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第三夫人と髪飾り

7b758173d43a9c4c(C)copyright Mayfair Pictures.

ベトナム

第三夫人と髪飾り

 

The Third Wife

監督:アッシュ・メイフェア
出演:グエン・フオン・チャー・ミー、トラン・ヌー・イエン・ケー、マイ・トゥー・フオンほか
日本公開:2019年

2019.9.25

「男児を生んでこそ夫人になれる」―19世紀ベトナムの価値観と、現代女性の自由

舞台は19世紀の北ベトナム。14歳の少女メイは、絹の里を治める大地主の3番目の妻として嫁いでくる。穏やかでエレガントな第一夫人には息子がひとり、美しく魅惑的な第二夫人には娘が三人いたが、一族にはさらなる男児の誕生が待ち望まれていた。

やがてメイは妊娠する。メイは身の回りに渦巻く愛憎や社会の矛盾に戸惑い悩みながらも、出産に向けての心を整えていく・・・

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19世紀・ベトナムの女性たちの物語は、現代社会に暮らす私たちに「女性の自由とは何か?」という大きな疑問を投げかけます。当時は男児を生むことが女性にとって最も重要な役割でした。劇中、メイのように現代の基準からすれば結婚にはまだ早い少女が結婚を拒否され、父親に「唯一の役目も果たせないのか」と見捨てられる、悲しい場面があります。

現代社会ではそうした悲劇は起きていないかというと、「いまだに起きている」と答えざるをえません。日本でもベトナムでもその他の国々でも、形は変われどいまだに「唯一の役目も果たせないのか」に近い言葉が発されることが往々にしてまかり通っています。

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監督のアッシュ・メイフェアは映画製作を欧米で学び、本作で母国の慣習を「外の目線」で見つめています。「旅と映画」では、『娘よ』(パキスタン)、『シアター・プノンペン』(カンボジア)、『少女は自転車に乗って』(サウジアラビア)といった同傾向の作品を今まで紹介してきましたが、本作もまたそうした新潮流の一作として、他の国の作品と見比べて鑑賞していただくと深みがさらに増すはずです。

ロケ地についても言及しておかなければいけません。本作の重要なロケ地のひとつは、ハノイから南に約90kmのところにあるチャンアンです。物語は、カルスト地形の奇岩に囲まれつつ流れる川を、舟に乗ったメイが進んでいく場面から始まります。また、川に隣接した洞窟でも撮影が行われており、「生と死」の不思議に直面するメイの心理を表現する上で重要な役割を果たしています。

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チャンアンは2014年に「景観複合体」として世界遺産に登録され、隣接しているホアルーはベトナム初の独立王朝の都が置かれた場所です。おそらくこの地の景観は太古の昔からさほど変わっておらず、様々な人の生き死にを目にしてきたのでしょう。「世代」「継承」というテーマを醸し出す本作は、ロケ地によってさらにそのメッセージ性が増しているように感じました。

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こだわり抜いたセットや衣装も必見の『第三夫人と髪飾り』は10月11日(金)よりBunkamuraル・シネマほか、全国順次ロードショー。詳細は公式ホームページをご覧ください。

ハノイからプノンペンへ陸路で繋ぐ アジアハイウェイ1号線を行く

2015年に開通した橋を利用しベトナムからカンボジアへ 7つの世界遺産も訪問

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チャンアンの景観複合体

「陸のハロン湾」と賞されるカルスト地形の景勝地・ニンビン郊外のチャンアン川にて、手漕ぎ船での川下り「チャンアンクルーズ」が楽しめます。

ヒンディー・ミディアム

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インド

ヒンディー・ミディアム

 

Hindi Medium

監督:サケート・チョードリー
出演:イルファーン・カーン、サバー・カマルほか
日本公開:2019年

2019.8.28

英語コンプレックスのインド人夫婦が繰り広げる、ドタバタお受験戦争

デリーの下町で洋品店を営むラージと妻のミータは、娘を私立校に入れることを考えている。親の教育水準・居住地・英語能力までもが合否に影響することを知り、夫婦は娘と一緒にお受験塾に通い、高級住宅地へ引っ越しをする。しかし、結果は全滅。

