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ポトフ 美食家と料理人

©2023 CURIOSA FILMS – GAUMONT – FRANCE 2 CINÉMA

フランス

ポトフ 美食家と料理人

 

La Passion de Dodin Bouffant (The Pot-au-Feu)

監督: トラン・アン・ユン
出演: ジュリエット・ビノシュ、ブノワ・マジメルほか
日本公開:2023年

2023.11.29

フランスの美食家・ドダンが感じていた「人生の愉しみ」

19世紀末、自然豊かなフランスの田舎で、美食家・ドダンは「食」を追求する生活を送っている。

©Carole-Bethuel ©2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT – FRANCE 2 CINEMA

彼の閃めくメニューを完璧に再現するのは、料理人のウージェニー。

©Carole-Bethuel ©2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT – FRANCE 2 CINEMA

ドダン・ウージェニーのタッグの評判は、ヨーロッパ各国に広まっていた。ある日、皇太子から晩餐会に招かれたドダンは、食の真髄を示すべく、一般的基準としては簡素すぎて晩餐向きではない料理・ポトフをメインに据えることに決める。

©Carole-Bethuel ©2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT – FRANCE 2 CINEMA

時を同じくして、長らく結婚はしないままパートナーシップを貫いてきた2人は、結婚することになる。しかし、もともと体調が芳しくなかったウージェニーは倒れてしまう・・・

©Carole-Bethuel ©2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT – FRANCE 2 CINEMA

本作をつくったベトナム系フランス人のトラン・アン・ユン監督とは、2017年にベトナムのダナンで行われたマスタークラスでつながりがあり、その当時から本作のことは「フランスの食に関する映画にもうすぐ着手する」と聞いていて楽しみにしていました。

トラン・アン・ユン監督からは色々なことを教わりましたが、一言でまとめると、どのように映画を生活(人生)とをイコールにするかを教わりました。それゆえに、映画人、ひいてはアーティストの生活というのは、そうではない人と違わなければいけない(違うという自覚を持つ)ということでした。

本作はまさに、料理と生活(人生)がイコールになっている状態、そしてその時間の流れをそのままとらえた一作です。

©Carole-Bethuel ©2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT – FRANCE 2 CINEMA

「5, 6年に1本しか自分は映画を作らない」「映画監督見習いのときは美術館で働いていて、毎日休み時間に絵を眺めていた」などという話も聞きましたが、鍛え抜かれた観察眼でじっくり熟成されるようにつくられた本作は、もちろんストーリーを追うという映画の慣例的な見方もさせてくれますが、いつの間にか「ただ観ているだけ」の、没入した状態になっていることに観客の多くは物語のどこかで気付かされるでしょう。

おそらく「美味しそう」「食べたい」というだけではなく、何と言えばいいかわからない(映画を観ていただくしかない)のですが、料理が人の姿や建物や自然造形のように見えてくる瞬間があると思います。その瞬間をぜひ楽しんでいただきたいです。

©Carole-Bethuel ©2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT – FRANCE 2 CINEMA

ロケ地はフランス中西部・ロワールのようですが、西遊旅行にはそのもう少し西・南の地方を歩きつつ食を楽しむツアーがあります。あわせてぜひチェックしてみてください。

『ポトフ 美食家と料理人 』は、12/15(金)Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー。そのほか詳細は公式ホームページをご確認ください。

フランス・ペリゴールの田舎道を歩く
ヴェゼール&ドルドーニュ渓谷の美しい村を訪ねて

美しい田舎が多い南西フランスの中でも「最も美しい村」と称される村々が密集するドルドーニュ渓谷やヴェゼール渓谷を訪れ、農村風景の中を歩き、美しい村や中世の古城を訪れます。ゆったりと蛇行して流れるドルドーニュ川でのカヌー体験や、隣のケルシー地方まで足を延ばし、聖地ロカマドゥールや聖地サンティアゴの道を歩いたりと盛りだくさんの旅です。

旅するローマ教皇

(C)2022 21Uno Film srl Stemal Entertainment srl

バチカン・イタリア

旅するローマ教皇

 

