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アクト・オブ・キリング

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インドネシア

アクト・オブ・キリング

 

The Act of Killing

監督: ジョシュア・オッペンハイマー
出演:ハーマン・コト、 モハマッド・ユスフ・カラ、 ハジ・アニフ、 ハジ・マーズキ、 ラマット・シャーほか
日本公開:2014年

2016.9.14

虐殺の実行者が虐殺を再現する
前代未聞のドキュメンタリー

1965年に9月30日事件と呼ばれる虐殺がインドネシアで起きました。スカルノ政権に対する軍事クーデターが勃発し、その最中で大勢の共産主義者が殺され100万人を超える犠牲者が出たと言われています。監督のジョシュア・オッペンハイマーは、はじめ生存者たちの話を聞くドキュメンタリーを製作しようとしていましたが、軍の妨害によって中断せざるをえなくなった時に発想を転換してあるアイデアを思いつきました。

それは、実際に虐殺を行ったギャングたちに、自分たちが行った虐殺を再現して演じてもらうという大胆で勇敢なアイデアです。9月30日事件の実行者である軍の人々は、虐殺を行った後も権力を利用して国民的英雄として何不自由ない裕福な暮らしてきました。彼らに虐殺を演じてもらうことを通じて、9月30日事件の真実に手を伸ばそうというのが監督の意図です。

フィクション・ドキュメンタリーに関わらず、他のどの映画にもないこの映画の力強さは、どこまで演出がなされているのか錯乱して段々わからなくなってくる、うねるような独特な物語のリズムにあります。

基本的にこの映画はドキュメンタリーなので、目の前で起こっていることをありのままに映し出すことを一番の目的にしているかと思います。しかし「ギャングたちに過去を演じてもらう」というしかけをしている以上は、監督の演出が少なからず入っているはずです。過去を誇りに思っているギャングたちが、嬉々として自分が過去に行ったことを語る様子が映しだされますが、段々とどこまでがありのままで、どこまでが演技(アクト)なのかわからなくなってきます。そうした鑑賞者の戸惑いは、出演者のギャングたちの心に直結しています。段々とギャングたち自身も、過去に自分がどれだけとんでもないことをしでかしたのか、自覚して混乱してくるという奇跡的な映像が収録されています。

旅先では、虐殺の地に訪れることもあるかと思います。私もアウシュヴィッツに訪れた時には、誰がどのように間違ったらこんな悲劇が起きてしまうのかと考えこんでしまいました。「悪」とは何か、「狂気」とは何か…『アクト・オブ・キリング』はそうしたことをつきつめて考えてみる大きなきっかけとなる映画です。

白い風船

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イラン

白い風船

 

رنگ خدا‎

監督: ジャファール・パナヒ
出演:アイーダ・モハマッドカーニ、モフセン・カリフィほか
日本公開:1996年

2016.9.7

7歳のテヘランっ子がお金をなくすと、イラン社会に風が吹く?

イランの映画には子どもが主人公の名作が多いですが、この『白い風船』 は可愛らしい女の子の主人公(素人とは思えない堂々とした演技!)や、シンプルで見やすい展開のため記憶に残りやすい作品です。

イスラーム暦の年明けをあと数時間で迎えようとしているテヘランで、7歳の女の子・ラジェが新年のお祝いのためにお気に入りの金魚がどうしても買いたいと母親にねだります。なんとかお金をもらったものの、ラジェはそれを落としてしまったり、大人の都合に巻き込まれたりしてなかなか金魚が手に入りません…

一見単純なストーリーの中に、稼ぎに苦労している大人たち、お金がなくて田舎に帰れない兵隊、アフガン難民の少年などが特に説明もなくひょっこりと登場し、ラジェとの関わりの中で巧みに社会問題が描かれていきます。イランではイスラム革命後から文化イスラム指導省が映画上映の可否を判断する規則が設けられ、どんなテーマでも映画の中で描けるというわけではありません。