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落胆した2人であったが、希望していた私立校が低所得者層のために入学の優先枠を設けているという話が報じられているのを目にする。お受験熱を再燃させたラージとミータは、優先枠での入学を狙うために貧民街への引っ越しを決行する・・・・・・

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人々の暮らしぶりを見ることは、旅において大きな楽しみの一つです。私が西遊旅行で添乗していたときには、長距離移動のバス車内でガイドさんに、教育システム・仕事事情・平均所得・食生活など人々の暮らしを知るヒントになる情報を必ずといっていいほど聞いて、ツアー参加者の皆様と質問大会をしていました。

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本作が観客に見せてくれるのは、インドの首都・デリーに暮らす中流階級(ミドルクラス)の葛藤です。ストーリーは、親の学歴によって子どもの入学が拒否された実際の事件にインスピレーションを受けているそうです。
(タイトルの「ヒンディー・ミディアム」はヒンディー語で授業を行う公立学校のことで、主人公夫婦が娘を入れようと必死になっているのは英語で授業を行う名門私立校「イングリッシュ・ミディアム」です)

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困窮している主人公が状況を打破しようと抗ったり、富や名声を得た主人公が没落してどん底に突き落とされる姿を描く映画は多くあります。しかし、本作はそうした典型的なストーリーテリングとは一線を画したユニークな切り口で、「貧富の差」や「階級社会」というヘビーなテーマを扱いながらも、コミカルに物語が展開していきます。

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本作のユニークな点とは、貧富の差が直接的に描かれるのではなく、上流でも下流でもない中流の主人公たちが、上流になりきろうとした結果、自ら下流の生活(貧民街への引っ越し)を選ぶ滑稽さにあります。そして、主人公夫婦は「本当の富や豊かさとは何なのか」を自分たちよりも圧倒的に貧しい人々から学んでいきます。

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この誰も傷つけることのない温かなストーリーテリングによって、下町生まれというラージの出自、学歴という取り返しのつかない過去、英語ができないというミータのコンプレックスは蔑まれることなく全て笑いの要素となっていきます。近年のインド映画のクオリティには圧倒されるばかりですが、本作に見られる洞察の深さ・視野の広さは、インド映画のさらなる発展を予感させるものとなっています。

ヒンディー・ミディアム/メイン

インド国内だけではなく中国でも大ヒットとなった『ヒンディー・ミディアム』は、9/6(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

ナマステ・インディア大周遊

文化と自然をたっぷり楽しむインド 15の世界遺産をめぐる少人数限定の旅

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デリー

「旅の玄関口」デリー。この都市は、はるか昔から存在した歴史的な都でもあります。 古代インドの大叙事詩「マハーバーラタ」では伝説の王都として登場。中世のイスラム諸王朝やムガール帝国などさまざな変遷の後、1947年にはイスラム教国家パキスタンとの分離独立を果たします。現在ではインド共和国の首都として、その政治と経済を担い、州と同格に扱われる連邦直轄領に位置づけられています。

ジョアン・ジルベルトを探して

4ba6efce99576c01©Gachot Films/Idéale Audience/Neos Film 2018

ブラジル

ジョアン・ジルベルトを探して

 

Where Are You, Joao Gilberto?

