悲しみのミルク
監督:クラウディア・リョサ
出演:マガリ・ソリエルほか
日本公開:2011年
悲哀から咲く希望の花
ペルー人女性監督が魅せる文学的世界観
ペルーの貧しい村に暮らすファウスタは、自分が母乳を通して母親の苦悩が子供に伝染する「恐乳病」であると信じています。物語はファウスタの母が亡くなるところから始まります。
ファウスタは母を故郷に埋葬したいと考えますが、貧しさのため遺体を運搬する費用が捻出できません。極度の対人恐怖症で町を一人で歩くこともままならないファウスタですが、勇気をふり絞り、町の裕福な女性ピアニストの屋敷でメイドの仕事に就くことに決めます。
『悲しみのミルク』の物語をより深く理解するには、1980年にペルーで武装闘争を展開し「南米のポル・ポト派」とも呼ばれた革命集団「センデロ・ルミノソ(輝く道)」の存在を知っておくべきかもしれません。1993年にフジモリが鎮圧するまで、センデロ・ルミノソはペルーの農村を拠点に無差別テロを続け、女性に対する乱暴も多く働きました。ファウスタはそうした出来事の直接の被害者ではないですが、ある時代の悲惨な出来事が次の世代にどのような形で受け継がれてしまうのかという目に見えない事柄をこの映画は掴もうとしています。
この難しいテーマを描き切ったのは、ノーベル賞作家マリオ・バルガス・リョサが伯父という恵まれた環境で培った、監督の文学的な表現力によるところが大きいでしょう。自分の言葉がなかなか出てこないファウスタが口に赤い花をくわえる、ファウスタが屋敷の門を開けて庭師を迎え入れる、女性ピアニストの真珠のネックレスがほどけて真珠を一粒一粒拾い集めるなど、数々の象徴的な動作が劇中で展開されます。ひとつひとつのシーンを単なる出来事としてではなく、何か違うことを言おうとしているのかもしれないと探りながら見ると、静かな映画の水面下でうごめく脈流をより深く感じとることができるかもしれません。
悲しくも美しい、現実なようで現実ではない世界に、ぜひ皆さんも浸ってみてください。