実際、ジャファール・パナヒ監督は映画を撮り続ける中で2010年に反政府活動をしたということで逮捕され、6年間の実刑とイラン国内における20年間の活動禁止を言い渡されました。その後『これは映画ではない』というなんとも矛盾したタイトルの映画を自らiPhoneで撮影した動画で作り上げました。新作はテヘランを走るタクシー(監督は現在タクシー運転手をしているそうです)の中だけで物語が展開する『タクシー』で、日本での公開が待たれています。

ジャファール・パナヒ監督や、先日惜しくも亡くなった巨匠アッバース・キアロスタミ(この作品では脚本を担当)は、この映画の中で子どもの住んでいる社会問題を溶け込ませるようにしてストーリーを展開させ、制限を逆手に取ってストーリーとは別に映画が何かをささやいているような謎めかしい雰囲気を生んでいます。タイトルの『白い風船』も、映画を見ているうちに忘れてしまいそうな形で登場しますが、一体そこにどのような意味がこめられているのか、いかようにも解釈ができる描き方にご注目ください。

イランの新年(お昼に年が明けます)の様子やテヘランの市井の人の暮らしぶりを見てみたいという方から、タイトルに隠された謎を解いてみたいという方にオススメの1本です。

ペルシャ歴史紀行

精緻を極めたタイル装飾に美しいレリーフ、数々の王朝の栄華を物語る都の跡。かつてのオリエント世界の中心として君臨したペルシャの歴史を辿る、イランの旅の決定版。

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テヘラン

イランの北西部に位置する同国の首都。エルブルース山脈の麓に広がるこの街は、全人口の10%に当たる人々が生活する大都市です。近代的な建物やモスク、道路に溢れかえる車の数、バザールなどの人々の活気など満ち溢れたエネルギーを肌で感じることが出来る街です。

映画よ、さようなら

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配給: Action Inc.

ウルグアイ

映画よ、さようなら

 

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監督:フェデリコ・ベイロー
出演:ホルヘ・ヘリネック、マヌエル・マルティネス・カリルほか
日本公開:2016年

2016.8.31

一つの時代が終わり、何かが始まる・・・ モンテビデオ純情物語

「世界一貧しい大統領」ことムヒカ大統領のユニークさで、ウルグアイという国は日本でも大きな注目を集めました。63分のモノクロームで、シンプルなタッチで淡々と一人の中年男性の落胆と希望を描いていくフェデリコ・ベイロー監督の眼差しも、私にとってウルグアイの新たな一面の発見となりました。

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舞台はウルグアイの首都・モンテビデオ。映画を愛する人々が集うシネマテーク(フィルムライブラリー)に勤める主人公・ホルヘは勤続25年のスタッフで、毎日を映画に捧げてきた男です。物語はいつもの調子でアイスランド映画特集を組もうとしているシーンで幕を開けますが、営利事業としてのシネマテークの運営が危機的状況となり、館の存続に暗雲が立ち込めてきます。

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ウルグアイの映画を見たのは『ウイスキー』に続いて2本目ですが、この映画を見たことで、遠く離れたほとんど知識もないウルグアイという国により興味がわきました。日本人が家族や近しい間柄の人と会話する時のような独特の会話の間や、人とある程度の距離を保ち相手にいつも気使っているようなキャラクターにとても親近感がわき、途中からこの映画の国籍を全く意識せずに鑑賞していました。

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村上春樹の「ノルウェイの森」で、登場人物の一人は父親がウルグアイに行ってしまったという嘘をつき、ウルグアイの道はロバの糞だらけだという妄想を主人公に話します。勝手に話を語れるだけ日本とウルグアイは距離が離れていることを象徴した一節かと思いますが、ホルヘたちはシネマテークで遠く離れた日本の映画を今までたくさん上映してきて、それを見た観客たちの心にも何かしらの思いが残ったのだろうと、映画を見ながら遠く離れたウルグアイの映画館の中の出来事を想像しました。