監督:ジョルジュ・ガショ
出演:ミウシャ、ジョアン・ドナート、ホベルト・メネスカル、マルコス・ヴァーリ
日本公開:2019年

2019.8.21

憧れの人々を探し求めて、ボサノヴァの聖地リオ・デ・ジャネイロへ

『イパネマの娘』『想いあふれて』などの名曲で知られる「ボサノヴァの神様」ジョアン・ジルベルト。フランス生まれでブラジル音楽をこよなく愛するジョルジュ・ガショ監督はリオ・デ・ジャネイロのどこかに今も暮らしているというジョアン・ジルベルトを訪ねる旅に出る。

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監督にはもう一人「訪ねる」人がいる。もうこの世にはいないドイツ人ジャーナリストのマーク・フィッシャーだ。

マーク・フィッシャーは、2008年を最後に公の場に出なくなったジルベルトに会うためにリオ・デ・ジャネイロに向かったが、結局会うことはかなわなかった。そして、その顛末を記した本『オバララ ジョアン・ジルベルトを探して(Ho-ba-la-lá: À Procura de João Gilberto)』が出版される1週間前、自らの命を断った。

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ジョルジュ・ガショ監督は、マーク・フィッシャーの意志を引き継ぐため、彼の本を頼りにジョアン・ジルベルトゆかりの人びとや土地を訪ねていく。

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どんな旅にも、力学のようなものが働いています。ある人は世界遺産に興味があり、ある人は食に興味があり、ある人は写真に興味があり、力の働き方は様々です。旅の目標が明確にある場合も、漠然としている場合も、その力学によって旅をしている張本人は動かされていきます。

本作で監督は自分自身の意志で旅しているというよりも、ジョアン・ジルベルトとマーク・フィッシャーという2人の亡霊が作り出す強力な磁場に身を任せるように旅をしていきます。一方は確かにこの世に存在するけれどもその姿はつかめない、幻のようなレジェンド、いわば「憧れの存在」(ジョアン・ジルベルトは2019年7月に亡くなりましたが、この旅の最中はまだ存命でした)。

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もう一方は、「永遠に追いつけない存在」である死者で、彼と会った人や、彼が存在していた証明である著作を通して、監督はその距離を縮めていきます。

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このように夢と現実の間を彷徨うような不思議な旅を演出している力学が、本作の最大の見所です。旅はジョアン・ジルベルトがかつて暮らしていた田舎町・ディアマンティーナにまで及び、磁場に引き寄せられるようにジョアン・ジルベルトを知る人々や元妻で歌手のミウシャ(撮影後の2018年12月に亡くなりました)も自ずと監督のもとに集まってきてありのままの姿を見せてくれます。

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陽気なイメージのあるリオ・デ・ジャネイロ(ブラジル)の町を黙々と、亡霊に語りかけるようにひたすら練り歩くオリジナルな旅を描いた『ジョアン・ジルベルトを探して』は、8/24(土)より新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

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聖なる泉の少女

699738287f6e3395© BAFIS and Tremora 2017

ジョージア

聖なる泉の少女

 

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監督:ザザ・ハルヴァシ
出演:マリスカ・ディアサミゼ、アレコ・アバシゼほか
日本公開:2019年

2019.8.14

ジョージアにも存在する「八百万の神」を司る、美しい少女が抱える迷いとは?

舞台はジョージアの南西部、トルコと国境を接するアチャラ地方の山深い小さな村。村には人々の心身の傷を癒してきた聖なる泉があり、先祖代々、泉を守り、水による治療を司ってきた家族がいた。儀礼を行う父親は老い、3人の息子はジョージア正教(キリスト教)の神父、イスラム教の聖職者、無神論の科学教師になり、父の後を継ぐことはなかった。そして父親は一家の使命を、娘のツィナメ(ナーメ)に託そうとしていた。

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その宿命に、ナーメは思い悩む。彼女は村を訪れた青年に淡い恋心を抱き、他の娘のように自由に生きることを憧れる。一方で川の上流に水力発電所が建設され、少しずつ山の水に影響を及ぼしていた・・・

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科学が発達する前、世界はだいたい5つか4つの要素のバランスによって成り立っていると考えられていました。旅の醍醐味は、こうした「元素」が強く感じられることにあります。普段はあまり気にとめない雲の形をぼんやりと眺め、ビルに遮られていない爽やかな風をあび、祭事の火や人のあたたかみに触れ、一時として同じでない水の流れに気付き、見知らぬ地の土を踏みしめる・・・

