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英国総督 最後の家

51493169be3598fd(C)PATHE PRODUCTIONS LIMITED, RELIANCE BIG ENTERTAINMENT(US) INC., BRITISH BROADCASTING CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE AND BEND IT FILMS LIMITED, 2016

インド

英国総督 最後の家

 

Viceroy’s House

監督:グリンダ・チャーダ
出演:ヒュー・ボネヴィル、ジリアン・アンダーソン、マニーシュ・ダヤール、フマー・クレイシーほか
日本公開:2018年

2018.7.25

インドとパキスタン
分離独立の渦と、その中で芽生える愛

1947年、インドの首都・デリー。「最後のイギリス統治者」としてルイス・マウントバッテンが総督の家にやってくる。邸宅の中では500人もの使用人が働いていて、彼らはヒンドゥー教・イスラム教・シーク教などさまざな文化的背景を持っている。

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「インドの統一を保ち撤退せよ」と命じられていたマウントバッテンだったが、邸宅内では、独立後に統一インドを望む多数派と、分離してパキスタンを建国したいムスリムたちによる論議が続けられていた。一方、使用人の青年・ジートと、総督の娘の世話係・アーリアは、宗教・身分の違いを超えて惹かれあう・・・

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インドを旅していると感じる圧倒的な多様性。そして、パキスタンとの関係(例えば、クリケットでインド対パキスタンの試合がある時は、熱狂的な応援の様子を見ることができます)。両国のルーツは紀元前にまで遡りますが、1947年という年は、1945年が現代日本にとって境目の年であるように、現代インド・パキスタンの土台となっています。

今この2018年(本国での公開は2017年)に、インド・パキスタンの独立を振り返ることにどのような意義があるのでしょうか。

本作では、「ラドクリフ・ライン」と呼ばれる国境線が引かれ、大混乱をもたらし約100万人が亡くなったと言われている印パ独立の瞬間が描かれています。現代社会でもシリア騒乱やEU分裂など、国境線や人々の「居場所」に関わる問題が続いています。

インドにルーツを持ちながらイギリスで育ち、祖父母が分離独立によって大きな影響を受けたという監督は1960年生まれ。時に憎しみ渦巻くこのデリケートな題材を中立的な立場で描き、印パ独立の歴史から今でも学べることが多くあると観客に訴えかけています。

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ガンジー、ジンナー、ネルーなど歴史の教科書に出てくる人物たちのそっくりさもさることながら、本作は若い男女の愛を軸に、出来事の悲惨だけではなく、そうした状況の中でも芽生える希望・人間の強さに焦点が当てられている点が最大の特徴です。当時の様子を再現した、衣装や美術にもぜひご注目ください。

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印パ独立の歴史を詳しく知らない方でも物語にスッと入り込める『英国総督 最後の家』。8月11日(土)より新宿武蔵野館にてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

 

ナマステ・インディア大周遊

文化と自然をたっぷり楽しむインド 15の世界遺産をめぐる少人数限定の旅。

インドの優雅な休日

宮殿ホテルサモードパレスと湖上に浮かぶレイクパレスに滞在。

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デリー

「旅の玄関口」デリー。この都市は、はるか昔から存在した歴史的な都でもあります。 古代インドの大叙事詩「マハーバーラタ」では伝説の王都として登場。中世のイスラム諸王朝やムガール帝国などさまざな変遷の後、1947年にはイスラム教国家パキスタンとの分離独立を果たします。
現在ではインド共和国の首都として、その政治と経済を担い、州と同格に扱われる連邦直轄領に位置づけられています。

馬を放つ

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キルギス

馬を放つ

 

CENTAUR

監督:アクタン・アリム・クバト
出演:アクタン・アリム・クバト、ヌラリー・トゥルサンコジョフ、ザレマ・アサナリヴァ他
日本公開:2018年

2018.3.7

誰よりもキルギスに誇りを持つ男が起こす、理由なき反抗

中央アジア・キルギスのある村。村人たちから”ケンタウロス”と呼ばれているものの、物静かで穏やかな男は、妻と息子の3人でつつましく暮らしている。

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ケンタウロスには、誰にも明かせない秘密がある。彼はキルギスに古くから伝わるある伝説を信じ、夜な夜な馬を盗んでは野に放っているのだ。次第に馬泥棒の存在が村で問題になり、犯人を捕まえる為に罠が仕掛けられる・・・

