(C)JP Film Production, 2021
君は行く先を知らない
監督:パナー・パナヒ
出演:モハマド・ハッサン・マージュニ、パンテア・パナヒハほか
日本公開:2023年
俳句・短歌のような世界観―イラン社会の葛藤をごった煮にした御伽噺
イランとトルコの国境近く。車で旅をしている4人家族と1匹の犬。大はしゃぎする幼い弟を尻目に、兄、父と母は口には出せない何かを心に抱えている。
湖の半分以上が干上がってしまっているウルミエ湖の周縁を走る車中で煮えきらない互いの思いを吐露しながら、「曖昧な目的地」へ向けて旅は進んでいく・・・
本コラムで以前にイラン映画『白い風船』『ある女優の不在』『人生タクシー』をご紹介しましたが、本作はそれら3作を監督したジャファル・パナヒ氏の息子さんの初長編作品です。ファンタジー感と皮肉が同居する本作から、最近僕が感じ続けてきたあるモヤモヤを連想しました。それは、「現代社会では比喩表現が通じにくい」ということです。
僕の比喩表現が熟練していないのもあるかもしれませんが、比喩的な映像表現を行政・企業のPRや企画に取り入れると「もうすこし直接的な表現を」ということになり、結局かなり説明的な表現に着地するということをしばしば経験してきました。
一方で場所を変えて、対話やファシリテーションについて人に教える際、「古池や蛙飛びこむ水の音」という俳句は蛙のことを話しているわけではない(その情景全体について話している)、という点から「意見の引き出し方」や「話の流れの作り方」を論じると「なるほどそう考えたことはなかった」と発見してもらえることも多く経験してきました。効率性・生産性を重視すると、対話・意見交換だけでなく普段抱く感情までもが表層的になりがちだということです。
本作では、俳句ないしは短歌のような表現が連続します。景観・地形的特色まで、画面全体をひっくるめて「映っていることを語っているわけではない」という表現が続きます。
父のジャファル・パナヒ監督をはじめとしたイランの名監督たちの影響もあるでしょうし、イランの検閲の影響もあるでしょうけれども、パナー・パナヒ監督固有のオフビートなテンポとファンタジー感で比喩表現が展開していきます。特に、「霧」の表現に注目いただきたいです。
ふつうに考えると変なシーンが多く、クラシック音楽もイランの歌謡曲も混然となっている本作は、「映っているのとは違うことを言っている」という前提に立つと物語が積乱雲のようにモクモクとふくらんでいく瞬間が訪れるのではと思います。
冒頭に言及されるウルミエ湖が半分干上がっていること、主人公たちが進む方向をずっと抜けた先にはアナトリア(小アジア)が広がっていることなども想像しながら、俳句・短歌のような世界観にぜひ浸ってみてください。
『君は行く先を知らない』は8/25(金)より新宿武蔵野館・ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次上映。そのほか詳細は公式HPをご確認ください。