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映画が終わっても、人生は続いていく・・・そう物語るように、ホルヘにとって必ずしもハッピーな展開ばかりを映画は用意していませんが、悲しい中にもどこからか希望の光が差し込んでいるような温かい映画です。

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『映画よ、さようなら』は、9月3日から名古屋シネマテークにて、10月29日から下高井戸シネマにて上映。

その他詳細は、公式サイトからご確認ください。

 

ウルグアイとパラグアイ

みどころの多い南米の国々の中で忘れられがちな二つの小国、ウルグアイとパラグアイ。スペイン・ポルトガルの覇権争いの舞台となったコロニアの街や、南米のキリスト教カトリック伝播の文化的背景を象徴するトリニダー遺跡を訪れ、南米の歴史・文化に触れます。

NO

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チリ

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監督: パブロ・ラライン
出演:ガエル・ガルシア・ベルナルほか
日本公開:2012年

2016.8.24

No Future!
革命を生み出した、肯定的な「ノー」

チリで15年間に渡りアメリカの傀儡であったピノチェト。「捨てられた」という形容詞がつくこともしばしばあるピノチェト独裁政権下の1988年の設定で物語が展開していきます。この年、ピノチェトの任期延長の是非を問う国民投票が行われました。希望を失いかけていた反対派の国民を一致団結させ、政権を奪うべく立ち上がらせたのはテレビで放送された選挙キャンペーンでした。この実際の出来事が、反対派(NO派)の中心人物である才能あふれる若き広告マン・レネを主人公に描かれていきますが、『モーターサイクル・ダイアリーズ』でチェ・ゲバラに扮したイケメン俳優ガエル・ガルシア・ベルナルがレネを演じます。

YES派が一日中キャンペーンを放送できるのに対し、NO派は一日に15分のみしか放送が許されていないという絶望的な状況の中でも、レネは冷静に考えを深めていきます。そして、窮状を訴えるシリアスさより、笑いや歌によってチリの未来を感じさせるイメージを生み出すほうが人々の眠っている闘志を沸き立たせるに違いないと提案し、画期的な広告を展開していきます。

この映画で特に印象的なのは、実際の記録映像と映画のために撮影された映像の区別が段々とつかなくなってくることです。本作の撮影で使用されたカメラは1983年型イケガミ・チューブ・カメラ(池上通信機 撮像管カメラ)というカメラだそうで、最初は何かの物語というよりも、当時のドキュメンタリー番組のような雰囲気で映画がスタートしていきます。

実際、当時のアーカイブ映像も混じっているのですが、映画の撮影も80 年代当時の映像の質感や色で徹底的に撮影されていて、画面の縦横比も一昔のテレビのサイズである4:3(現在のワイドテレビは16:9)に合わせてあります。少し物語としては単調に感じる映画序盤の流れは、段々と80年代にタイムスリップしていくことを実感するための気遣いあるスピードなのでしょう。

現在のチリの土台になった歴史的出来事を、レネが提案した広告のように気軽な形でこの映画は追体験させてくれますが、劇中で非常に重要な人物を本人が演じていたり、レネのモデルになった人物がある役を演じたりしています。どの役なのかぜひ想像しながら見てみてください。

ビッグ・シティ

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インド

ビッグ・シティ

 

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監督:サタジット・レイ
出演:マドビ・ムカージー、アニル・チャタージーほか
日本公開:1976年

2016.8.17

美しいモノクロームに彩られた、
品性漂うインド映画

舞台は1953年、東がバングラデシュと接するインド・西ベンガル州の州都・コルカタです。

主人公のアラチは、銀行員である夫のシュプラトが稼ぎに苦しんでいるのを見かねて働きに出ることを決意します。主婦が働くということに不賛成なシュブラトの父の制止を振り切って、編み機を売って回る仕事にアラチは励みます。そして、会社の社長にも認められるほどの才能をアラチは発揮していきます。夫としてのプライドから段々とシュブラトはアラチに不満を抱くようになり、二人の関係に変化が生じてきますが、不運なことにシュブラトの銀行が倒産してしまいます…

