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苦悩のリスト

(C)Makhmalbaf Film House

アフガニスタン

苦悩のリスト

 

監督:ハナ・マフマルバフ
出演:アフガニスタンの人々、マフマルバフ一家
日本公開:2024年

2024.12.18

2021年タリバン復権―ロンドンのアパートの中で「心の中のカブール」をつくる

2021年5月、アフガニスタンからアメリカ軍が撤退。アフガニスタンでは急速にタリバンが侵攻を再開し、空港は国外脱出しようとする市民でパニックに陥る。

7月には、アフガニスタンのほぼ全土を掌握したタリバンによる迫害や処刑など、生命の危機に直面したアーティストや映画関係者のための救援グループが発足。イランの巨匠モフセン・マフマルバフ監督の次女・ハナは、ロンドンのアパート内で自身もその作業に関わりながら、スマートフォンを手に取り「苦悩の経過」を記録する。

マフマルバフ一家総出で約800人のアーティスト・映画関係者リストをもとに各所への呼びかけをおこなっていくが、やがてリストから人数を絞らなければならないという苦渋の選択を迫られる⋯

以前このコラムでもご紹介した『子供の情景』という、アフガニスタン・バーミヤンの仏像破壊に対する強烈な回答作を、フィクションとドキュメンタリー混じりで監督したハナ・マフマルバフ。

本作は大半がロンドンのアパート内のスマートフォン動画素材と、パニック渦中のアフガニスタンから集積したスマートフォン動画素材から成り立っています。

ひとつひとつの尊い命を、パソコン画面の情報として、マウスのワンクリックや送信ボタンのタップという軽い動作で取り扱わないといけないという重圧に、撮影しているハナも含めたフィルムメーカーたちが対峙していく様子が記録されます。

一つ忘れてはならない大前提があります。それは本作がコロナ禍に撮られたということです。しかし、カブールの空港でパニックになっている人混みの中で誰もマスクをしていませんし、ロンドンのアパート内のマフマルバフ一家も誰もマスクをしていません。

「それどころではなかった」というのが実際のところでしょう。調べたところ、アフガニスタンでの感染者数は何万人というレベルまでは増幅しなかったようです。しかし、社会・経済情勢や物流には甚大な影響があったはずです。

ハナ・マフマルバフの描写が巧みだなと思うのは、自分の子ども・ニカが時折登場するところです。つまり、世界情勢における苛烈な事柄を題材としながらも、母として本作をものすごく個人的な映画に仕立て上げているということです。

女性・子どもが無残にも次々と亡くなっているアフガニスタン。一方、平和なロンドンで何も知らず無邪気な自分の子ども。一見するとそのようなシンプルな対比に見えますが、より深いメッセージを僕は受け取りました。

『子供の情景』でも、「大人たちがつくった世界」で子どもたちは生きていくのだという強いメッセージがこめられていました。本作でもその核心部分は変わっていないように思えます。

情報化社会においても、スマートフォン・PCに逆に「使われる」ことが無いように、家族・芸術・文化・歴史に関する物語を語り継いで「世界をつくる」営みを止めてはいけない。そんな映画監督・アーティストとしての現代的責務を、家族ぐるみで全うしていることの記録を本作で試みているように僕には思えました。実際、この映画で最もエモーショナルなシーンのひとつは、最年少・ニカによって演出されますが、「マフマルバフ一家の精神」が受け継がれた瞬間の記録にもなっています、

マフマルバフ一家にしか撮り得ないドキュメンタリー『苦悩のリスト』は、12月28日(土)より「特集上映 ヴィジョン・オブ・マフマルバフ」の1本としてシアター・イメージフォーラムほか全国順次上映。その他詳細は公式HPでご確認ください。

ソニータ

51cbfb1004e24334(c)Behrouz Badrouj

イラン・アフガニスタン

ソニータ

 

Sonita

監督:ロクサラ・ガエム・マガミ
出演:ソニータ・アリダザー、ロクサラ・ガエム・マガミほか
日本公開:2017年

2017.10.4

「ツバメ」という名前を持つアフガン女性の生きる道

イランの首都・テヘランで難民生活を送る16歳のソニータは、タリバン支配下のアフガニスタンから逃れてきた。パスポートも滞在許可証もない状態で、ラッパーになることを夢見ながら、不法移民としてシェルターで心の傷を癒やすためのカウンセリングや将来のアドバイスを受けている。