In viaggio

監督:ジャンフランコ・ロージ
出演:ローマ教皇フランシスコ
日本公開:2023年

2023.10.4

世界を駆け巡る、ローマ教皇の旅を追体験

ローマ教皇フランシスコは、9年間で37回旅に出て、53か国を訪問した。

カメラは2013年のイタリア・ランペドゥーサ島から2022年のマルタ共和国まで、ローマ教皇の旅に密着する中で、さまざまな人に語りかけ、対話し、世に山積する問題と向き合う教皇の人間性を映し出していく。

もしも「自分たちの町にローマ教皇がやって来る」と聞いたら、どんな心地がするでしょうか。聞くだけでご利益があるような「ありがたいお言葉」を頂戴しに行くという印象を持たれる方も多いのではと思います。

実際、立ち会うことができませんでしたが、僕の母校・上智大学にローマ教皇が来たというニュースを見たときには、「ありがたい言葉を人々が聞いた」というように映像が仕上げられているように思えました。しかし、本作の切り取り方は、それとは少し違います。

本作ではローマ教皇の姿もさることながら、「まわり」に焦点があたっています。
ブラジル、キューバ、アメリカ、チリ、フィリピン、ケニア、イスラエル、パレスチナ、メキシコ、アルメニア、UAE、マダガスカル、日本、カナダ、イラク、マルタ・・・
教皇が訪問している場所はどういう場所で、どういう問題があるのかということが、簡潔でありつつも観客の心にグサッと刺さるような形で提示されていきます。

各地での人々の様子は、もちろん喜ぶ姿も多いですが、フッテージの多くは決して明るくはない内容です。特に、中央アフリカ共和国で、少年が慣れた様子で発砲する様子は衝撃的でした。

また、「訪問」ではないですが対話先として宇宙ステーションがあったのも、教皇だからこその「旅の形」を表していました。

僕は本作を観ながら、オバマ元大統領が2016年に広島を訪問した時のことを思い出しました。広島の歴史には、映画のテーマにしたほど思い入れがあるのですが、様々な歴史が文脈が渦巻く中で、オバマがどのように振る舞い、何を言うのか。テレビにかじりつくようにして様子を見守った記憶がよみがえりました。

ローマ教皇も、「世界を背負う」という重圧をしばしば感じながら旅しているのでしょう。にこやかに振る舞いつつも、時に重々しい表情をする姿が印象的です。

世界でたった1人だけに許された旅の形に触れられる『旅するローマ教皇』は、2023年10月6日(金)よりBunkamura ル・シネマ 渋谷宮下、新宿武蔵野館ほか全国順次上映。詳細は公式HPをご確認ください。

ビー・ガン ショート・ストーリー

(C)Dangmai Films / ReallyLikeFilms

中国

Bi Gan A SHORT STORY ビー・ガン ショート・ストーリー

 

破碎太陽之心 A Short Story

監督: ビー・ガン
出演: タン・ジュオ、チェン・ヨンゾンほか
日本公開:2023年

2023.9.20

世界で最も期待されている監督の1人、中国・貴州省出身 ビー・ガンの世界観

孤独で変わり者の黒猫は、自由になりたいカカシに尋ねる。
「この世の中で、一番大切なものは?」
答えに困ったカカシは、黒猫に三人の奇人と会うように進言する。

​その三人の奇人とは、ほろ苦さと引き換えにめずらしい飴を配るロボット、愛する人を忘れるため「食すると記憶が短くなる」という麺をすする女、時間を操る魔法を使えるようになりたくて劇場に棲みついた悪魔。

観客は奇想天外な旅に導かれていく・・・

以前、本コラムでも『凱里ブルース』『ロングデイズ・ジャーニーこの夜の涯てへ』をご紹介したビー・ガン監督。今回の新作は15分の短編映画で、ワンコインで劇場公開されるという例外的な興行が行われます。世界で最も期待されている作家ゆえの、異例の興行形態に注目が集まっていますが、今回この記事では監督の出身地・貴州(中国南西部・山岳地域にある省)という場所と作品の関わりについて考えてみたいと思います。

この写真中で、線路の先の光景が貴州の都市なのかはわからないのですが、エンドクレジットには貴州、および州都の貴陽のクレジットが入っていたので、確実に本作の撮影は貴州のどこかで行われています。

