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聖なる泉の少女

699738287f6e3395© BAFIS and Tremora 2017

ジョージア

聖なる泉の少女

 

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監督:ザザ・ハルヴァシ
出演:マリスカ・ディアサミゼ、アレコ・アバシゼほか
日本公開:2019年

2019.8.14

ジョージアにも存在する「八百万の神」を司る、美しい少女が抱える迷いとは?

舞台はジョージアの南西部、トルコと国境を接するアチャラ地方の山深い小さな村。村には人々の心身の傷を癒してきた聖なる泉があり、先祖代々、泉を守り、水による治療を司ってきた家族がいた。儀礼を行う父親は老い、3人の息子はジョージア正教(キリスト教)の神父、イスラム教の聖職者、無神論の科学教師になり、父の後を継ぐことはなかった。そして父親は一家の使命を、娘のツィナメ(ナーメ)に託そうとしていた。

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その宿命に、ナーメは思い悩む。彼女は村を訪れた青年に淡い恋心を抱き、他の娘のように自由に生きることを憧れる。一方で川の上流に水力発電所が建設され、少しずつ山の水に影響を及ぼしていた・・・

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科学が発達する前、世界はだいたい5つか4つの要素のバランスによって成り立っていると考えられていました。旅の醍醐味は、こうした「元素」が強く感じられることにあります。普段はあまり気にとめない雲の形をぼんやりと眺め、ビルに遮られていない爽やかな風をあび、祭事の火や人のあたたかみに触れ、一時として同じでない水の流れに気付き、見知らぬ地の土を踏みしめる・・・

空、風、火、水、地。本作はこの5元素を描くことに並々ならぬ力が注がれています。しかし、それは自然の美しさに対する賛美ではなく、消費主義・資本主義社会の矛盾を指摘するためです。

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旧約聖書 創世記第1章第2節「神の霊は水面を動いていた」という引用からはじまるものの、きっとジョージアには日本で言う「八百万の神」というような考え方が根付いているのだろうと私は鑑賞しながら思いました。それゆえに、「神が姿を消しつつある世界」に対するジョージアからの警鐘ともいえる本作の物語は、不思議なことに、日本人の心にこそ響きやすいものとなっています。

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『聖なる泉の少女』は、8/24(土)より岩波ホールにてロードショーほか、全国順次公開。詳細は公式ホームページをご覧ください。

 

コーカサス3ヶ国周遊

広大な自然に流れる民族往来の歴史を、コンパクトな日程で訪ねます。
複雑な歴史を歩んできた3ヶ国の見どころを凝縮。美しい高原の湖セヴァン湖やコーカサス山麓に広がる大自然もお楽しみいただきます。

民族の十字路 大コーカサス紀行

シルクロードの交差点コーカサス地方へ。見どころの多いジョージアには計8泊滞在。独特の建築や文化が残る上スヴァネティ地方や、トルコ国境に近いヴァルジアの洞窟都市も訪問。

風が吹くまま

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イラン

風が吹くまま

 

Le vent nous emportera

監督: アッバス・キアロスタミ
出演: ベーザード・ドーラニー ほか
日本公開:1999年

2019.8.7

イラン式 ケセラセラ精神―「なるようになる」と思えない都会人

テヘランから、クルド系の小さな村を訪れたテレビ・クルーたち。彼らは村独自の珍しい風習のもと執り行われる葬儀の様子を取材しに来たのだが、村を案内する少年ファザードには自分たちの目的を秘密にするよう話して聞かせる。男たちは危篤状態のファザードの祖母の様子をうかがいながら、「そろそろ死ぬか」と撮影の準備をこっそりと進める。

数日間の撮影スケジュールだったものの、数週間経っても老婆の死は訪れず、ディレクターのべーザードやスタッフたちは苛立ちを募らせる。テヘランかにいるプロデューサーから毎日のように電話がかかってくるが、村は電波が悪くて通話するためにはわざわざ車で5分かかる丘の上に出なければいけない。都会と田舎、生と死。美しい麦畑は、そんな人間が繰り広げるドタバタ劇を気に留めることもなく風にそよいでいる。

本作は以前ご紹介した『そして人生は続く』『ホームワーク』と同じく近年デジタルリマスターされた、イランの巨匠アッバス・キアロスタミ監督作品のうちの1本です(撮影場所が『そして人生は続く』と同じです)。

仕事の都合で「早く死なないかなぁ」とお婆さんの死を待つというストーリーは、死という重いテーマを扱いながらもどこかおもしろおかしく、意図的に不謹慎な演出をしているのでドリフのコントを見ているようにくすっと笑ってしまうようなシーンが多くあります。

大好きな作品で機会がある度に観ていましたが、デジタル・リマスターされたということで久しぶりに鑑賞し、西遊旅行でお祭り見学ツアーの添乗や営業・企画をしたときのことを思い出しました。

私が担当していたインドやブータンのお祭りは、直前まで日にちが決まらなかったり、占い(神学者の判断?)や暦によって急に日にちが数日ずれたりすることがあります。それはそういうものなので仕方がないのですが、ツアーに添乗したり企画する側としては「仕方ない」で済ますわけにはいきません。そんなときは必死で元の旅程と合わせるように現地で奔走したり、手配での調整を試みました。

本作でお婆ちゃんの死を今か今かと待っている撮影スタッフたちが抱える「なす術なさ」というのは、現代社会ではとても稀なものです。経済・効率が重視される都会では、あらゆることをなんとかしようとして、不便・不自由が排除されていきます。