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ある日、アフガニスタンに住む母親が、慣習に倣ってソニータを嫁がせようと話をしにやって来る。息子の持参金9000 ドルを払うための手段として自分を嫁がせようとしている母親の目論みに悲しみつつ、そのことをもラップにしてソニータは現実に抗おうとする。彼女が歌うことで人生を切り拓こうとする様子に、イラン人女性監督ロクサラ・ガエム・マガミ自身も心を動かされ始める・・・

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この映画は、私たちが日本人としてどのような「選択の自由」を持っているのかということを想起させてくれます。劇中、シェルターの先生とソニータの母が議論するシーンがあり、イランで結婚を決めるのは女性自身であると、先生はアフガニスタンの慣習を批判します。しかし、以前このコラムでもご紹介したイラン映画「私が女になった日」などで描かれている通り、イランにも婚姻に関して女性が自由な選択権を持つことに抗う慣習があります。

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「旅に出る」という選択ができることも大きな自由の一つです。ふつうの日本人であれば、旅先から家に戻ってきた時の安堵感や、旅の余韻にひたる瞬間があるでしょう。しかし、ソニータは不法移民という常に放浪している状態にあり、「旅に出る」という選択すらできなく、どこにいても心安らぐことはありません。

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ソニータは(おそらくアフガニスタンの公用語であるパシュトー語で)ツバメという意味だといいます。16歳でもう親鳥として巣にいるヒナたちにエサを与えることができる立場の彼女は、ラップという歌の力で人々に勇気を与えようと夢見ています。しかしその選択もまた、アフガニスタンとイランで女性による歌唱が禁じられているため認められません。

(c)Rokhsareh Ghaem Maghami
(c)Rokhsareh Ghaem Maghami

私たち日本人は実に多くの選択権を持っています。「結婚する / しない」「旅に出る / 出ない」「投票する / しない」・・・思い起こすことは様々ですが、人生における選択は与えられるだけでなく自分で作り出すことができるのだと、苦しい中でも笑顔で状況を切り開いていくソニータが私たちに教えてくれます。

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『ソニータ』は、10月21日(土)よりアップリンク渋谷にてロードショーほか全国順次公開。10月13日までクラウドファンディングを実施中。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

子供の情景

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アフガニスタン

子供の情景

 

بودا از شرم فرو ریخت‎,

監督:ハナ・マフマルバフ
出演:ニクバクト・ノルーズほか
日本公開:2009年

2016.6.1

若きイランの女性監督がどうしても伝えたかったアフガニスタンの姿

舞台はアフガニスタンのバーミヤン。アフガニスタンでロケが行われた映画はそもそもあまりないのではないかと思いますが、その中でも2001年にターリバーンによって仏像が爆破されたバーミヤンで撮影されたのはおそらくこの映画ぐらいでしょう。

6歳の少女・バクタイは学校に行きたいと言って家を飛び出し、小さな旅が始まります。なんとかノートを手に入れて学校に向かうものの、途中でターリバーンを真似て戦争ごっこをする少年たちに巻き込まれてしまいます。映画公開当時まだ10代だったハナ・マフマルバフ監督は、少女の視点で見た世界の端々の美しさを描くと同時に、アフガニスタンが抱えている社会問題の深刻さ・複雑さを表現しています。監督はどのように演出したのか定かではありませんが、邦題の示す通り製作陣は「子供の情景」に入り込むことに徹して、キャストの子ども・大人たちに自由に演技をさせたのでしょう。重いテーマを背負いながらも、登場人物たちのとても自然で作為がない立ち振舞が映画を見やすくしています。

劇中に多くの比喩が登場しますが、ターリバーンによって破壊された仏像があった空洞もひとつの大きな比喩でしょう。何が無くなったのか、そして空洞をこれからどのように埋めていくのか。そうした比喩が込められているように思えます。この作品の原題は『Buddha Collapsed out of Shame(ブッダは恥辱のあまり崩れ落ちた)』ですが、アフガン内戦も9.11も仏像の爆破も、子どもたちには何の責任もありません。バクタイの年齢が2001年に生まれたか生まれていないかぐらいの6歳であるというのも、偶然かもしれませんが題名に大きな関わりがあるように思えます。

子どもの純粋さに触れてみたいという方から、じっくりと国際情勢について考えてみたいという方、教育の機会が与えられていない国の子どもたちについて考えてみたいという方まで広くおすすめできる訴求力に溢れた映画です。