ちなみに、ビー・ガンは題名に「凱里」(貴州省黔東南ミャオ族トン族自治州の都市)とはっきり入っている『凱里ブルース』だけでなく、『ロングデイズ・ジャーニーこの夜の涯てへ』でも凱里を舞台にしていて、今はわかりませんが『ロングデイズ・ジャーニーこの夜の涯てへ』の制作の時は凱里にいまだに住んでいるという記事を見たことがあります。

ほぼ同じキャストでずっと撮り続ける監督、ほぼ同じようなストーリーを形を変えて撮り続ける監督など、監督にはそれぞれクセのようなものがありますが、ビー・ガンの場合は貴州という故郷の風土と作品は切っても切り離せないのでしょう。

おとぎ話のような導入から、夢想的空間だけでなく、いたって現実的な都市空間とを行き来したり、滞留してみたり、夢想と現実のボーダーラインに片足立ちする感じで立ってみたり・・・ビー・ガン独特の「ステップ」のようなものが、映画の流れを作り出しています。それゆえに、15分という短い時間でも、異次元に旅できる作品となっているのでしょう。

『Bi Gan A SHORT STORY ビー・ガン ショート・ストーリー』は、10/27(金)よりヒューマントラストシネマ​渋谷ほか全国順次公開。そのほか詳細は公式ホームページをご確認ください。

ミャオ族・トン族の里めぐりと春の恋愛祭り姉妹飯節
山深い貴州省に暮らす人々を訪ねて

この時期にのみ行われるミャオ族伝統の恋愛祭り「姉妹飯節」を見学します。村ごとに異なる意匠を凝らした銀装を纏い、シャンシャンと銀飾りの音を響かせながら歩く様子は、思わず目を奪われる光景です。貴陽では、アジア最大級の落差がある迫力の黄果樹瀑布を見学。風光明媚な雲貴高原の豊かな自然をお楽しみください。

バーナデット ママは行方不明

(C)2019 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All rights reserved.

アメリカ・南極

バーナデット ママは行方不明

 

Where’d You Go, Bernadette

監督:リチャード・リンクレイター
出演:ケイト・ブランシェット、ビリー・クラダップほか
日本公開:2023年

2023.9.13

人はなぜ南極へ旅するのか?―頓挫中の天才建築家・バーナデットの場合

アメリカ・シアトルに暮らす専業主婦のバーナデットは、一流企業に勤める夫や親友のような関係の愛娘に囲まれ、幸せな毎日を送っているかにみえる。

© 2019 ANNAPURNA PICTURES LLC. All Rights Reserved. Wilson Webb / Annapurna Pictures

しかし彼女は極度の人間嫌いで、隣人やママ友たちと上手くつきあうことができない。かつて天才建築家として活躍しながらも20年前のある事件をきっかけに第一線から突如退いた過去を持つ彼女は、退屈な日々に息苦しさを募らせていく。

© 2019 ANNAPURNA PICTURES LLC. All Rights Reserved. Wilson Webb / Annapurna Pictures

そんなバーナデットを、南極へ向かわせた理由とは?
そして、そこで彼女は何を見出すのか?

© 2019 ANNAPURNA PICTURES LLC. All Rights Reserved. Wilson Webb / Annapurna Pictures

ついにこの「旅と映画」のキーワード欄に、「南極」と書く日が来ました(実際、撮影はグリーンランドだったようですが、南極のフッテージも劇中に含まれているので、「南極」と書かせてください)。

正直な所、「南極と北極ってどう違うの?」と聞かれても、「場所が違って、生態系が違って、あとは氷の大地だからだいたい同じじゃない?」と答えられるほどの知識しか僕にはありません。もちろん、調べたところ全くそんなことは無かった(長くなるのでここでの詳述は避けます)のですが、南極に思いを馳せる瞬間というのは、日本に暮らしているとなかなか持ちにくいです。主人公のバーナデットの暮らすシアトルについても、それは同じでしょう。

© 2019 ANNAPURNA PICTURES LLC. All Rights Reserved. Wilson Webb / Annapurna Pictures

バーナデットはなぜ南極に旅することになったのか? 詳しくは映画を観てもらえればと思うのですが、最初のきっかけは向学心あふれる娘によってもたらされます。

© 2019 ANNAPURNA PICTURES LLC. All Rights Reserved. Wilson Webb / Annapurna Pictures

