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読まれなかった小説
監督:ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
出演:アイドゥン・ドウ・デミルコル、ムラト・ジェムジル、ベンヌ・ユルドゥルムラー、ハザール・エルグチュルほか
日本公開:2019年
読まれない小説の価値とは?―トルコの巨匠が描く、うまくいかないことの美点
舞台はトルコ北西部。作家志望の青年シナンは、大学を卒業してからトロイ遺跡近くの故郷・チャナカレ県チャンへ戻り、初めての小説を出版しようとする。知人を辿って出資を募ったり、地元の有名作家に議論を持ちかけたりと奔走するが、どれも空回りに終わってしまう。
シナンの父・イドリスは引退間際の教師だ。ギャンブルにおぼれている父を、シナンは疎ましく思っている。自分の小説の最も良き理解者がイドリスであるなどとは、シナンは考えもしない。
父と同じ教師になり平凡な人生を送ることに疑問を抱きながらも、シナンは教員試験を受け、現状を好転させようと葛藤しながら日々を過ごす。
作家志望の青年の心象風景を描いた本作は、物語の本筋とはさほど関係ないショットや想像上の光景が唐突にドラマ展開の中に挿入される点が特徴的です。一見、物語の理解を妨害するような描写でありながらも、映画鑑賞後に町中や身の回りを見渡してみると、ある面白みをじわじわと感じさせてくれます。それは「自分が世の中を見ている通りに、他人は世の中を見ているとは限らない」ということです。
私が西遊旅行に勤めているときに、同じツアーに複数回添乗することがしばしばありました。社歴が浅い頃は、同じツアーなのだから同じように案内すれば大丈夫だろうと心のどこかで思っていましたが、それは大きな間違いであることに追々気付かされました。
前のツアーの参加者の方にとってなんでもない場所や景色でも、別の機会にはマジカルな光景となる可能性がある。あるいは、前のツアーで好評だった場所や景色が、天候・時間などといったタイミングの兼ね合いやツアーの流れによって、添乗員やガイドさんがうまく演出しないと楽しんでもらえない可能性がある。自分がごく普通だと思っても、参加者の方は美しい・おいしい・スペシャルだと思っていることがある・・・・・・そういったことが、添乗回数を重ねる度にわかってきました。
つまり、あたり前のことではあるのですが、人の頭の中にはそれぞれ違う脳が入っていて、自分が他人の脳で考えることはできない(他人のことを考えるには、自分の脳で他人のことを考えるしかない)ということです。
本作には、3時間強という時間の中に膨大な量の哲学的会話がおさめられていますが、後味としてはまるで一枚の絵画を見たかのような印象です。トルコ・チャナカレ県の紅葉・雪・霧など美しい景観もあいまって、青年のうまくいかなさの中に隠れている前向きなパワーが、時間をかけて詩的にじっくりと浮き彫りにされていきます。
『読まれなかった小説』は、11/29(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。(2014年のカンヌ映画祭で最高賞を受賞した過去作『雪の轍』もぜひあわせてチェックしてみてください)