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国土の40%以上が高度4000m以上にあるキルギス。私はキルギスには行ったことがありませんが、天山山脈を隔てた中国・新疆ウイグル自治区のいくつかの都市に訪れたことがあります。映画の中の風景は、新疆側の天山山脈で乗馬をしたことや、バスや電車の車窓にひたすら広がる景色をずっと眺めていたことを思い出させてくれました。

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本作のストーリーには、キルギスにどのような価値観が存在しているのかという説明が分かりやすく組み込まれています。中東とはまた違った形で、土着のシャーマニズムと混じって根付くイスラーム文化。そして、キルギス人としての意識を村民たちが問い合う議論の場面など。現代キルギスに生きる人々の葛藤は、日本に生きる私たちとそう遠くないものなのだという普遍性を、観客に感じさせてくれるでしょう。

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加えて、はっきりと理由は説明されませんが、ソ連時代に映画館だった場所が、現在はモスクとなっているという、歴史の片鱗が見える場面があります。主人公・ケンタウロスの前職は映写技師の設定で、物語の中に登場する映画はキルギスの誇りを表現するのに一役買っています。

混在した価値観の中で何を掴みとっていくか。そうした葛藤を象徴するように、ある場面で馬がケンタウロスに砂埃を舞わせる様子を遠くから映すシーンが印象的です。一見正直すぎるともいえるケンタウロスの性格は、キルギスの人々が声を大にしてなかなか言えない気持ちが代弁されているのでしょう。

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雄大な自然だけでなく、キルギスの伝統・文化の未来に対する様々な憂慮が童話のような形でこめられている『馬を放つ』は、3/17(土)より岩波ホールほかにてロードショー。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

春のキルギスへ ワイルドチューリップを求めて

4月下旬から5月上旬にかけては野生のチューリップが花を咲かせる季節。まだまだ観光客が訪れる事は少ないサリチェレック自然保護区とベシュタシュ渓谷へ野生のチューリップを求めて訪れます。

キルギス・カザフスタン 天山自然紀行

壮大な天山山脈と草原に暮らすキルギス族、エーデルワイス咲く美しきシルクロードを行く

花咲くころ

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ジョージア

花咲くころ

 

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監督:ナナ・エクフティミシュヴィリ、ジモン・グロス
出演:リカ・バブルアニ、マリアム・ボケリアほか
日本公開:2017年

2018.1.31

長く暗い戦争のあと、誰がために花は咲く

1992年春、ジョージアの首都・トビリシ。1991年にソ連から独立を果たしたものの、少数民族問題をめぐる武装紛争が郊外では続いている。14歳の少女エカとナティアは幼なじみで、生活物資の配給を待つ騒がしく長い列の中で、おしゃべりをするのがささやかな楽しみだった。エカの父は刑務所に入っているが、理由ははっきりわからない。ナティアに思いを寄せる青年・ラドは彼女に弾丸1発の入った銃を護身用にと手渡す。希望と不安の間を揺れ動く彼女たちの日常は、しだいに不安の方に傾いていく。

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時代の変わり目は、時に花にたとえられます。キルギスのチューリップ革命、チュニジアのジャスミン革命、そしてジョージアにも2003年にバラ革命と呼ばれる政変がありました。

『花咲くころ』というタイトルの中で、「花」という言葉が示唆するものは何なのか。「花」は何色なのか。それは観客の想像に委ねられています。主人公である2人の少女たちと想像することもできますが、私は時代の流れそのものと感じました。

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この映画で描かれている1992年ジョージアの過渡期におけるもどかしさは、「もうすぐ〜ができる」「まだ〜ができない」という社会的な制約がまだある14歳という主人公たちの年齢によって、より際立った描写になっていると感じました。この映画が製作されたのは2013年ですが、2003年のバラ革命や2008年のロシアとの紛争を経て、約20年前の出来事を振り返る必要があったのでしょう。