しかし、「南極に行きたい!」となったときに「じゃあ行きますか」と(金銭・時間的に)言える稀有な家庭にもかかわらず、バーナデットは「どうにか行けなくならないだろうか」と様々な理由を探し始めるひねくれ者です。ひねくれているというか、過去をこじらせてしまっている女性です。

原作小説「バーナデットをさがせ!」(彩流社/マリア・センプル)も素晴らしいのだと思いますが、僕はやはり監督・脚本を務めるリチャード・リンクレイター(『ビフォア・サンライズ』『6才のボクが、大人になるまで。』等)の手腕にうならされました。

脚本づくりにおいて、「主人公が考えるベストな出来事は、最悪な出来事」というセオリーがあります。これは言い方を変えると、「理想というのは自分で思い描ける範囲の外側にあり、自分の力だけでは叶えられない」ということです。

© 2019 ANNAPURNA PICTURES LLC. All Rights Reserved. Wilson Webb / Annapurna Pictures

バーナデットの心に約20年かけて宿った、本人自身も気付いていなかった理想は、娘・夫・大嫌いなママ友・旧友・南極関連の科学者など「様々な他者たち」が、バーナデットが考えてもなかったようなプロセスで順々に浮き彫りにしていきます。

そして、グチグチネチネチしていたバーナデットが、南極という氷の大地でパッと花開く(この「パッ」の瞬間が本当に上手い・・・)というシナリオ。これはもうさすがリチャード・リンクレイター監督としか言いようがありません。

© 2019 ANNAPURNA PICTURES LLC. All Rights Reserved. Wilson Webb / Annapurna Pictures

会話劇の名手が繰り広げるやりとりに引き込まれたらいつの間にか南極に着いている『バーナデット ママは行方不明』は、2023年9月22日(金)より新宿ピカデリーほか全国順次上映。詳細は公式HPをご確認ください。

熊は、いない

(C)JP Film Production, 2021

イラン

熊は、いない

 

Khers nist

監督:ジャファル・パナヒ
出演:ジャファル・パナヒ、ナセル・ハシェミ、バヒド・モバセリほか
日本公開:2023年

2023.9.6

「張子の熊」はどこにいる?―架空と現実をあべこべにさせるイラン映画の世界観

ジャファル・パナヒ監督は、トルコで偽造パスポートを使って国外逃亡しようとしている若い男女を主人公にした映画を撮影するため、イランの国境近くの小さな村からリモートで助監督レザに指示を出す。

そんな中、イランの滞在先の村では古い掟のせいで愛し合うことが許されない恋人たちをめぐるトラブルが大事件へと発展し、パナヒ監督も巻き込まれていく。

架空のカップルと本当のカップル、2組の物語が不思議な形で絡み合い、イラン・トルコ、そしてさらにはヨーロッパの社会問題までを、限られたロケーションから浮き彫りにしていく。

イランの監督たちは「一体どうやってこの話を思いついたのだろう」「一体どうやってこの人たちに撮影交渉をしたのだろう」と、観る人に思わせるような映画を撮る名人たちが集結しています。それには映画をめぐる検閲・法律が関係しています。

専門家ではないのでトルコとイランの政治体制や、イスラーム法に関する詳述はここではしませんが、本作の冒頭で「ビールを飲む(EFESという銘柄)」というシーンがあります。これだけで「ああ、ここはイランではないな」とわかります。逆に、パナヒ監督が滞在するイランの村で出されるのは、「これは◯◯に効く」というエピソード付きの伝統的な飲食物です。

一方、パナヒ監督の滞在先のホテルは土壁で、典型的な「中東」というイメージに反しない、土埃舞うゴツゴツした岩がならぶ道を車が行きます。

こうした対比で幕を開ける本作ですが、イラン側(本当のカップル側)では「映らないもの・こと」(例えばタイトルにも入っている「熊」など)が多く、段々とそれがトルコ側(架空のカップル側)に伝染していくような構成になっています。

検閲・政治的理由でたどり着いた表現ですが、これは図らずも(あるいは図っているのかもしれません)、「映っていることが全て(映っていないことは読み取れない)」というファスト消費状態のメディア・コンテンツのあり方に対する強烈なアンチテーゼになっていると感じました。

