馬を放つ
監督:アクタン・アリム・クバト
出演:アクタン・アリム・クバト、ヌラリー・トゥルサンコジョフ、ザレマ・アサナリヴァ他
日本公開:2018年
誰よりもキルギスに誇りを持つ男が起こす、理由なき反抗
中央アジア・キルギスのある村。村人たちから”ケンタウロス”と呼ばれているものの、物静かで穏やかな男は、妻と息子の3人でつつましく暮らしている。
ケンタウロスには、誰にも明かせない秘密がある。彼はキルギスに古くから伝わるある伝説を信じ、夜な夜な馬を盗んでは野に放っているのだ。次第に馬泥棒の存在が村で問題になり、犯人を捕まえる為に罠が仕掛けられる・・・
国土の40%以上が高度4000m以上にあるキルギス。私はキルギスには行ったことがありませんが、天山山脈を隔てた中国・新疆ウイグル自治区のいくつかの都市に訪れたことがあります。映画の中の風景は、新疆側の天山山脈で乗馬をしたことや、バスや電車の車窓にひたすら広がる景色をずっと眺めていたことを思い出させてくれました。
本作のストーリーには、キルギスにどのような価値観が存在しているのかという説明が分かりやすく組み込まれています。中東とはまた違った形で、土着のシャーマニズムと混じって根付くイスラーム文化。そして、キルギス人としての意識を村民たちが問い合う議論の場面など。現代キルギスに生きる人々の葛藤は、日本に生きる私たちとそう遠くないものなのだという普遍性を、観客に感じさせてくれるでしょう。
加えて、はっきりと理由は説明されませんが、ソ連時代に映画館だった場所が、現在はモスクとなっているという、歴史の片鱗が見える場面があります。主人公・ケンタウロスの前職は映写技師の設定で、物語の中に登場する映画はキルギスの誇りを表現するのに一役買っています。
混在した価値観の中で何を掴みとっていくか。そうした葛藤を象徴するように、ある場面で馬がケンタウロスに砂埃を舞わせる様子を遠くから映すシーンが印象的です。一見正直すぎるともいえるケンタウロスの性格は、キルギスの人々が声を大にしてなかなか言えない気持ちが代弁されているのでしょう。
雄大な自然だけでなく、キルギスの伝統・文化の未来に対する様々な憂慮が童話のような形でこめられている『馬を放つ』は、3/17(土)より岩波ホールほかにてロードショー。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。