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日本も例外ではありませんが、過去に起きた災いや悲劇の原因を根本的に問い直すことは、未来を形作ることにつながっていきます。そして、旅や映画鑑賞を通して様々な物事を目にすることは、過去を見つめ直す重要な手段のひとつです。

本作では、ある場面でのエカのダンスが、観客を揺さぶるひときわ強い力を持っています。誰にも向けられていないようで、強く誰かに訴えかけるような迫力のシーンから、私は赤い色の花を連想しました。

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見る人によって違った花の色を想像させてくれる『花咲くころ』は、2月3日(土)より岩波ホールにてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

 

コーカサス3ヶ国周遊

広大な自然に流れる民族往来の歴史を、コンパクトな日程で訪ねます。
複雑な歴史を歩んできた3ヶ国の見どころを凝縮。美しい高原の湖セヴァン湖やコーカサス山麓に広がる大自然もお楽しみいただきます。

民族の十字路 大コーカサス紀行

コーカサスを陸路で巡る充実の旅、ジョージア軍用道路を走りコーカサスの高みへ。
18日間コースはスヴァネティ地方も訪問。コーカサス山麓に残る独自の文化と雄大な自然を楽しむ。

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トビリシ

クラ川に面したジョージア(グルジア)の首都。ペルシャ系、トルコ系、モンゴル系と様々な民族の侵略を受けて来た歴史を持ちます。市内を一望できる丘の上にはジョージア正教のメテヒ教会が建ち、旧市街の中にも数多くの教会やシナゴーグが建っています。

タシちゃんと僧侶

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配給:ユナイテッド・ピープル

インド

タシちゃんと僧侶

 

Tashi and the Monk

監督:アンドリュー・ヒントン、ジョニー・バーク
出演:タシ・ドルマ、ロブサン・プントソック他
日本公開:2017年

2017.12.13

ブータン・チベットの国境線に囲まれた、インドのある孤児院で・・・

ブータン・チベット・ミャンマーと国境を接する、インド北東部・アルナチャール・プラデーシュ州。アメリカでチベット仏教を伝導していた僧侶ロブサン・プントソックは、8年前に故郷であるこの地で孤児院を開く。84人の子どもたちが生活しているところに新しく加わったのは5歳の女の子・タシ。母を亡くし、アルコール依存症の父に追い出されたタシは新しい環境に順応できるのか・・・

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映画の冒頭で、ロブサンは「年々この孤児院で生活する子どもは増えているが、皆に共通しているのは見捨てられたか不必要とされたことです」という厳しい言葉を子どもたちに言い聞かせます。黙々と当たり前であるかのように子どもたちがそれを聞く様子から、各々にかつてどのようなことが起きたのかと想像せずにはいられません。

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まだ小さいタシは、その話の最中遊んでいて、話の内容を分かっていない様子がカメラにとらえられています。これから知らないことを知っていき、気付いていないことを気付いていく過程で味わう苦しみを乗り越えて、タシが将来強く成長することを願う気持ちが、映画を鑑賞しはじめてまもなく芽生えるでしょう。

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劇中では、舞台となっているジャムセ・ガッセル(どのような意味かはぜひ映画をご覧になってご確認ください)という孤児院がどこにあるかはあまり詳しく説明されません。アルナチャール・プラデーシュ州は古くから絹の交易のためにブータンとインドをつなぐ地でした。ダライ・ラマ14世がチベットから亡命した際に通過したルートとしても知られています。特徴的な髪型・民族衣装を着たモンパ族が劇中に登場することから、アルナチャール・プラデーシュ州でも西側の、ブータンの国境に近いタワン周辺であることが予想されます。

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島国・日本に暮らす私たちは、大陸に暮らす人々と比べると国境を意識する機会があまりありません。モンパ族と、隣接するブータン東部のブロクパという遊牧民は、非常に類似した文化・風習を持っています。このように、文化が触れ合う地というロケーション場所の特性も、タシを含めた子どもたちがどのような未来を歩んでいくのかに思いを馳せる上で大きな効果を持っていると私は感じました。