また、映画監督はコミュニケーションが大事なのですが、イランの村で多くのアマチュアキャストに演出する上で、きっと監督は「映らないこと」まで詳しく説明したのだと思います。村のしきたりについて、村人たちが大揉めに揉める迫真の演技が収録されています。

パナヒ監督の不思議で魔法のような旅に同行して、「じゃあ自分はどう考え、どう行動を起こすか」と考えさせてくれる、普遍的な一作です。

『熊は、いない』は9/15(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次上映。そのほか詳細は公式HPをご確認ください。

イラン北西部周遊

ザグロス山脈とアララト山の山岳風景、ウルミエ湖とカスピ海が広がる肥沃な大地。
荒々しくも変化に富んだ雄大な自然を満喫する陸路の旅。

燃えあがる女性記者たち

(C)BLACK TICKET FILMS. ALL RIGHTS RESERVED

インド

燃えあがる女性記者たち

 

Writing with Fire

監督:リントゥ・トーマス、スシュミト・ゴーシュ
出演:新聞社「カバル・ラハリヤ」のメンバーたち
日本公開:2023年

2023.8.30

不可触カーストの女性によるニュースメディア「カバル・ラハリヤ」の勇姿

インド北部のウッタル・プラデーシュ州で、「不可触民」として差別を受けるダリトと呼ばれるカーストの女性たちによって設立された新聞社カバル・ラハリヤ(「ニュースの波」の意)は、紙媒体ではなく、SNSやYouTubeでの発信を中心とするデジタルメディアとして新たな挑戦を開始する。

スマートフォンを武器に、女性記者たちは、夫や家族から反対を受けつつも、粘り強く取材して独自のニュースを伝え続ける。彼女たちのチャンネルの再生回数は何千万・億単位となり、反響はどんどん大きくなっていく。

「インドにはカーストがある」という事実は、特に「言ってはいけない」ことではなく、むしろインドを旅するほとんどの旅行者は知っている周知の事実かと思います。

でも、それが一体どういうことであるかというのを、旅行者が体験・目撃することは非常に難しいと思います。なぜなら、カーストを形作る出自(ジャーティ)というのは、簡単に表出してくるものではなく、歴史・文化・習慣の中に深すぎるぐらい根を張っているからです。

その膠着状況を切り拓いていくのは、当事者であり「今」を生きる女性たち自身です。「撮影」は英語で“shooting”といいますが、まさにスマートフォンで彼女たちは自分たちの興味関心を「狙い撃ち」していきます。僕がもし取材者だったら遠慮して、まず関係性を構築してからインタビューするだろうという場面でも、彼女たちは臆せずガンガンとスマートフォンを被写体に向けて質問を投げかけていきます。

なぜ、そうできるのか? それは「待ったなし」「これ以上失うものは何もない」という状況だからなのでしょう。そして彼女たちや支持者たちの団結は、カバル・ラハリヤのメンバーをジャンムー・カシミール州のシュリーナガルやスリランカに旅させる力を生み出すに至ります。

僕は「“母なるインド”というフレーズがよく使われるけれども、なぜ母にたとえられるのかに疑問を感じる」という、何気なくにこやかに発話されつつも、強烈に現状を批判する投げかけが印象に残りました。女性記者たちがメラメラと、でも静かに燃えあがる様子から、転機や「何かが変わるとき」というのはダイナミックに訪れるというよりは、意外と何気ない小さいことから訪れるものだと感じました。

アカデミー賞にもノミネートされた『燃えあがる女性記者たち』は、2023年9月16日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次上映。詳細は公式HPをご確認ください。

汚れたミルク あるセールスマンの告発

(C) Cinemorphic, Sikhya Entertainment & ASAP Films 2014

パキスタン

汚れたミルク あるセールスマンの告発

 

Tigers

監督:ダニス・タノビッチ
出演:イムラン・ハシュミ、ダニー・ヒューストンほか
日本公開:2017年

2023.8.16

水は暮らしの生命線、ミルクは生命の源泉―優秀なパキスタン人営業マンの葛藤

1994年のパキスタンで、青年・アヤンは国産の薬品を売るセールスマンをしていたが、妻・ザイナブの勧めで大手グローバル企業の面接を受け、営業マンとなる。

数年後、友人の医師から、アヤンの勤める企業の粉ミルクを不衛生な水で溶かして飲んだ乳幼児が死亡する事件が多発していることを知らされる。強引な売り込みによって、本来は母乳で充分な母親にも医師らが粉ミルクを処方していたためだ。

