(C)Makhmalbaf Film House
苦悩のリスト
監督:ハナ・マフマルバフ
出演:アフガニスタンの人々、マフマルバフ一家
日本公開:2024年
2021年タリバン復権―ロンドンのアパートの中で「心の中のカブール」をつくる
2021年5月、アフガニスタンからアメリカ軍が撤退。アフガニスタンでは急速にタリバンが侵攻を再開し、空港は国外脱出しようとする市民でパニックに陥る。
7月には、アフガニスタンのほぼ全土を掌握したタリバンによる迫害や処刑など、生命の危機に直面したアーティストや映画関係者のための救援グループが発足。イランの巨匠モフセン・マフマルバフ監督の次女・ハナは、ロンドンのアパート内で自身もその作業に関わりながら、スマートフォンを手に取り「苦悩の経過」を記録する。
マフマルバフ一家総出で約800人のアーティスト・映画関係者リストをもとに各所への呼びかけをおこなっていくが、やがてリストから人数を絞らなければならないという苦渋の選択を迫られる⋯
以前このコラムでもご紹介した『子供の情景』という、アフガニスタン・バーミヤンの仏像破壊に対する強烈な回答作を、フィクションとドキュメンタリー混じりで監督したハナ・マフマルバフ。
本作は大半がロンドンのアパート内のスマートフォン動画素材と、パニック渦中のアフガニスタンから集積したスマートフォン動画素材から成り立っています。
ひとつひとつの尊い命を、パソコン画面の情報として、マウスのワンクリックや送信ボタンのタップという軽い動作で取り扱わないといけないという重圧に、撮影しているハナも含めたフィルムメーカーたちが対峙していく様子が記録されます。
一つ忘れてはならない大前提があります。それは本作がコロナ禍に撮られたということです。しかし、カブールの空港でパニックになっている人混みの中で誰もマスクをしていませんし、ロンドンのアパート内のマフマルバフ一家も誰もマスクをしていません。
「それどころではなかった」というのが実際のところでしょう。調べたところ、アフガニスタンでの感染者数は何万人というレベルまでは増幅しなかったようです。しかし、社会・経済情勢や物流には甚大な影響があったはずです。
ハナ・マフマルバフの描写が巧みだなと思うのは、自分の子ども・ニカが時折登場するところです。つまり、世界情勢における苛烈な事柄を題材としながらも、母として本作をものすごく個人的な映画に仕立て上げているということです。
女性・子どもが無残にも次々と亡くなっているアフガニスタン。一方、平和なロンドンで何も知らず無邪気な自分の子ども。一見するとそのようなシンプルな対比に見えますが、より深いメッセージを僕は受け取りました。
『子供の情景』でも、「大人たちがつくった世界」で子どもたちは生きていくのだという強いメッセージがこめられていました。本作でもその核心部分は変わっていないように思えます。
情報化社会においても、スマートフォン・PCに逆に「使われる」ことが無いように、家族・芸術・文化・歴史に関する物語を語り継いで「世界をつくる」営みを止めてはいけない。そんな映画監督・アーティストとしての現代的責務を、家族ぐるみで全うしていることの記録を本作で試みているように僕には思えました。実際、この映画で最もエモーショナルなシーンのひとつは、最年少・ニカによって演出されますが、「マフマルバフ一家の精神」が受け継がれた瞬間の記録にもなっています、
マフマルバフ一家にしか撮り得ないドキュメンタリー『苦悩のリスト』は、12月28日(土)より「特集上映 ヴィジョン・オブ・マフマルバフ」の1本としてシアター・イメージフォーラムほか全国順次上映。その他詳細は公式HPでご確認ください。