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39分という短い時間の中に上記のみどころが凝縮されている『タシちゃんと僧侶』。東京・長野・福岡ほか各地にて上映。その他詳細、自主上映会の問い合わせ方法は公式ホームページをご覧ください。

インド最果ての地 アルナチャール・プラデーシュ

北東インドに残るチベット世界、精霊とともに生きる人々に出会う旅

アルナチャール・プラデーシュと東ブータン

東ブータンから国境を越えてインド最果てのチベット世界へ

コスタリカの奇跡 ~積極的平和国家のつくり方~

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配給:ユナイテッド・ピープル

コスタリカ

コスタリカの奇跡 ~積極的平和国家のつくり方~

A Bold Peace

監督:マシュー・エディー、マイケル・ドレリング
出演:ホセ・フィゲーレス・フェレール、オスカル・アリアス・サンチェス、ルイス・ギ ジェルモ・ソリス、クリスティアーナ・フィゲーレス他
日本公開:2017年

2017.6.28

世界中に平和の架け橋を築く・・・中米・コスタリカから学ぶ幸福の尺度

北アメリカ大陸と南アメリカ大陸を分ける「地峡(パナマ地峡)」と呼ばれる地域の中に、本作の舞台であるコスタリカは位置しています。人口は2015年時点で約480万人(日本で言うと500万人の福岡県とほぼ同等)。1948 年に軍隊廃止を宣言し、「兵士よりも多くの教師を」というスローガンのもと教育や福祉を充実させ、平和への姿勢を積み上げてきました。

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冷戦、ニカラグアなど隣国・近隣諸国の政情、貿易協定、新自由主義、貧富の差、アメリカ・ラテンアメリカの麻薬問題・・・数々の問題に直面しつつも平和に対する真摯さを保ち続けてきたコスタリカの姿勢は、北アメリカ大陸と南アメリカ大陸の間に位置する、自然豊かな小国という地理的特性をそのまま体現したかのようです。

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劇中では、元大統領などのコメントや記録写真・映像をまじえながら、平和の追求は自明で単純なのに、それがいかに難しいかが語られます。軍隊や武器を持つのではなく、その資金を教育・人に投資すること。原題が”Bold Peace”(勇敢な/大胆な 平和)とある通り、分かってはいるけれども世界中の国々がなかなか実現できなかったことを、コスタリカの人々は激動の時代の中で勇気を持ってなしとげてきました。憲法改正、新法案の成立、ドナルド・トランプ政権に翻弄される現代日本に住む私たちには、その一言一言が響きます。

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もちろんいい事尽くしではなく、コスタリカもグローバル化の波や貧富の差といった問題に直面していることが映画の後半で明らかになります。そうした困難な状況でも、おおらかで決して悲観的にならないコスタリカの人々の考え方は、私たちを勇気づけてくれます。

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中高生の時に私は地図帳を眺めるのが大好きでしたが、南北アメリカが今も逆方向に少しずつ移動していて、いつかは離れてしまうかもしれないという何億年スパンの話を聞いて、ヒモでつながれているかのような地峡と呼ばれる場所を、不思議な気持ちで眺めていました。

いつか私がコスタリカに行くことができたら、現地の言い伝えやおとぎ話を聞いてみたいと、この映画を見て強く感じました。コスタリカが細いヒモのような地形だとわかったのはさほど昔ではなく数百年前の話かと思いますが、その地形を子どもに説明するような昔話があるのではないかと思います。きっとそれは美しい物語に違いありません。

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雄大な自然と共生し、世界の幸せを願うコスタリカの精神を感じ取れる『コスタリカの奇跡 ~積極的平和国家のつくり方~』。8/12(土)より横浜シネマリン、アップリンク渋谷ほかにてロードショー。その他詳細、自主上映会の問い合わせ方法は公式ホームページをご覧ください。

コスタリカ自然観察の旅

コスタリカ最後の秘境と言われるコルコバード国立公園も訪れる新企画!

