笑う故郷
監督:ガストン・ドゥプラット、マリアノ・コーン
出演:オスカル・マルティネス、ダディ・ブリエバ、アンドレア・フリヘリオほか
日本公開:2017年
故郷のことしか書けないノーベル賞作家の、アルゼンチン帰郷物語
アルゼンチン出身、スペイン・バルセロナ在住のノーベル賞作家・ダニエル。受賞後5年の間作品を発表せず、いまだに殺到する数々のオファーを断りながらも、故郷の田舎町・サラスへの招待にはピンときて、40年ぶりの帰郷を果たします。
「名誉市民」の称号を与えられたダニエルは旧友らに歓待されるだけではなく、嫉妬・作品への批判を受けたり、富に群がってくる者も出てきます。昔の恋人とも再会し、いつの間にかダニエルの訪問は、故郷・サラスに思いもよらぬ感情の渦を生み出します・・・
「どんな人でもかならず一冊は小説を書ける」、「事実は小説より奇なり」といった言葉がありますが、私たちが日々経験する出来事は、時に思わぬ行き先に人生を導き、それを文章や映像などで形にした際には力強い表現となることがあります。
例えば、(手前味噌で恐縮ですが)私が監督した長編映画『僕はもうすぐ十一歳になる。』も、ブータン・インド・ネパール・チベットなどで私が実際に体験したことが大きくストーリーに反映されています。
本作の劇中で、ヨーロッパにいるものの故郷・アルゼンチン以外の話を書けない主人公・ダニエルは、想像上の設定・登場人物に共感したファンから、自分の親類を物語にしてくれたことに対して礼を言われます。ダニエル自身はそんなつもりはなかったのに篤く礼を言われてしまうという、ある種滑稽なシーンですが、私はこのストーリー展開から自作の上映時に経験した出来事を思い出ました。
私の映画は死生観を描くことが多いですが、亡くなった誰かを思い出したとか、映画と全く同じような故人とのやりとりが一番の思い出だといった、ありがたい感想を観客の方から頂いたことが何度かあります。自分の書いたフィクションが現実の世界に出現したかのようで、そういう時には「映画を撮ったかいがあったな」と、この上なく嬉しい気持ちになります。
本作でノーベル賞作家・ダニエルは、はじめ鬱陶しくて無視していた読者からの言葉に迷いを見せ、自分自身を見つめ直していきます。自分の人生が他人に影響し、他人の人生もまた自分に影響を及ぼす。そうした手応えから、途切れていたように思えていた自分の人生が、アルゼンチンからスペインまでたしかに連綿と続いていたことをダニエルは実感していったのではないかと、細かな心の揺れ動きに思いを巡らせました。
見事な脚本と演技で、観客自身の人生をも何かの物語であるかのように感じさせてくれる『笑う故郷』。9月16日(土)より岩波ホールにてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。