責任を感じたアヤンは会社を辞め、医師らへの賄賂として使った金品の領収書などの書類をもとに、無責任で強引な販売姿勢を告発するが・・・

西遊旅行のHPをご覧になっている方、ツアーに行かれる方はやや例外的かもしれませんが、パキスタンという国はまだ日本人にとっては日頃接する情報が限られており、やや「遠い国」といえるかもしれません。

しかし、最近お台場で行われていたITの展示会で、ひときわ勢いを感じたのはパキスタンとバングラデシュのブース(おそらく国の補助もあって国ごとにまとめていらしているのだと思います)でした。映像もとても凝ったもので、日本の企業のブースよりも色使いが派手でグイグイと引き込むパワーを感じました。担当者の方は「ITエンジニアの世界で次来るのはパキスタンといわれている」とおっしゃっていました。何が言いたかったかというと、やはりパキスタンもグローバル化の強い波は今まで受けてきましたし、世界進出する勢力もあるということです。

話が変わるようですが、秘境ツアーに行く際に添乗員(おそらくかつての僕だけではないはず)が常に気にかけていることは、何だかご存知でしょうか。そう、「水」です(あとは付随して「トイレ」もです)。ちなみに、久々に本HPの「西遊旅行の『旅』のかたち」のページを見ましたが、「水道水が飲めないエリアでは、毎日ウォーターサーバーなどからお水をお配りします。プラスチックゴミの削減のため、お客様にはマイボトルをご持参いただきます」と、サステナブル・ツーリズムに関する記載があり、時代の流れを感じました。

それだけやはり「水」というのは生命線ですし、日本には配給されていない映画ですが、ボスニア内戦において「川に毒を流す」という攻撃を軸に両国の関係性や人々の姿を描いた作品を映画祭で観たことがあり、「水」は権力に関わっていたり争いの火種になることもあります。

だからこそ、「水」を切り口にした本作では、既存のパキスタンに関わる映画にはない人々の姿を見ることができます。

邦題がやや旅情そそられない感じですが、英題は”Tigers”(どんな意味合いかはぜひご覧になってみてください)で、1994年当時のパキスタンに暮らす人々の人生を追体験でき、結果的にはパキスタンという国に興味を持てる内容となっています。

ファッション・リイマジン

(C)2022 Fashion Reimagined Ltd

イギリス・ウルグアイ・ペルー・トルコ

ファッション・リイマジン

 

Fashion Reimagined

監督: ベッキー・ハトナー
出演: エイミー・パウニー ほか
日本公開:2023年

2023.8.2

英・若手デザイナー、理想を追い求めてウルグアイ、ペルー、トルコへ

2017年4月、英国ファッション協議会とVOGUE誌は、ファッションブランド「Mother of Pearl」のクリエイティブ・ディレクターを務めるエイミー・パウニーをその年の英国最優秀新人デザイナーに選出する。

環境活動家の両親を持ち、大量消費が当たり前だった当時のファッション業界に危機感を抱いていたエイミーは、新人賞の賞金10万ポンドをもとに、「Mother of Pearl」をサステナブルなブランドに変革することを決意。デビューまで18カ月というタイムリミットの中、エイミーと仲間たちはさまざまな困難に遭遇しながらも、理想の素材を求めて地球の裏側まで旅をする。

「ファッションをひとつの国に見立てると世界で3番目に二酸化炭素排出量が多い」

「ひとつの服ができるまでの過程で、だいたい少なくとも5カ国を経由し、消費者はそれを知らない」

など、わかりやすくかつインパクトある事実を提示しながら、エイミーと彼女の仲間たちの「理想」を追い求める旅は始まっていきます。

最初の目的地は、ウルグアイのモンテビデオ。ミュールシング(ウジ虫の発生を防ぐために無麻酔で子羊の臀部をナイフやハサミで切り取る処置)をしていない、かつ、信頼できる生産者を探した末にたどり着いた国です。