ゆったり中米7ヶ国
パン・アメリカン・ハイウェイ縦断の旅

移りゆく景色を眺めながら6つの国境を陸路で越える 少人数限定の旅

裁き

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配給:トレノバ

インド

裁き

 

Court

監督: チャイタニヤ・タームハネー
出演: ビーラー・サーティダル、ビベーク・ゴーンバルほか
日本公開:2017年

2017.6.21

裁判所に渦巻く人間模様から浮かび上がる、インド社会の「分からなさ」

舞台はインドの大都会・ムンバイ。ある下水清掃人が死亡し、65歳の民謡歌手ナーラーヤン・カンブレが扇動的な歌で清掃人を自殺に駆り立てたという容疑で逮捕され、下級裁判所で裁判が始まります。そこには、人権を尊重する若手弁護士、古い法律を持ち出して刑を確定しようと急ぐ検察官、公正に裁こうとする裁判官、偽証する目撃者など、さまざまな人々が集い・・・

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私は添乗業務でインドに何度も行かせて頂きましたが、インドは行けば行くほど分からなくなる国だと常々感じていました。「分からない」というのはネガティブな意味合いではなく、むしろポジティブな、ディープで魅力的というようなイメージです。

インドの人口・国土は日本の約9倍。宗教・言語・カースト・移民事情(近隣諸国、あるいは特にムンバイに関しては近隣の州からも)・食習慣などを知れば知るほど、インド社会の複雑さ・多様さに直面することになります。

映画は裁判の行く末と同等に、弁護士・検察官・裁判官の私生活を覗き見るような一歩引いた視線で映し出していきます。電車通勤か車通勤か、休日はどこに誰と出かけるか、どのようなレストランで食事をとるか、どのような音楽を聞くか、何を生きがいとしているのか、どのような家でどのような家族と暮らしているのか・・・登場人物たちの何気ない習慣や生活環境から階級・モラル・思想の違いを描いていきます。

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本作の特筆すべき点は、計算されつくされた脚本とカメラアングルです。時に「なぜこんなシーンを入れたのだろう・・・」と思うようなシーンも挿入されます。

例えば、若手弁護士が日本にもあるようなオシャレなスーパーマーケットでワインなどを買って、車でジャズを聞きながら帰る場面。単体では不思議な存在のシーンで意図がつかみきれないまま次に進みますが、他の登場人物が全く違う生活を送っているシーンが始まった時にハッとさせられます。

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裁判所のシーンでいえば、本筋であるカンブレの裁判と全く関係ない件の裁判で、原告が裁判所にふさわしくない服装だと裁判官に言われて証言を聞いてもらえないという描写があります。モラルの食い違いを表した場面ですが、特にそれがミステリーを解く伏線であるというわけではありません。

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こうした細かいシーンの積み重ねは、「分からない」「理解し合えない」ということを前提にしていかないと、インド社会でのコミュニケーションは非常に難しいということを示唆しているように思えます。語りすぎない制作チームの語り口は、フレームの外側にある広大なインド社会に対する観客の想像力を最大限に広げてくれます。

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インド文化の奥深さが凝縮された『裁き』。7月8日(土)よりユーロスペースにてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

残像

4c397ed1663c1f7b(C)2016 Akson Studio Sp. z o.o, Telewizja Polska S.A, EC 1 – Lodz Miasto Kultury, Narodowy Instytut Audiowizualny, Festiwal Filmowy Camerimage- Fundacja Tumult All Rights Reserved.

