女がスウェーデンからデンマークに移動するシーンでは、1920年代後半のパスポート印が押されます。

有名作家の伝記とはいえ、約90年前の出来事を、そして生涯ではなく限定されたひと時を映画にする意義はどこにあったのでしょうか。

サブ1

それは、本作のメインテーマが「自由」であることに大きく関わっているように思えます。劇中では、彼女が女性であるがゆえに背負わなければいけない不自由さと力強く闘う姿が描かれています。

サブ7

のちに彼女が子どもに勇気と感動を与える児童文学作家になることを、ほとんどの観客はわかっている状態で本作を鑑賞するはずです。劇中で21世紀の現代社会に対する言及は一切されていませんが、90年前の彼女が不自由さを乗り越えていった一連の描写を21世紀を生きる私たちが鑑賞することで、「自由」というテーマが力強く発されるようなストーリーテリングが本作ではなされています。

サブ6

印象的なシーンのひとつに、アストリッドが息子に即興のつくり話をするシーンがあります。私も娘が寝る前に同じようにしたことがありますが、話してみて驚くのは、自分が過去にした旅の経験が思わぬ形で物語に反映されることです。

サブ3

道路を塞ぐ羊の群れ、満点の星空、足を踏み外したら谷底に真っ逆さまのがけっぷち、数百年・数千年の歴史を持つ世界遺産、通じない言語、お湯がなかなか出ないシャワー、やっとたどり着いた宿で食べるあたたかい食事・・・・・・旅の経験は、どんな些細なことでも心の奥底に眠るものなのでしょう。自分の物語の中に異文化体験の片鱗がひょいと出てくることに驚きながら娘に話し続けたことを、本作を鑑賞しながら思い出しました。

メイン

絵本の世界の裏側を旅できるような『リンドグレーン』は12/7(土)より岩波ホールほか全国順次公開中。そのほか詳細は公式ホームページをご確認ください。