羊飼いと風船

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チベット

羊飼いと風船

 

Balloon

監督:ペマ・ツェテン
出演:ソナム・ワンモ、ジンバ、ヤン・シクツォほか
日本公開:2021年

2021.1.6

中国・青海省に暮らすチベット系家族に、一人っ子政策が与えた影響

1990年代後期、中国・青海省。省都・西寧のはずれにある青海湖のそばで牧畜をしながら暮らすチベット系の家族がいる。祖父・若夫婦・3人の子どもたち―三世代の家族で昔ながらのつつましい生活をしていて、子どもたちは一人っ子政策施行後に無料で配布されるようになったコンドームを、用途を知らないまま風船のように膨らませてのんきに遊んでいる。

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ある日若夫婦の妻が妊娠していることがわかる。子どもを産むことによる罰金や経済的負担を懸念して子どもを堕ろそうとする妻に対し、身内の生まれ変わりかもしれないと夫は反対して・・・

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私が本作の監督 ペマ・ツェテンの世界観を知ったのは2013年に出版された『チベット文学の現在 ティメー・クンデンを探して』(勉誠出版)という短編小説集です。2011年まで西遊旅行に勤務していたときにはチベット文化圏のツアーを担当していて、文化・歴史の本は読み漁ってきたものの、文学には全くノータッチでした。この短編集におさめられた11のストーリーの世界観に初めて触れたときの感覚はとてもよく覚えていますが、チベット文化圏を訪れたときの、ある種の不可解さを納得させてくれるものでした。

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心からカルマの倫理や輪廻転生を信じている人々にチベット文化圏で触れると、いわゆる現代社会の一般的な感覚では説明がつかない現象や行動に遭遇します。

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たとえばブータンで、不注意か何かで崖っぷちに落ちてしまった(ドライバーは亡くなった)現場に居合わせたときには、人々が崖下のトラックを覗きこみ、救援を呼ぶでもなく、淡々としばらく念仏を唱えてそのまま去っていってしまいました。死や悲惨な現場を目の前にしている状況にしてはあまりにあっけらかんとしていて拍子抜けしましたが、「事故に遭ったのはなにかしら業によるものだし、死者はそのうち生まれ変わるとみんな思っている」とガイドさんから説明を聞いたのをよく覚えています。

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『チベット文学の現在 ティメー・クンデンを探して』でもこうした円環的世界観は具現化されていますが、本作『羊飼いと風船』では、「暖炉 / ライター(原始 / 文明)」「羊 / 人間(畜生界 / 人間界)」など、シンボルや存在がマトリョーシカのように入れ子構造となり映像化されています。

最も重要なシンボルは、題名にもなっている「風船」とその赤い色です。劇中で空に舞っていく赤い風船は、何を象徴しているのか?

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私には、近代化の荒波にもまれたチベット民族の精神、そして、先祖代々受け継がれてきた宗教的・経済的・ジェンダー的価値観が激変を強いられたという過去が凝縮されているように感じました。

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監督の故郷である青海省の景観も魅力の『羊飼いと風船』は1月22日(金)よりシネスイッチ銀座ほか、全国順次ロードショー。詳細は公式ホームページをご覧ください。

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青海湖

中国最大の塩水湖。 紺碧の水をたたえた湖は一周約360㎞、琵琶湖の六倍もの規模を誇り、ほとりに建つ遊牧民のテントが風情を添えています。湖畔には立派な宿泊施設が完備され、テント風の施設(張房式)や小さなホテルに泊まることができます。