配給:アルバトロス・フィルム

ポーランド

残像

 

Powidoki

監督: アンジェイ・ワイダ
出演: ボグスワフ・リンダ、ゾフィア・ヴィフワチほか
日本公開:2017年

2017.6.7

辿り着けなくても歩き続ける・・・ポーランドの名匠が最後に遺した不屈の道標

第二次大戦後、ポーランド中部・ウッチ。大戦前に名を馳せた前衛画家のヴワディスワフ・ストゥシェミンスキは、大学教授でもあり生徒たちに慕われています。しかし、芸術を政治に利用しようとするポーランド政府と対立し・・・

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2016年、惜しくも90歳でこの世を去ったアンジェイ・ワイダ監督の遺作となった本作は、映画そのものが残像を生み、心の中に光を残してくれます。タブーを描くことを恐れず、自由・抵抗を一貫して訴え続けたワイダ監督は、最後までその意志を貫いたメッセージを世界中の観客に残してくれました。

"Powidoki" 2015 rez. Andrzej Wajda Fot. Anna Wloch www.annawloch.com anna@annawloch.com Na zdj od lewej : Zosia Wichlacz, Adrian Zareba, Irena Melcer, Filip Gurlacz, Mateusz Rzezniczak, Tomasz Chodorowski, Paulina Galazka; tylem Boguslaw Linda

映画の舞台となったウッチという場所はポーランドの名匠たちを輩出した映画大学があり、第二次世界大戦で焦土と化したワルシャワの代わりに首都機能をしばらく担っていました。戦後に芸術の街として発展していったウッチで展開される本作は、自由・抵抗というワイダ監督ならではのテーマはもちろんのこと、「歩く」ということをストゥシェミンスキが描いた絵画のように、芸術的に表現しているように思えました。

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Zdjecia: Pawel Edelman
fotosy: Anna Wloch
www.annawloch.com
anna@annawloch.com

旅をすると色々な場所を歩きます。草むら、砂漠、岩場、雪原、道なき道。ストゥシェミンスキは、第一次世界大戦で右足・左手を失っていて、常に身体部位の不在を抱えています。もちろん片足を失っても足を踏み出すことはでき(また片手を失っても絵を描くことはでき)、劇中でもストゥシェミンスキは松葉杖を使って力強く移動しますが、両足がある場合とは全く違った足の踏み出し方になります。また、右足を踏み出すという行為は永遠に不可能です。

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私が「歩く」という行為をこの映画のキーポイントとして見出したのは、劇中に「足を踏み出すことができる」という自由が表された、非常に小さくも力強い演出があったからです。水たまりに、ストゥシェミンスキではない、ある人物が足を踏み出して靴が濡れてしまったことを実感するというだけのシーンなのですが、ストーリー展開ともあいまってとても美しい場面になっているので、見逃さないように登場人物の足元に時々気を払ってご鑑賞ください。

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芸術・自由とは何か・・・共謀罪法案が採決されたという最近のニュースとも関連性があり、ワイダ監督の力強いメッセージを受け取れる『残像』。6月10日(土)より岩波ホールにてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

スタンリーのお弁当箱

jon_chirashi(C)2012 FOX STAR STUDIOS INDIA PRIVATE LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED

インド

スタンリーのお弁当箱

 

Stanley Ka Dabba

監督: アモール・グプテ
出演: パルソー・A・グプテ、アモール・グプテほか
日本公開:2013年

2017.5.10

お弁当箱を開けるワクワク感のような、心優しきインド人少年の作り話

舞台はインド最大の都市・ムンバイ。Holy Family Schoolというキリスト教系の小学校に通っている少年・スタンリーは、作り話をしてクラスの皆を笑わせるのが大好きです。人気者のスタンリーですが、ある事情で学校にお弁当を持ってくることができない日々を送っていました。強がって水道水を飲んで空腹を満たしているスタンリーに、同級生たちは優しくお弁当を分けてあげます。しかし、他人のお弁当に執着を持つ一風変わった先生が、スタンリーにいちゃもんをつけてきて・・・

同じくムンバイを舞台にして、インドのお弁当の文化をストーリーに活用した映画に『めぐり逢わせのお弁当』がありますが、この作品は全く違ったアプローチでお弁当を物語に取り込んでいます。

日本でよく使われる「お母さんの愛情がたっぷりこめられたお弁当」というキャッチフレーズは(字幕で多少脚色されているかもしれませんが)インドでも変わらないようだということが、映画を見進める内にわかってきます。しかし、このフレーズはしばしば反発や苦悩を生むと聞いたことがあります。

