(C)Jafar Panahi Film Production
ある女優の不在
監督: ジャファル・パナヒ
出演: ジャファル・パナヒ、ベーナーズ・ジャファリ、マルズィエ・レザイほか
日本公開:2019年
名匠ジャファル・パナヒが添乗する、イラン北西部・村文化ツアー
イランの人気女優ベーナーズ・ジャファリのもとに、見知らぬ少女から動画メッセージが届く。その少女マルズィエは女優を目指して芸術大学に合格したが、家族の裏切りによって夢を砕かれ自殺を決意。動画は彼女が首にロープをかけ、カメラが地面に落下したところで途切れていた。ジャファリは、友人である映画監督ジャファル・パナヒが運転する車でマルズィエが住むイラン北西部の村を訪れる・・・
本作は文化人類学的ともいえるアプローチのストーリーです。筋書きは単純で、都会から来た映画人が人探しをする中で、田舎の慣習が織りなす世界に入り込んでいくというものです。
ロケ地はイラン北西部。イランの公用語であるペルシャ語はあまり通じず、トルコ語かアゼルバイジャン語のほうがよく通じるという山岳地域です。男性優位の様々な慣習がまだ残っており、女優志望の若者は変人扱いされ、役者は「芸人」と人々に揶揄されるような場所です。
車一台分しか通れない道でクラクションを鳴らしてコミュニケーションをとるシーンがあり、このシーンは西遊旅行のリピーターの皆様はおもわず「こういうこと よくある!」とニヤリとしてしまうのではないかと思います。フィクションとドキュメンタリーを巧みにミックスさせるのはイラン映画のお家芸のようなものですが、車のクラクションがモールス信号のように言語と化すというのは、おそらく実際どおりなのでしょう。
このように人々の中に息づいていて、つかもうとしても簡単につかめないものが真の伝統・歴史・文化なのだと、本作を観ると気付かされます。監督ジャファル・パナヒ自身が添乗する「映画ツアー」によって、観客は人里離れた村の時間・空間の中に、文化人類学者のように深く潜り込むことができるのです。
本作とよく似たアプローチの作品に、同じくイラン人監督のアッバス・キアロスタミ作『風が吹くまま』があるので、ぜひあわせてご覧ください。