空、風、火、水、地。本作はこの5元素を描くことに並々ならぬ力が注がれています。しかし、それは自然の美しさに対する賛美ではなく、消費主義・資本主義社会の矛盾を指摘するためです。

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旧約聖書 創世記第1章第2節「神の霊は水面を動いていた」という引用からはじまるものの、きっとジョージアには日本で言う「八百万の神」というような考え方が根付いているのだろうと私は鑑賞しながら思いました。それゆえに、「神が姿を消しつつある世界」に対するジョージアからの警鐘ともいえる本作の物語は、不思議なことに、日本人の心にこそ響きやすいものとなっています。

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『聖なる泉の少女』は、8/24(土)より岩波ホールにてロードショーほか、全国順次公開。詳細は公式ホームページをご覧ください。

 

コーカサス3ヶ国周遊

広大な自然に流れる民族往来の歴史を、コンパクトな日程で訪ねます。
複雑な歴史を歩んできた3ヶ国の見どころを凝縮。美しい高原の湖セヴァン湖やコーカサス山麓に広がる大自然もお楽しみいただきます。

民族の十字路 大コーカサス紀行

シルクロードの交差点コーカサス地方へ。見どころの多いジョージアには計8泊滞在。独特の建築や文化が残る上スヴァネティ地方や、トルコ国境に近いヴァルジアの洞窟都市も訪問。

風が吹くまま

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イラン

風が吹くまま

 

Le vent nous emportera

監督: アッバス・キアロスタミ
出演: ベーザード・ドーラニー ほか
日本公開:1999年

2019.8.7

イラン式 ケセラセラ精神―「なるようになる」と思えない都会人

テヘランから、クルド系の小さな村を訪れたテレビ・クルーたち。彼らは村独自の珍しい風習のもと執り行われる葬儀の様子を取材しに来たのだが、村を案内する少年ファザードには自分たちの目的を秘密にするよう話して聞かせる。男たちは危篤状態のファザードの祖母の様子をうかがいながら、「そろそろ死ぬか」と撮影の準備をこっそりと進める。

数日間の撮影スケジュールだったものの、数週間経っても老婆の死は訪れず、ディレクターのべーザードやスタッフたちは苛立ちを募らせる。テヘランかにいるプロデューサーから毎日のように電話がかかってくるが、村は電波が悪くて通話するためにはわざわざ車で5分かかる丘の上に出なければいけない。都会と田舎、生と死。美しい麦畑は、そんな人間が繰り広げるドタバタ劇を気に留めることもなく風にそよいでいる。

本作は以前ご紹介した『そして人生は続く』『ホームワーク』と同じく近年デジタルリマスターされた、イランの巨匠アッバス・キアロスタミ監督作品のうちの1本です(撮影場所が『そして人生は続く』と同じです)。

仕事の都合で「早く死なないかなぁ」とお婆さんの死を待つというストーリーは、死という重いテーマを扱いながらもどこかおもしろおかしく、意図的に不謹慎な演出をしているのでドリフのコントを見ているようにくすっと笑ってしまうようなシーンが多くあります。

大好きな作品で機会がある度に観ていましたが、デジタル・リマスターされたということで久しぶりに鑑賞し、西遊旅行でお祭り見学ツアーの添乗や営業・企画をしたときのことを思い出しました。

私が担当していたインドやブータンのお祭りは、直前まで日にちが決まらなかったり、占い(神学者の判断?)や暦によって急に日にちが数日ずれたりすることがあります。それはそういうものなので仕方がないのですが、ツアーに添乗したり企画する側としては「仕方ない」で済ますわけにはいきません。そんなときは必死で元の旅程と合わせるように現地で奔走したり、手配での調整を試みました。

本作でお婆ちゃんの死を今か今かと待っている撮影スタッフたちが抱える「なす術なさ」というのは、現代社会ではとても稀なものです。経済・効率が重視される都会では、あらゆることをなんとかしようとして、不便・不自由が排除されていきます。

