(C)Ali n’ Productions – Les Films du Nouveau Monde – Artemis Productions
モロッコ、彼女たちの朝
監督:マリヤム・トゥザニ
出演:ルブナ・アザバル、ニスリン・エラディほか
日本公開:2021年
大都市・カサブランカの片隅で、傷を癒やしあう2人のムスリマ(ムスリム女性)
臨月のお腹を抱えてモロッコの大都市・カサブランカの路地をさまようシングルマザーのサミアは、美容師の仕事も住居も失い途方に暮れていた。
めげずに必死で稼ぎ先を探すも断られ続けていたサミアに救いの手を差し伸べたのは、小さなパン屋を営む一児の母・アブラだった。
アブラは夫を事故で亡くし、幼い娘との生活を守るため、粛々と働き続けていた。パン作りが得意でおしゃれなサミアの存在は、孤独だった母子の日々に変化をもたらしはじめる・・・
もう13, 4年前のことですが、私はモロッコを縦断する旅をしたことがあります。当時はイギリスに留学中だったのですが、格安航空でロンドンから古都・マラケシュから入り、サハラ砂漠を体験したあと北上して迷宮のような王都・フェズと近隣の古都・メクネス、青の町・シャウエン、港町・タンジェからジブラルタル海峡を渡ってスペイン・アンダルシア地方に渡るという行程でした。
本作の舞台になっているカサブランカは詰め詰めの行程だったためスキップしてしまったのですが、北上するときに電車の車窓から町の様子を眺めて「大都市だな」という印象を持ったのをよく覚えています。しかし、サミアとアブラを中心に描かれる本作の世界(行動範囲)はかなり狭いです。一番距離的に遠い場所は、おそらく町外れにある長距離バスのバスターミナルではないかと思います。
SNS映えするような観光名所が数多くあるカサブランカですが、本作に登場する観光スポットはカサブランカの旧市街のみです。モロッコの観光地となるような都市にはだいたいメディナと呼ばれる迷路のような旧市街があるのですが、サミアは映画の冒頭、メディナで文字通り路頭に迷っています。
迷うサミアの姿の大部分は、かなり極端なクローズアップで映されます。つまり、移動距離だけではなく、登場人物たちが行動する空間も狭く見えるように演出されているということです。実際、ワイドショットやロングショット(遠くから撮った広いフレーミング)はほとんど無く、一番広がりを感じるショットはアブラの住居の屋上にある洗濯場だったように記憶しています。
これらの演出はすべて、モロッコにおける女性の境遇を表現するためなのでしょう。全体を通じてとても静かで穏やかな映画なのですが、小さい、狭い、限られた裁量や権利しか女性に認められない現状に対する、作り手の強いプロテストがストーリー奥底にこめられていると私は感じました。
タジンなどが一時ブームとなったモロッコ料理の、よりローカルなメニュー(クレープのようなムスンメン、パンケーキのようなルジザ)も知ることができる『モロッコ、彼女たちの朝』は、8月13日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか、全国公開中。その他詳細は公式HPをご確認ください。
カサブランカ
人口約320万人を擁する北アフリカ最大の商業都市カサブランカ。映画「カサブランカ」で一躍その名前が有名になりました。カサブランカの歴史は古く、12世紀のムワッヒド朝時代にはすでに貿易港として栄えていました。一時ポルトガルによって破壊されましたが、18世紀に再建され、スペイン商人らがこの町に住み着くようになりました。それまで町はアラビア語で「ダール・バイダ(白い家)」呼ばれていたのですが、それがスペイン語に翻訳されて「カサブランカ」と呼ばれるようになったのが町の名前の由来です。1907年のフランスによる占領後、外国人の住民が増え、ヨーロッパの影響を色濃く受けるようになりました。