夢二
監督:鈴木清順
公開:1991年
極彩色の紅葉―北陸の風土が彩る 画家・竹久夢二の迷宮的世界観
大正6年、石川県金沢。竹久夢二は悪夢に取り憑かれていた。駆け落ちを約束した恋人・彦乃とは、湖畔で落ち合う事になっていた。そこへ、隣の村で殺人事件があったという知らせを聞く。妻を寝取られた男が殺人鬼と化して、山へ逃げ込んだという。
女たちの間を行ったり、来たりする夢二。紅葉の金沢の湖はいつしか血に染まっていく・・・
「幻想的な」というキャッチフレーズがぴったりの『夢二』は、紅葉やススキがみたいとき(紅葉やススキをどのように撮ればいいのか考えを練るとき)に、私が折にふれて参考にする作品です。実在の画家・詩人の竹久夢二をモデルにした物語ですが、原作はなく、いくらかの史実をもとにして鈴木清順監督特有の映画言語が物語が展開されていきます。
物語の筋は途中何度も見失うタイプの観念的な作品ですが、紅葉の色彩の素晴らしさや、山水画のような浮遊感は唯一無二です。耳に残る不可思議さをもつサウンドトラックは、金沢とも竹久夢二とも全く関係ないけれども詩的なことで有名な香港映画『花様年華』(ウォン・カーウァイ監督)に全編に引用されました。
主なロケ地となった金沢の湯桶温泉についてですが、西遊旅行の国内ツアーの見出し写真の多くを見たときのように「日本にはこんな場所があったのか」と思わせてくれる光景の場所です(20年前の作品ですが 調べた限りでは今も景観が保全されていてそこまで変わっていないようです)。
北陸には3回行ったことがあり、毎回金沢を拠点にしましたが、一番昔ですが一番強く記憶に残っているのが、20年ほど前に真冬に金沢を旅したときのことです。東京で生まれ育った私にとって、その寒さは桁違いで、「横殴り」という言葉がぴったりの凍てつく風もかなり堪えて、完全に油断していた私は震えて観光もままなりませんでした(並んで入ったお寿司さんで生タコがとてつもなく美味しく、「タコ感」が覆されたときだけ寒さによる震えが止まったのをよく覚えています)。
テキスタイルや和紙など、北陸が誇る伝統工芸が劇中でどこまで使われているかは専門外でわからないのですが、「北陸」と聞くとまず最初に思い出すのがこの『夢二』です。ほかにも、鈴木清順監督の作品には鎌倉を中心に独特な世界観が展開される『ツィゴイネルワイゼン』(現在は立入禁止の釈迦堂切通がこの世とあの世の境目として使われています)や松田優作が出演を懇願したという『陽炎座』(琴弾橋という鮮やかな赤で飾られた欄干を持つ短い橋が 異界への入り口に化けます)もオススメなので、ぜひ『夢二』とあわせてご覧ください(大正三部作と呼ばれています)。