監督のサタジット・レイはアジアの偉大な監督の一人として世界中に認知されていますが、日本の巨匠でたとえると黒澤明と小津安二郎の魅力を兼ね備えたような監督です。

この映画がつくられた1960年代前半のインドにおいては、女性は家を守り外では働かないという考え方がまだまだ揺るぎないものだったといいます。そうした時代に女性が積極的に仕事をして家の大黒柱になるという、ある種タブーに触れるようなストーリーを描きダイナミックな問題提起をするあたりは、原水爆問題に真っ向から立ち向かう黒澤明のスタイルのようです。

また、長らく英国統治下にあった大都会・コルカタは、1947年のインド・パキスタンの分離独立やインド・パキスタン戦争による大量の難民の流入により大規模スラムが発生しましたが、サタジット・レイはそうした貧困(主人公たちのレベルのではなく、もっと低層のレベルの意味での)については一切言及せずに、主人公のアラチの努力や女性としての品性に焦点をあてることに徹しています。この辺りは、キャリアのある時点から戦後の荒廃をあえて描かずに浮世離れした優雅なドラマを撮り、フレームの中の細かな美術ひとつひとつ、セリフの喋り方、細かな動作まで全てに品を求めた小津安二郎のようなスタンスを感じます。

サタジット・レイの鋭い洞察が反映されたこの映画は、時代を越えて「生きるとは何か」という普遍的なメッセージを私たちに訴えかけてきます。英領インド時代を感じさせるコルカタの街の雰囲気や、強い女性が活躍する映画を見たいという方に特にオススメの映画です。

ナマステ・インディア大周遊

文化と自然をたっぷり楽しむインド。15の世界遺産を巡り、ランタンボール国立公園でのサファリとケオラデオ国立公園の野鳥の観察も楽しむ。

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コルカタ

西ベンガル州の州都。イギリス統治時代は「カルカッタ」の名称で知られていました。この町を訪れると混沌とした熱気、町の雑踏を肌で感じることができるでしょう。

悲しみのミルク

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ペルー

悲しみのミルク

 

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監督:クラウディア・リョサ
出演:マガリ・ソリエルほか
日本公開:2011年

2016.8.10

悲哀から咲く希望の花
ペルー人女性監督が魅せる文学的世界観

ペルーの貧しい村に暮らすファウスタは、自分が母乳を通して母親の苦悩が子供に伝染する「恐乳病」であると信じています。物語はファウスタの母が亡くなるところから始まります。

ファウスタは母を故郷に埋葬したいと考えますが、貧しさのため遺体を運搬する費用が捻出できません。極度の対人恐怖症で町を一人で歩くこともままならないファウスタですが、勇気をふり絞り、町の裕福な女性ピアニストの屋敷でメイドの仕事に就くことに決めます。

『悲しみのミルク』の物語をより深く理解するには、1980年にペルーで武装闘争を展開し「南米のポル・ポト派」とも呼ばれた革命集団「センデロ・ルミノソ(輝く道)」の存在を知っておくべきかもしれません。1993年にフジモリが鎮圧するまで、センデロ・ルミノソはペルーの農村を拠点に無差別テロを続け、女性に対する乱暴も多く働きました。ファウスタはそうした出来事の直接の被害者ではないですが、ある時代の悲惨な出来事が次の世代にどのような形で受け継がれてしまうのかという目に見えない事柄をこの映画は掴もうとしています。

