霧の中の風景
監督:テオ・アンゲロプロス
出演:タニア・パライオログウ、ミカリス・ゼーナほか
日本公開:1990年
生涯をバルカン半島の未来に捧げた
名匠による壮大なロードムービー
「旅」という行為の最も基本的な要素は一体何でしょうか。長回しカットを多用し、まるで神が天界から世界を見下ろしているかのような視点で映画を撮るギリシャの名匠テオ・アンゲロプロス監督は、12歳の少女と5歳の少年の旅を人生・政治・歴史など様々な事柄に対する問題提起に変身させていきます。姉弟はドイツにいる父に会いに行くと無一文でアテネ駅から電車に飛び乗り、長い旅路が始まります。時代設定は1970年代ですが、70年代でも現在でもギリシャを含むバルカン半島の政治事情は日本人にとってあまり馴染みのあるものではないでしょう。近年、バルカン諸国では経済危機に加えて難民の受け入れ問題を抱えていますが、こうした陸続きの国々の感覚は我々日本人にはなかなか掴みにくいものです。映画を通しての感覚的理解は、そうした諸問題と私たちの距離を近づけてくれるものの一つではないでしょうか。作品制作当時の時代背景を色濃く反映した悲しいストーリーではありますが、自分のルーツや安住の地を求めてひたすらさまよう本作のストーリーは、70年代のギリシャの抱えていた状況を理解するだけではなく現代グローバル社会における問題を考える上でも大切な要素を含んでおり、今でこそ人々の心に響く作品かもしれません。
無力なゆえに呆然として目の前で起こる出来事をただ傍観することしかできない姉弟ですが、旅は無情にも次の場所へ次の場所へと二人を連れてまわり、「見る」ことこそが旅であるということを教えていきます。主人公たち自身の視線と、その旅を見守る映画の視線という二重の構造によって、「見る」ことそのものについて映画は問いを立てているようにも思えます。バルカン諸国に興味のある方や、現実と非現実の狭間を行くような不思議な気持ちに浸りたい方におすすめいたします。
テッサロニキ
ガレリウス帝の凱旋門、7世紀のフレスコ画も残るアギオス・ディミトリオス教会、考古学博物館等、見所あふれるギリシャ第2の都市。