まず、お弁当を作るのはお母さんでなくてはいけないのかということ。そして、お弁当を作れるには、それ相応の環境や時間が必要だということです。手作りではなく冷凍食品を使うこともあるでしょうし、大人がそうするように、お弁当屋さんやお惣菜屋さんでおかずを買うこともあるでしょう。つまり、「お弁当は愛情がこもっている」とされていることが、時にお弁当を用意する側の苦しみや悩みを生むということです。この映画ではそうした問題と近い切り口で、「全ての家庭がお弁当を作れる環境にあるわけではない」という視点からインドの社会を眺めています。

その張本人がスタンリーですが、映画に全く暗さはなく、むしろ彼の陽気な雰囲気が物語を引っ張っていきます。この映画の最も特徴的な点は、映画全体の流れよりも、今この瞬間を生きる子どもたちの感性のように、シーンごと、その場その場の臨場感や雰囲気が際立っている点です。

実は映画の撮影手法にその秘密があります。まず、監督は主人公・スタンリーを演じるパルシーくんの父親で、監督自身もスタンリーとお弁当を奪い合う変わり者の先生を演じています。もういくつか秘密がありますが、あとは本編をご覧になってから知るのが、充実した鑑賞体験のためによいかと思います。

少年たちの心洗われる優しさに触れたい方、ムンバイ市民の美味しそうなお弁当を覗き見たい方にオススメの作品です。(鑑賞前に、お近くのインド料理屋を調べておくことをオススメします)

世界でいちばん美しい村

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ネパール

世界でいちばん美しい村

 

監督: 石川梵
出演: ネパール・ラプラック村の人々
公開: 2017年

2017.3.8

深い悲しみの底から、新たな芽を・・・
ヒマラヤで輝かしい心を受け継ぐ人々

2015年4月にネパールで大地震が起き多くの被害が発生したことは、日本でも大きなニュースとして取り上げられました。地震直後、首都・カトマンズでもまだ混乱が続く中、石川梵監督は震源地であるラプラック村に2日間かけて向かいます。ほとんどの建物が倒壊して壊滅状態のラプラック村では、自然災害の理不尽さに負けず、強く優しく生きようとする人々がいました・・・

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このドキュメンタリーを見ながら私が思い出したのは、古代中国の哲学者・老子が著作に記した「小国寡民」という言葉でした。これは、国の理想的な形は国民の少ない小さい国で、自分の国にいるだけで満ち足りた生活を送ることができる理想郷の考え方を示した言葉です。

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自分が食べているものをおいしいと思い、着ているものを美しいと思い、住まいにくつろぎを感じ、国民は遠くに移り住むことを考える必要もない・・・もし国家に住む人々が皆そう思うようになれば、自分の国にいるだけで幸せに生涯を全うできるのではないか。春秋戦国時代という戦乱の世の中で、老子はそのように想像しました。

現代社会ではかなり極端で実現不可能な考え方に聞こえますが、生まれ育った場所を捨てるか捨てないかの選択に迫られたラプラック村の人々の反応は、小国寡民という考え方の根本にある「足るを知る」という生き方があながち夢物語ではないと私たちに思わせてくれます。

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ラプラック村の多くの人々は「いつ村が土砂崩れに飲まれてもおかしくない」と専門家に死の危険性を指摘されても「また地震がきても運が良ければ助かる、ダメだったらそれまでだ」と、そのまま留まることを選択します。危険を回避するという功利的な選択より、地震によって命を奪われた人々や祖先の魂に寄り添って暮らすほうが、彼らの人生の充足感につながるのでしょう。

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そうしたラプラック村の精神の一片を、劇中でひときわ印象的なボン教の儀式から感じ取れることができます。仏教が根付く前の土着の精霊信仰を中心に据えているボン教は、まるで一人ひとりの体から土地へ向かって根をはりめぐらしていくかのような儀式を行います。

ある儀式では、土地の記憶と魂に捧げるマントラ(真言)の中を泳ぐように、少女たちが目をつぶって足を一歩一歩前へ進めていきます。彼女たちが目をつぶっている先には、心の中に宿る理想郷・ラプラック村のイメージが見えているのでしょう。