この難しいテーマを描き切ったのは、ノーベル賞作家マリオ・バルガス・リョサが伯父という恵まれた環境で培った、監督の文学的な表現力によるところが大きいでしょう。自分の言葉がなかなか出てこないファウスタが口に赤い花をくわえる、ファウスタが屋敷の門を開けて庭師を迎え入れる、女性ピアニストの真珠のネックレスがほどけて真珠を一粒一粒拾い集めるなど、数々の象徴的な動作が劇中で展開されます。ひとつひとつのシーンを単なる出来事としてではなく、何か違うことを言おうとしているのかもしれないと探りながら見ると、静かな映画の水面下でうごめく脈流をより深く感じとることができるかもしれません。

悲しくも美しい、現実なようで現実ではない世界に、ぜひ皆さんも浸ってみてください。

ペルー・アンデス紀行

マチュピチュ遺跡、ナスカの地上絵そして聖なる湖チチカカ湖。ペルーを訪れるなら押さえておくべき人気の観光地を10日間で巡ります。コンパクトですが忙しすぎない日程で、各地をじっくり見学していただけます。

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ

Buenna Vista

キューバ

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ

 

Buena Vista Social Club

監督:ヴィム・ヴェンダース
出演:ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ、ライ・クーダー
日本公開:2000年

2016.8.3

郷愁ただよう歌声から薫る、
ロード・ムービーのような人生

ドイツの巨匠ヴィム・ヴェンダースはロード・ムービーの名作中の名作『パリ、テキサス』など、名高いフィクション作品もさることながら、数多くの名作ドキュメンタリーを監督してきました。キューバ音楽ドキュメンタリー『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』は、その代表作と言われている作品です。

ヴィム・ヴェンダースと親交のある世界的ギタリストのライ・クーダーは1997年にキューバを旅行しに訪れ、現地の老演奏家たちとセッションを行いました。この映画の題名でもある「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」は、彼らがまだ若かった頃に首都・ハバナにあった人気音楽クラブの名前で、ライ・クーダーとともに全盛期のキューバ音楽を再現すべくリリースしたCDのバンド名でもあります。ライ・クーダーとともにキューバ音楽に魅せられたヴィム・ヴェンダースは、彼らの歌と人生を巡る旅に観客を連れ出します。

映画は、まずフィデル・カストロやチェ・ゲバラという典型的なキューバのイメージから幕をあけ、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブの跡地を探しにいくところから始まります。クラシックカーが行き交いコロニアル建築が建ち並ぶハバナの街並み、ニューヨークにある音楽の殿堂・カーネギーホールやアムステルダムでの公演映像も映画の魅力ですが、なんといっても見どころはブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブのミュージシャンたちの生き様です。音楽をなぜ続けるのかという自問自答、メンバーたちの心の拠り所がカメラに向って語られ、ひとりひとりの感情からキューバの激動の歴史までもが時に垣間見えます。

楽しい歌も哀しい歌も独特の深みをもって演奏するブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブですが、私たち日本人が歌詞を理解しない状態で聞いてもなぜか懐かしさを覚えるような響きをもっています。この映画を見ることで、彼らの音楽が心に残す響きはさらに増すことでしょう。

ドキュメンタリーというよりもロード・ムービーを見るような気分で、キューバ音楽の世界へ足を踏み入れてみてください。

オールドハバナ滞在とキューバ大横断

悠久の歴史を感じるオールドハバナ滞在と見どころを余すところなく網羅したキューバ横断の旅

カリブの真珠・キューバ

コンパクトな日程ながら西遊旅行のこだわりのつまった8日間

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ハバナ

キューバの首都で、新市街と旧市街(オールド・ハバナ)に分かれます。新市街はヘミングウェイゆかりのポイントも数多く残り、旧市街はコロニアルな建築が立ち並び世界遺産にも登録されています。

少女は自転車にのって

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サウジアラビア

少女は自転車にのって

 

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監督: ハイファ・アル=マンスール
出演:ワアド・ムハンマド、リーム・アブドゥラほか
日本公開:2013年

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コーランを覚えるのは、自転車のため!10歳の少女が背負うサウジアラビアの未来