この映画では、「どうにもならなさ」と対峙する時間の豊かさに着目しています。それゆえに本作の鑑賞体験は、自分の力ではどうにもならないことがしばしば起きる旅という時間に似ていて、都会生活から田舎に旅に出たような感覚を味わえます。イランの地方に広がる美しい景観とともに、ぜひ豊かな時間の流れに身を任せてみてください。

あなたの名前を呼べたなら

ef5481c837a9cc75© 2017 Inkpot Films Private Limited,India / © Inkpot Films

インド

あなたの名前を呼べたなら

 

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監督:ロヘナ・ゲラ
出演:ティロタマ・ショーム、ヴィヴェーク・ゴーンバルほか
日本公開:2019年

2019.7.31

大都会・ムンバイの片隅で―身分を越えた孤独の共鳴

南アジア最大級の国際都市・ムンバイ。農村出身のラトナはファッションデザイナーを夢見ながら、建設会社の御曹司・アシュヴィンが住む高層マンションの一室で、住み込みメイドとして働いている。

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アシュヴィンはまもなく結婚するはずだったが、婚約者の浮気が発覚して破談となる。落ち込むアシュヴィンを気遣いながら、ラトナは彼の身の回りの世話をする。

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19歳のときに夫を亡くしたラトナは、田舎に住む妹の学費を「自分とは違う人生を歩んでほしい」という想いでムンバイから仕送りしつつ、裁縫を学びはじめようとしてアシュヴィンに伺いをたてる。

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真摯に働き夢を叶えようとするラトナの姿は、心に空白を抱えたアシュヴィンにとって力強く映り、やがてアシュヴィンはラトナに心を寄せるようになる。しかし、インドに深く根付いた階級社会の壁が2人の間に立ちはだかる・・・

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日本の20倍もの国土を持つインドという国は、決して一言で語り切ることができない複雑さに満ちています。各地に根付いた文化・風習・言語もさることながら、植民地支配の名残、階級社会、カースト制度などは、旅するだけでは到底その全体像を掴むことはできません。

しかし本作では、廊下で度々すれ違い、ギフトを贈りあい、互いを励まし、思いを伝え合うラトナとアシュヴィンの「交換」から、現地人の感覚を追体験することができます。

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ユニークな点は、ラトナがムンバイという大都会にある種の希望を見出している点です。社会格差というトピックを描くために、ともすると、田舎から出てきた主人公が都会の荒波に翻弄されるという典型的なストーリーテリングになりがちなところを、本作は「未亡人になった時点で田舎では『人生終わり』だが、都会には人生を変えられるチャンスがある」という観点で物語が紡がれています。

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そのため、物語の源泉が「希望・夢」というポジティブなところから湧いていて、ムンバイという都市も「冷たさと無関心が渦巻く大都会」というイメージではなく、「ビーチがあって開放的でスタイリッシュな都市」という旅情が掻き立てられるような見え方がするはずです。

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アシュヴィン役のヴィヴェーク・ゴーンバルが出演した『裁き』(2017年公開作品)も、インドの複雑さ・多様さを垣間見れる作品なので、併せてぜひチェックしてみてください。

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シリアスさな問題を扱いながらも優美な世界観を持つ『あなたの名前を呼べたなら』は、8/2(金)よりBunkamuraル・シネマほかにてロードショー。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

アジャンタ・エローラ 西インド世界遺産紀行

二大石窟とサンチー仏塔 インドが誇る珠玉の世界遺産巡り

ナマステ・インディア大周遊

文化と自然をたっぷり楽しむインド 15の世界遺産をめぐる少人数限定の旅

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ムンバイ

現在のムンバイは7つの島々から構成され、インドの中でも商業の中心地として発展してきました。その歴史は古く、最初に確認されている歴史は紀元前2世紀頃よりこの辺りには漁民が住んでいたと言われています。

