放浪の画家ピロスマニ
監督:ギオルギ・シェンゲラヤ
出演:アフタンジル・ワラジほか
日本公開:1978年
帝政ロシア下のジョージアを生きた、孤高の画家ニコ・ピロスマニの盛衰
ジョージアを代表する画家ニコ・ピロスマニ(1862-1918)の半生を描いた伝記映画。
幼くして両親を亡くしたピロスマニは、店の看板や壁に飾る動物画・人物画を描きながら放浪の日々を送るようになる。
人々に一目置かれるようになっていくピロスマニだったが、酒場で見初めた踊り子マルガリータへの報われない愛が、ピロスマニを孤独な生活へと追い込んでいく。
ロシア革命の前夜、一杯の酒を得るために画材をかかえて居酒屋を渡り歩く生活を送っていたピロスマニは、作品がある芸術家の眼にとまったことをきっかけに、美術界から注目されるようになるが・・・
作品について書く前に、約45年前に本作を日本で紹介した岩波ホールについてすこし書きたいと思います。
『放浪の画家ピロスマニ』は、ジョージアがソ連の構成国だった1969年に制作され、日本では9年後の1978年に、まずは『ピロスマニ』のタイトルでロシア語吹き替え版が劇場公開されました。その後の2015年、『放浪の画家ピロスマニ』と改題した上で、吹き替えではないオリジナル版(ジョージア語)のデジタル・リマスターが公開となりました。その立役者は、西遊旅行本社のすぐ近く(靖国通りを挟んだ向かい)にある、1968年創設の岩波ホールでした。その岩波ホールが、今年7月29日で閉館となるニュースが1月中旬に発表されました。
大変残念ではありますが、「旅と映画」では、1月から2月にかけて岩波ホールで行われるジョージア映画祭の関連作品を紹介したいと思います。
実在の画家・ピロスマニの絵は、美術史の中では「素朴派」とカテゴライズされています。絵の多くは動物たちや食卓を囲む人々の姿で、ピロスマニは放浪しながら出会う人々との関係性の中から紡ぐように絵を描いて、生活に関しては、飾り気のないその日暮らしを続けたといいます。
映画の序盤から中盤では、そのように全く商売っ気のないピロスマニの姿が描かれていて、文字通り「絵と共に生きる」人生を全うしている人物であったことがわかります。
映画の中盤では、ロシアの美術界から注目されるようになるのですが、革命前夜におけるピリピリとした時勢の中においては、ピロスマニの純朴な絵は「幼稚」であると受容され、茶化しの対象にまで成り下がっていく様子が描かれています。
こうしたピロスマニの悲劇には、当時のロシア帝政への風刺的な要素も含まれていますが、その風刺は現代日本に生きる私たちにとっては、「幸福とはなにか」を考える上で示唆深いと思います。
特に都市生活においてはこちらから求めなくても、華美でビビッドな視覚情報が入れ代わり立ち代わり現れるという状況に人々は晒されています。そうした環境下での暮らしというものにおいては、日々の生活を豊かさで満たしてくれる「素朴さ」という地味で気づきにくい小さな幸福は、置いてけぼりにされてしまいがちです。
絵を描くことと一杯のワインを嗜むという一握りの幸せに没入するピロスマニの姿は、ジョージアの風土・歴史とともに、日常そのものを旅として捉えるような人生との向き合い方を、観客に教えてくれます。
『放浪の画家ピロスマニ』も上映されるジョージア映画祭2022は、2022年1月29日(土)~2月25日(金)、東京/岩波ホールにて開催。以降、全国巡回予定です。詳細は公式ホームページでご確認ください。
トビリシ
クラ川に面したジョージア(グルジア)の首都。ペルシャ系、トルコ系、モンゴル系と様々な民族の侵略を受けて来た歴史を持ちます。市内を一望できる丘の上にはジョージア正教のメテヒ教会が建ち、旧市街の中にも数多くの教会やシナゴーグが建っています。