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『世界でいちばん美しい村』は2017年3月25日より(土)より東劇ほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

ネパールの山旅

神々の棲む国ネパール。白き峰々が織りなす憧れのヒマラヤへ・・・

娘よ

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パキスタン

娘よ

 

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監督:アフィア・ナサニエル
出演:サミア・ムムターズ、サーレハ・アーレフ、モヒブ・ミルザーほか
日本公開:2017年

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知られざるパキスタン部族社会の掟と、母娘の自由への旅路

パキスタン・連邦直轄部族地域のある村で、部族長・ドーラットは絶え間なく続く部族間の報復の連鎖に頭を抱えていました。解決策として、ドーラットの10歳の娘・ザイナブと相手部族の老部族長との婚姻が決まります。dukhtar_still09

その事実を知ったザイナブの母・アッララキは自分自身も15歳の時に嫁がされた経験から、娘を渡したくないと強く思います。アッララキは婚礼の当日に村から脱出することを決意し、波乱万丈の旅路が始まるのでした・・・

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物語が始まる場所の設定はトライバルエリアとも呼ばれる連邦直轄部族地域で、伝統的な部族長会議による統治がなされています。パキスタンの憲法は大統領の指示がない限りは適用されません。制作スタッフはそうした特殊な場所からの脱出を演出するために、フンザ・ギルギッド・スカルドゥなど、パキスタン北部の地理的特色を最大限にいかしています。

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本作の特筆すべき点は、コロンビア大学で映画を学んだ女性監督アフィア・ナサニエルが、単純に部族社会における女性の自由を問題視するだけでなく、その背景にあるパキスタンと近隣諸国の大きな歴史の流れにしっかりと目を向けていることでしょう。

因習や悪習という言葉がありますが、本作で取り上げられているような部族社会における「目には目を、歯には歯を」の報復の連鎖や伝統的婚姻ははたして悪習といえるのでしょうか。

たとえば、かつて中国には女性の足が大きくならないように幼少期から足を強く縛る纏足という風習がありました。纏足は約1000年に渡って20世紀初頭まで続けられましたが、それには様々な文化的・社会要因がありました。このように、ある風習や社会的に続けられた行為を悪であるとみなしてしまう前に、その背景にある理由に考えを巡らせることは、異文化理解においてとても重要です。本作では部族社会における女性の自由を大きな問題として掲げながらも、単純にそれを批判するのではなく、ムジャヒディン(旧ソ連のアフガニスタン侵攻に対して戦った武装勢力)出身のトラック運転手をメインキャラクターとして登場させるなどして、歴史の流れも踏まえた大きな枠組みの中で問題の複雑さ・根深さが主張されています。

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フンザの村の狭い路地を活かした追跡劇や、黄金色に輝くアンズやポプラの木々の中行われるカーチェイスも必見です。少しハンドル操作を誤れば崖に真っ逆さまの道でのカーチェイスはスリリングで見入ってしまうのはもちろんですが、パキスタン北部を旅されたことがある方は「あの道でカーチェイスをしたのか・・・」となおさらドキドキとしてしまうはずです。パキスタン名物のド派手なデコトラも登場し、パキスタン文化入門としても多くの場面で楽しめます。

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カラコルム山脈などパキスタンの雄大な景色を見てみたい方、一歩踏み込んで南アジア・中東の歴史や女性の自由について考えてみたい方にオススメの一本です。

『娘よ』は3/25より岩波ホールほかにてロードショー。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

秋の大パキスタン紀行

北部パキスタンが「黄金」に輝く季節限定企画 南部に点在する世界遺産を巡り、桃源郷・フンザへ

北部パキスタン周遊

パキスタン北部の山岳地帯をめぐる決定版

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フンザ

「桃源郷」と謳われ、「長寿の里」として知られ、かねてより旅行者の憧れの土地。春の杏の花、夏の緑と山々の景色、秋の紅・黄に染まった木々・・・それぞれの季節に美しい景色を魅せます。