存在のない子供たち

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レバノン

存在のない子供たち

 

Capharnaum

監督:ナディーン・ラバキ―
出演:ゼイン・アル=ラフィーア、ヨルダノス・シフェラウほか
日本公開:2019年

2019.7.17

「存在しないはずの少年」を苦しめる、レバノン社会の歪み

レバノンの法廷で、12歳の少年・ゼインが「僕を生んだ罪で両親を訴えたい」と口にする。なぜゼインはそうするに至ったのか? そう観客に疑問を抱かせながら、物語は幕を開ける。

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ゼインは両親が出生届を提出していないため、IDを持っていない。ある日、ゼインの妹が年上の男性と強制的に結婚させられたことで、日々溜まっていたゼインの怒りは爆発し、家を飛び出す。

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仕事を探しにさまようゼインは、沿岸部のある町でエチオピア移民の女性・ラヒルと出会う。ラヒルは寝食に困っているゼインを自宅に泊まらせ、ゼインはラヒルの赤ん坊を世話をして危機をしのぐ。こうして、ゼインの新しい日常が始まるが、それもそう長くは続かず・・・

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旅ををすることで得られる喜びのひとつは、「世の中にはこんな場所があるのか!」「世の中にはこんな生き方の人がいるのか!」といった、未知のものと出会う驚きにあると思います。「驚き」というのは、ワクワクするようなポジティブさをもって語られる場面が多いですが、人は圧倒的な惨状・困窮状態などを目にした時にも、言葉に詰まるような、悲しみを伴った驚きを感じます。

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本作で観客が感じる驚きは、その両方が複雑に混ざって容易には消化できないものとなるでしょう。一方で、隣国・シリアやアフリカからの押し寄せる難民を抱えるレバノン社会問題の深刻さに、言葉を失うような驚きを感じます。しかし他方で、12歳の少年が大人を凌駕する力強さで状況を打開していく圧倒的なエネルギーに驚き、勇気をもらうことができます。

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とはいえ、まだ12歳のゼイン少年は「大人の壁」にぶつかり涙を見せることがあります。その涙は彼が自分の心の中を隅から隅まで旅した証で、観客は彼から見た世界の広大さをそこに見出すことができるでしょう。

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『存在のない子供たち』は、7/20(土)よりシネスイッチ銀座、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

荘厳のバールベック レバノン一周

古代遺跡から緑豊かな自然まで、多様な見どころが点在しているレバノン。その魅力を余す所なく楽しんでいただく8日間です。国土が岐阜県ほどの大きさしかないため、移動距離も少なくゆったりとした日程です。

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ベイルート

レバノンの首都で、経済・政治の中心地。人口は約180万人。住民はキリスト教徒、イスラム教徒が共存しており、文化的に多様な都市の一つともなっています。1975年から15年に渡る内戦によりイスラム教徒地区の西部と、キリスト教徒地区の東部に分割されています。

旅のおわり世界のはじまり

a193df393864d400(C)2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO

ウズベキスタン

旅のおわり世界のはじまり

 

To The Ends of the Earth

監督:黒沢清
出演:前田敦子、染谷将太、柄本時生、加瀬亮、アディズ・ラジャボフ
日本公開:2019年

2019.7.10

遠い異国の地・ウズベキスタンで、一番近い「自分」の心に迷い込む

いつか舞台で歌うという夢を持つテレビ番組レポーター・葉子は、巨大な湖に潜む幻の怪魚を探すという番組制作のため、ウズベキスタンを訪れる。クルーたちは番組収録を始めるが、異国の地でのロケは思うように進まず、現場はいら立ちに満ちていく。ある日、撮影が終わって1人で町に出た葉子は、歌声に導かれて美しい装飾の施された劇場に迷い込む・・・。

本作はウズベキスタンの首都・タシケントにあるナボイ劇場の創建70周年を記念して製作されました。タシケントのほかにも、古都・サマルカンドや山岳地方など、ウズベキスタンの魅力を存分にいかした撮影がなされています。