しかし、生産者のペドロ氏は信頼に値するものの、ウルグアイでは紡績が行われていない(かつては行っていたが大量生産国の影響によって廃業した)ことや、ロット数の問題がエイミーたちの頭を悩ませます。そして、隣国のペルーや、世界有数の綿花生産量を誇りイギリスに最も近いトルコを訪れます。

最近ではマクドナルドもポテトの生産者の笑顔をトレーに乗ってくる紙で紹介している通り、トレーサビリティ(生産地・関与社が追跡できること)やサステナビリティ(持続可能であること)は世の中の大きな関心のひとつです。

僕自身も消費者としてなるべく「本当に買いたいと思ったものを、必要なだけ買いたい」と思ったり、映画・映像制作者として「もしも映画・映像が野菜だとしたら、皮・茎・根まで全て食べてもらえるような生産・出荷・販売の仕方をしたい」と思ったりすることが最近増えてきました。

本作で描かれているエイミー・パウニーさんの旅は、そうした理想を掲げ続けることの大切さと、実際にそれを行動に移す勇気、そして「仲間」の大切さを教えてくれるものでした。特に、ウルグアイのペドロ氏が、リリースにあわせてはるばるロンドンまで旅してきた光景には感動しました。

ファッションを楽しむことと、サステイナブル(持続可能)であることの両方を叶えるための旅『ファッション・リイマジン』は、9/22(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー。そのほか詳細は公式ホームページをご確認ください。

 

アアルト

(C)FI 2020 – Euphoria Film

フィンランド

アアルト

 

Aalto

監督: ビルピ・スータリ
出演: アルバ・アアルト、アイノ・アアルト ほか
日本公開:2023年

2023.8.30

20世紀を代表するフィンランド人建築家アルバ・アアルトの人生

フィンランド出身の世界的建築家・デザイナーのアルバ・アアルトの人生と作品にスポットを当てたドキュメンタリー。

不朽の名作として愛され続ける「スツール60」、アイコン的アイテムである花器「アアルトベース」、自然との調和が見事な「ルイ・カレ邸」など、優れたデザインの家具・食器や数々の名建築を手がけたアルバ・アアルト。

同じく建築家であった妻アイノとともに物を創造していく過程とその人生の軌跡を、観客が映像ツアーに参加しているかのような独創的なスタイルで描き出す。さらに、アイノと交わした手紙の数々や、同世代の建築家、友人たちの証言を通し、アアルトの知られざる素顔を浮き彫りにしていく。

フィンランドという国のことは、「知っているようで知らない」と感じる方が少なくないはずです。デザインセンスがあるっぽい、自然が豊かっぽい、オーロラが見えるっぽい、教育・福祉が充実していそう、日本から一番近いヨーロッパ、日本人と気質が似ている、キシリトール、、、などなど。連想し得ることは様々ですが、「フィンランド人といえば」と問われたときに、20世紀を代表する建築家の一人のアルヴァ・アアルト(1898-1976)の名前を挙げる人は世界中にたくさんいるのだろうと本作を観て思いました。

と言いつつも、僕は本作がきっかけでアアルトのことを初めて知りました(「フィンランド人といえば」と問われたら映画監督のアキ・カウリスマキと答えます)が、建築だけでなく家具・ガラスなどの日用品のデザインまで手掛けたアアルトの作品は「これってアアルトのデザインだったのか」と思うものがいくつも映画の中で紹介されていました。

「丸イス」と僕が今まで呼んでいた「スツール60」は1933年(90年前!)にデザインされたものと知って驚きましたし、映画の中に出てくる建築の竣工年とデザインの先進性のギャップに目を疑いました。

アアルトの人生や建築・家具のことは映画を観ながら「ツアー」していただくとして、僕が印象に残ったナレーションやコメンタリーをいくつかご紹介します。

まず、「建築には階層(区分)があって、すべてが均一であるわけではない」というもの。
次に、「そこで可能なこと」という言い回し。
最後に、「何かを高めていなければ建築とはいえない」というもの。

ともすると忙しさや情報の洪水にさらされて表層的・一面的になってしまいがちな現代人の物事を捉え方に、「こう考えることもできる」「ああ考えることもできる」「どうすればもっと面白くなるだろうか」などと気付きがもたらされるか否かというのは、「自己責任」だったり「個人の自由」と任せられっぱなしで、結果的にその責任の重さや自由の曖昧さゆえに、盲目的に何かに従ったり強制されるという結果に陥ることが昨今は多いように感じます。