舞台はサウジアラビアの首都・リヤド。コンバースのスニーカーをはき、英語のポップミュージックを聞く10歳の少女ワジダは、男の子と競走するための自転車を手に入れたくて仕方ありません。しかし、「女の子が自転車に乗るなんて・・・」と母親に反対されます。途方に暮れるワジダは、学校でコーラン暗唱コンテストに賞金があると知り、自転車を買うために必死に暗唱に取り組みます。

私もイスラム圏の国に仕事や旅行で多く訪れたことがありますが、サウジアラビアの規律の厳しさは皮下のイスラム諸国とは全く別だということを常々聞いてきました。劇中では特に女性の境遇(一夫多妻制など)や立ちふるまいについての慣習知ることができます。「女性の声は肌と同じ」と笑い声を制されるシーンなど、ここまで厳しいのかと驚いてしまうシーンも少なくありません。女性が一人で外出すること、夫以外の男性と外で会うこと、車を運転することも許されていません。近年ではインターネットで連帯して女性の権利を訴えるデモが増えてきているといいます。

サウジアラビアでは公共の場での音楽・舞踏・映画が禁止されており、映画館も国内にありません。(家庭でのソフトの視聴は可能。)エジプトで映画製作を学んだ監督は、全編サウジアラビアロケにあたり、車の中から遠隔で指示を出していたといいます。

ポスターにも「因習」と書かれているしきたりをテーマにしながらもこの作品が皮肉な内容に偏ることがないのは、10歳の少女が主人公であることが大きく機能しているからでしょう。サウジアラビアの慣習もテーマのひとつですが、どちらかというと少女が何か目標に向けて頑張るというパワーが映画を動かしていきます。

まっすぐで無邪気な視点が多くの観客の心を動かし、2014年度アカデミー賞・外国語映画賞候補にノミネートされたこの作品は、サウジアラビアやイスラーム文化の入門としてもおすすめの作品です。

 

ソング・オブ・ラホール

1d66d5e3adddd1bc(C) 2015 Ravi Films, LLC

パキスタン

ソング・オブ・ラホール

 

Song of Lahore

監督:シャルミーン・ウベード=チナーイ、アンディ・ショーケン
出演:サッチャル・ジャズ・アンサンブル、ウィントン・マルサリスほか
日本公開:2016年

2016.7.20

パキスタン伝統音楽×ジャズ!
NYとラホールの間に音楽が架ける橋

「文化と文化の接触」という言葉を聞いた時、皆さんはどういった場所や事柄を連想されるでしょうか。私が真っ先に思い浮かべるのは、パキスタンのラホール美術館で見たガンダーラ仏の展示です。特に弥勒菩薩立像の筋骨隆々とした姿はギリシャ彫刻の影響をはっきりと確認することができ、かつて本当にアレクサンダー大王がパキスタンの地まで来たのだと実感させるものでした。

物語はそのラホールから始まり、かつては芸術の都と呼ばれていたラホールの音楽文化が1970年代後半にパキスタンのイスラーム化政策がはじまったことにより衰退したことが説明されます。ラホールのサッチャル・スタジオのメンバーたちは廃れてしまった伝統音楽を復活させるべく、youtubeで自分たちの音楽を世界に向けて発信します。

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シタール・タブラなどインド音楽でもおなじみの楽器を用いてユニークな解釈で演奏されたジャズのスタンダードナンバーは多くの人の心を打ち、アメリカの超一流トランペッターであるウィントン・マルサリスの耳にもその響きは届きました。

サッチャル・ジャズ・アンサンブルの面々がウィントン・マルサリスの招待によりニューヨークに旅立っていく過程や、素晴らしい演奏技術が見ごたえ抜群なのはもちろんですが、本作にはもうひとつ重要な意味合いがあります。それは、彼らが世の中が持つパキスタンのネガティブなイメージを刷新させたいと切に願っていることです。