イスタンブールと同じく「文明の十字路」と形容されるウズベキスタン。その荒涼とした大地に立つ葉子の心に様々な思いが交錯している心の動きが、言葉で言わずして、映像の力をもって伝わってきます。

私はウズベキスタンに行ったことはありませんが、成田からウズベキスタン航空の直行便も飛んでおり(約9時間)、ウズベキスタンという国は意外と「近い場所」に感じるのではないかと思ってきました。しかし、前田敦子演じる葉子にとって、ウズベキスタンは「遠い異国の地」です。

「距離感」は物理的な尺度だけではなく、心理的な要素も影響します。 葉子は、自分の未来への不安、うまくいかない現在、そして心の底にある過去のあいだを、「異国の地」でぐるぐると巡っていきます。

人は様々な思いで旅に出ますが、100%旅先に染まるということは稀です。いくらかは出発点や、家庭や、何か軸になっているものを旅先に持ち込むような形で、旅先に染まりきらない要素を何かしら旅人は持っているものです。そんな一切合切を乗り越えて新しい地平へ、旅の途中にさらに旅立つパワーを本作は感じさせてくれます。

記念すべき日本・ウズベキスタン初合作映画『旅のおわり世界のはじまり』は、6/14(金)から全国ロードショー中。詳細はホームページでご確認ください。

文明の十字路ウズベキスタン

いにしえのシルクロードの面影を残すウズベキスタン。50以上の歴史的建造物が往時の姿のままに保たれているヒヴァ、中世隊商都市ブハラ、英雄ティムールの故郷シャフリサブス、そして、中央アジア最古の都市サマルカンド。世界遺産の4都全てを巡ります。。

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タシケント(ナヴォイ劇場)

ウズベキスタンの首都で旧名シャシュ。「石の街」を意味するこの街は中国の文献で「石国」という名でも記録されています。1966年の大地震によって、街の大部分は破壊され、ソビエト時代に新しい街が形成されましたが、旧市街には古きシルクロードの面影を残す建物が残っています。

ナヴォイ劇場は1947年完成のオペラ・バレエ劇場。この劇場は、第2次世界大戦中タシケントに抑留された日本兵が建築に強制労働として参加されました。勤勉に工事に従事した日本兵のおかげで、1966年の大地震でも全く損傷がありませんでした。この地で眠った日本兵の方々の墓地も、タシケントの郊外にあります。

ホームワーク

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イラン

ホームワーク

 

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監督: アッバス・キアロスタミ
出演: テヘランの小学生たち
日本公開:1995年

2019.6.26

「なぜ宿題をしてこなかったの?」という問いから、イランの社会問題を考える

1987年、テヘランのジャヒッド・マスミ小学校。学校内の一室で、監督が次々と子どもたちや彼らの親にインタビューをしていく。親がペルシャ語を読むことができず子どもの宿題をみれないこと、1979年のイスラム革命で教育システムが変わってしまって勉強を教えようとすると混乱すること、家庭内で体罰が横行していること、宿題の量が多く子供たちの負担になっていることなどが明らかになっていく・・・

本作は以前ご紹介した『そして人生は続く』と同じく、2016年に亡くなったアッバス・キアロスタミ監督の作品で、デジタルリマスターされたソフトが発売されたことによって、観る機会が得やすくなった一作です。

イランでは映画に対する検閲があり、宗教的・政治的に問題がある作品は製作・上映が認められません。それが理由で多くの作家が活動を禁じられたり、イランを去ったりしましたが、アッバス・キアロスタミ監督は日本を含む海外での作品製作も行いつつも、ずっとイランを拠点に活動していました。