しかし、家具・建築・町に宿った多様な階調や包括的なデザイン意匠が、個々人を適度な力で「引っ張っていく」ことが今大事なのではないかと、アアルトの創作物全般が教えてくれたような気が僕はしました。

 

『アアルト』は、10/13(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、UPLINK 吉祥寺ほか全国順次ロードショー。そのほか詳細は公式ホームページをご確認ください。

 

世界のはしっこ、ちいさな教室

(C)Winds – France 2 Cinema – Daisy G. Nichols Productions LLC – Chapka – Vendome Production

バングラデシュ・ブルキナファソ・ロシア(シベリア)

世界のはしっこ、ちいさな教室

 

Etre Prof

監督:エミリー・テロン
出演:サンドリーヌ・ゾンゴ、スベトラーナ・バシレバ、タスリマ・アクテルほか
日本公開:2023年

2023.7.5

西アフリカ・シベリア・東南アジアで―女性たち三者三様の「教えと学びの旅」

ブルキナファソの首都ワガドゥグで夫と2人の娘を育てる新人教師・サンドリーヌは、6年間の任期のもと、僻地・ティオガガラ村に派遣される。50人強の児童は公用語のフランス語をほとんど理解できず、教室では5つの言語が飛び交う。

バングラデシュ北部のスナムガンジ地方。モンスーンによって村の大部分が水没した農村地帯のボートスクールに、人道支援団体から派遣されたタスリマは、女性の権利の擁護や教育の意義の啓蒙をひたむきに行う。

雪深いシベリアに暮らす遊牧民で、伝統言語・エヴァンキ語の消滅を危惧するスベトラーナ。トナカイの牧夫である両親を持つスヴェトラーナは6歳で寄宿学校に入学し、両親と一緒に伝統的な 生活を送れなかったことを悔やんできた。彼女はロシア連邦の義務教育に加え、エヴェンキ族の伝統や言語、アイデンティティを伝えるカリキュラム、魚釣りやトナカイ の捕まえ方も実地で教えている。

子どもたちに広い世界や学びの楽しさを知ってほしいという一心で教師の仕事を全うしている、3人の女性の飽くなき探求をカメラは映し出していく。

『世界の果ての通学路』という人気映画の題名を聞かれたことがある方は多いかと思いますが、本作はその製作スタッフが手掛けた作品です。英題には”Teach Me If You Can”(「私に教えられるなら、教えてみて」の意)というユーモラスな言い回しが採用されている通り、映画はほのぼのとしたタッチで進んできます。

僕自身の個人的なタイミングでいうと、子どもがこの4月から小学校に通い始めて、子どもが自分の足で通学し、帰ってきて、宿題をやっている姿が日常になったため、本作は僕にとっての「学び」「教え」の根本を問い直させてくれたように感じました。

舞台は発展途上国や僻地が中心なので、色々な意味で日本よりも「大変」な環境です。ですが、「こういう大変な思いをしながら学んでいる子どもたちや、学びたくても学べない子どもたちが世の中にはいるのだから、日本の子どもたちというのは恵まれていると思わなきゃ」というふうには感じませんでした。

映画を観ている最中ずっとぐるぐると考えを巡らせていたののは、「”学ぶ”とはどういうことなのか?」です。暗記や教科書をただこなすだけではなく、「学びたい」と思った瞬間に「学び」というのは訪れる。そう思わせてくれる瞬間が多く本作には記録されています。

もう1つは「教え」です。もちろん、「教えることによる学び」というのもありつつ、基本的には教師と親というのは教える側の人間です。しかし、「教えることできる」ということはその主体となっている人が全能的というか「全てを知っている」ということを意味しないのだと再認識しました。

むしろ、そうした「教えている」というある種の権力をうまく抑えて、「自分にも知らないことがある」という前提のもと、子どもたちと一緒に考え始めたときに、いつの間にか「教え」が手渡せている。そんな瞬間を目にしました。

『世界のはしっこ、ちいさな教室』は7/21(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次上映。そのほか詳細は公式HPをご確認ください。

黄金のベンガル バングラデシュ

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