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私もパスポートにパキスタンビザが押されているだけでヨーロッパやアメリカでの怪しまれて入国審査で理由を事細かに質問されるということがありました。「パキスタン人はテロリストじゃないとわかってもらいたい」とメンバーたちは劇中でつぶやきますが、きっと彼らが生み出す音楽は人々の心に直接歩み寄って一番よい形でそのことを伝えてくれるでしょう。

世界の遠く離れた場所どうしの民話が時に全く同じような話であることがあるように、国境や文化を隔てていても人間は同じ人間なのだということ、そして同時に「違い」が世界を成り立たせているのだということをサッチャル・ジャズの音色は見つめなおさせてくれます。

8月13日(土)よりユーロスペース、8月27日(土)より角川シネマ有楽町にて公開。

その他詳細は公式サイト公式フェイスブック、公式ツイッター(@songoflahore_jp) からご確認ください。

秋の大パキスタン紀行

北部パキスタンが「黄金」に輝く季節限定企画 南部に点在する世界遺産を巡り、桃源郷・フンザへ。

春の大パキスタン紀行

パキスタンを大縦断!5つの世界遺産を巡りながら桃源郷フンザへ。

シンド・パンジャーブ紀行

カラチからイスラマバードまで陸路で走破し、パキスタンの遺跡をじっくり巡る

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ラホール

パンジャーブ州の州都にしてパキスタン第2の都市。パキスタンの文化・芸術の中心地で、 インドとの国境へも車で約1時間。両国の「雪解け」を感じる町でもあります。

極北の怪異(極北のナヌーク)

極北のナヌーク

カナダ

極北の怪異(極北のナヌーク)

 

Nanook of the North

監督:ロバート・フラハティ
出演:ナヌーク、ナイラ、 アレイ
日本公開:1922年

2016.7.13

約100年前に極北の地で撮影された、
世界初のドキュメンタリー映画

サイレント映画をお気に入り映画として挙げる映画監督は多くいますが、その中でも『極北のナヌーク』はフィンランドの名匠アキ・カウリスマキ監督など、ユニークな監督が好む作品です。監督はドキュメンタリーの父と言われるロバート・フラハティです。

映画の発明者・リュミエール兄弟がパリで初めて映画上映をした1895年から20年ほど経過した1910年代後半に、アメリカ人・フラハティはカナダのバフィン地方・北ウンガヴァ地方へカメラを持ち出す決意をしました。

エスキモーのナヌーク一家の日々の暮らしをカメラは追っていきます。移動の様子(小さいカヌーに一体何人が乗っているか、ぜひ注目してください)、セイウチやアザラシをしとめる様子、交易所で毛皮を売る様子、雪や氷でかまくらのような住居・イグルーを一時間足らずで作る様子など、博物館の展示が現実となったようなリアルな映像が展開されます。

実はこの映画は、フラハティがプリント・上映機器まで持参して自分のやりたいことをナヌーク一家に説明して信頼関係を築き、演出をし、映画のために原始的な暮らしを再現する演技をしてもらったという作品です。この映画が撮られた時にはエスキモーたちは既に原始的な狩猟生活ではなく銃を使ったり、西欧文化に大きく影響を受けた生活をしていたということです。(ナヌークたちがレコードプレイヤーをいじる場面も劇中に描かれています。)

こうした演出は、今ならやらせと言われてしまうかもしれません。しかし、彼らの身体に刻み込まれた生活習慣は決して嘘ではなく、とらえようによっては監督の演出が彼らの風習を復活させたともいえます。何より、映像記録に残されていなかった彼らの生活ぶりを、現代の私たちは他にどのような方法で目撃できたでしょうか。

ナヌーク一家が厳しい環境下でも幸せそうに暮らす姿から、監督とナヌーク一家が築いた信頼関係、監督が映像にこめた問いかけが時代を越えて伝わってきます。

人間性の源を見つめなおすことができ、かつエンターテイメント性の高い、約100年前の映画とは思えない映画です。極北へのロマンを是非この作品で膨らませてみてください。