本作は、製作時にどこまで監督がそこを計算したのかはわかりませんが、検閲のギリギリラインを攻めた作品といえるかもしれません。

自身の息子がしている宿題に疑問を抱いたことがきっかけで、監督は自ら映画に出演して、「なぜ宿題をしなかったのか?」と子どもたちに尋ねていきます。ストーリーはそれだけといえばそれだけなのですが、DVDジャケット写真の右下の方を見ていただければわかる通り、質問を続ける内に泣き出してしまう子もいます。かと思えば、あっけらかんと答える子もいて、十人十色の反応を見ることができます。

宿題の内容に疑問を持つことは、教育方針を策定している政府を批判することとも捉えられる可能性があります。しかし、インタビューという手法によって、インタビュー対象者が「主体的に」言ったことが「撮れてしまった」という形で、監督の意志からいくつかクッションを挟むことによって、直接的な政府批判であると捉えられるのを避けています。国民にとって検閲はないほうが好ましいかもしれませんが、結果的には、検閲があることによってこのユニークな表現が生まれたと言われています。

チベット・ブータンの仏教学校、ラダック、バングラデシュなど、ツアー中に様々な学校に訪れる機会がありましたが、生徒たちの生活の様子が見れるだけでなく、彼らが大人になった未来を想像することができて私はとても学校訪問が好きでした。本作に出演した子どもたちも、今では現在30〜40代になっていることを思い浮かべながら観ていただくと、映画の中に流れる時間が豊かになって、本作をより楽しむことができるはずです。

エレニの帰郷

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ギリシャ

エレニの帰郷

Trilogia II: I skoni tou hronou

監督:テオ・アンゲロプロス
出演:ウィレム・デフォー、ブルーノ・ガンツ、ミシェル・ピッコリ、イレーヌ・ジャコブほか
日本公開:2008年

2019.6.19

ヨーロッパ・アメリカ・旧ソ連―離散するギリシャの「民の記憶」

1999年、ギリシャにルーツを持つアメリカの映画監督Aは、母エレニ、彼女を思い続けた男ヤコブ、そしてエレニが愛したスピロス、男女3人の映画撮影をローマで再開する。

1953年、スピロスは恋人のエレニを追い求め、タシケント(現ウズベキスタン)へやって来る。そしてギリシャ難民の町・テミルタウ(現カザフスタン)に訪れたとき、友人ヤコブと共に集会に参加していたエレニと再会する。しかしその日、折しもスターリンが亡くなる。ソ連当局に捕えられた二人は、再び引き裂かれる。エレニはスピロスとの子供を腹に宿していた。その後、エレニはシベリアの牢獄に送られるが、そこにヤコブがやってくる・・・

悠久の神々の歴史を持つギリシャ。
「文明の十字路」と呼ばれるのはトルコのイスタンブールですが、バルカン半島最南端の本土と3000を超える島々から成るギリシャはいつの時代も、波を切る船首のようであり、時に荒波に揉まれる「歴史の十字路」であると言えるかもしれません。

本作では旧ソ連諸都市・ローマ・ニューヨーク・ベルリンなど、ギリシャから離散していった人々を想起させるかのごとく、世界各地が舞台になっています。

背景となっているのは、第二次世界大戦スターリンの死、ウォーターゲート事件、ベトナム戦争、ベルリンの壁崩壊など、激動の20世紀の歴史的事件です。

湾岸戦争、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、アメリカ同時多発テロ事件、イラン・イラク戦争、東日本大震災、福島原発事故、シリア内戦など、1986年生まれの私もまた時代を揺るがす事件を背景にこれまで生きてきました。観客によって「記憶の焼き付き方」は違いますが、歴史的事件というのは過ぎ去ってしまったことであると同時に、後で振り返った時に、その記憶を共有し深め合うことで思いもよらない大きな繋がりを見出せる可能性があります。

決して明るく鑑賞できる映画ではありませんが、つらく悲しい旅路から、歴史の優大さ、人間の強さを感じさせてくれる一作です。(本作は3部作のうち2作目で、2012年に監督のテオ・アンゲロプロスは3作目を撮影中に事故で他界し、3部作は未完となっています。一作目は『エレニの旅』という作品です)