この映画では、「どうにもならなさ」と対峙する時間の豊かさに着目しています。それゆえに本作の鑑賞体験は、自分の力ではどうにもならないことがしばしば起きる旅という時間に似ていて、都会生活から田舎に旅に出たような感覚を味わえます。イランの地方に広がる美しい景観とともに、ぜひ豊かな時間の流れに身を任せてみてください。

あなたの名前を呼べたなら

ef5481c837a9cc75© 2017 Inkpot Films Private Limited,India / © Inkpot Films

インド

あなたの名前を呼べたなら

 

Sir

監督:ロヘナ・ゲラ
出演:ティロタマ・ショーム、ヴィヴェーク・ゴーンバルほか
日本公開:2019年

2019.7.31

大都会・ムンバイの片隅で―身分を越えた孤独の共鳴

南アジア最大級の国際都市・ムンバイ。農村出身のラトナはファッションデザイナーを夢見ながら、建設会社の御曹司・アシュヴィンが住む高層マンションの一室で、住み込みメイドとして働いている。

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アシュヴィンはまもなく結婚するはずだったが、婚約者の浮気が発覚して破談となる。落ち込むアシュヴィンを気遣いながら、ラトナは彼の身の回りの世話をする。

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19歳のときに夫を亡くしたラトナは、田舎に住む妹の学費を「自分とは違う人生を歩んでほしい」という想いでムンバイから仕送りしつつ、裁縫を学びはじめようとしてアシュヴィンに伺いをたてる。

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真摯に働き夢を叶えようとするラトナの姿は、心に空白を抱えたアシュヴィンにとって力強く映り、やがてアシュヴィンはラトナに心を寄せるようになる。しかし、インドに深く根付いた階級社会の壁が2人の間に立ちはだかる・・・

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日本の20倍もの国土を持つインドという国は、決して一言で語り切ることができない複雑さに満ちています。各地に根付いた文化・風習・言語もさることながら、植民地支配の名残、階級社会、カースト制度などは、旅するだけでは到底その全体像を掴むことはできません。

しかし本作では、廊下で度々すれ違い、ギフトを贈りあい、互いを励まし、思いを伝え合うラトナとアシュヴィンの「交換」から、現地人の感覚を追体験することができます。

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ユニークな点は、ラトナがムンバイという大都会にある種の希望を見出している点です。社会格差というトピックを描くために、ともすると、田舎から出てきた主人公が都会の荒波に翻弄されるという典型的なストーリーテリングになりがちなところを、本作は「未亡人になった時点で田舎では『人生終わり』だが、都会には人生を変えられるチャンスがある」という観点で物語が紡がれています。

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そのため、物語の源泉が「希望・夢」というポジティブなところから湧いていて、ムンバイという都市も「冷たさと無関心が渦巻く大都会」というイメージではなく、「ビーチがあって開放的でスタイリッシュな都市」という旅情が掻き立てられるような見え方がするはずです。

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アシュヴィン役のヴィヴェーク・ゴーンバルが出演した『裁き』(2017年公開作品)も、インドの複雑さ・多様さを垣間見れる作品なので、併せてぜひチェックしてみてください。

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シリアスさな問題を扱いながらも優美な世界観を持つ『あなたの名前を呼べたなら』は、8/2(金)よりBunkamuraル・シネマほかにてロードショー。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

アジャンタ・エローラ 西インド世界遺産紀行

二大石窟とサンチー仏塔 インドが誇る珠玉の世界遺産巡り

ナマステ・インディア大周遊

文化と自然をたっぷり楽しむインド 15の世界遺産をめぐる少人数限定の旅

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ムンバイ

現在のムンバイは7つの島々から構成され、インドの中でも商業の中心地として発展してきました。その歴史は古く、最初に確認されている歴史は紀元前2世紀頃よりこの辺りには漁民が住んでいたと言われています。

存在のない子供たち

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レバノン

存在のない子供たち

 

Capharnaum

監督:ナディーン・ラバキ―
出演:ゼイン・アル=ラフィーア、ヨルダノス・シフェラウほか
日本公開:2019年

2019.7.17

「存在しないはずの少年」を苦しめる、レバノン社会の歪み

レバノンの法廷で、12歳の少年・ゼインが「僕を生んだ罪で両親を訴えたい」と口にする。なぜゼインはそうするに至ったのか? そう観客に疑問を抱かせながら、物語は幕を開ける。

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ゼインは両親が出生届を提出していないため、IDを持っていない。ある日、ゼインの妹が年上の男性と強制的に結婚させられたことで、日々溜まっていたゼインの怒りは爆発し、家を飛び出す。

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仕事を探しにさまようゼインは、沿岸部のある町でエチオピア移民の女性・ラヒルと出会う。ラヒルは寝食に困っているゼインを自宅に泊まらせ、ゼインはラヒルの赤ん坊を世話をして危機をしのぐ。こうして、ゼインの新しい日常が始まるが、それもそう長くは続かず・・・

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旅ををすることで得られる喜びのひとつは、「世の中にはこんな場所があるのか!」「世の中にはこんな生き方の人がいるのか!」といった、未知のものと出会う驚きにあると思います。「驚き」というのは、ワクワクするようなポジティブさをもって語られる場面が多いですが、人は圧倒的な惨状・困窮状態などを目にした時にも、言葉に詰まるような、悲しみを伴った驚きを感じます。

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本作で観客が感じる驚きは、その両方が複雑に混ざって容易には消化できないものとなるでしょう。一方で、隣国・シリアやアフリカからの押し寄せる難民を抱えるレバノン社会問題の深刻さに、言葉を失うような驚きを感じます。しかし他方で、12歳の少年が大人を凌駕する力強さで状況を打開していく圧倒的なエネルギーに驚き、勇気をもらうことができます。

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とはいえ、まだ12歳のゼイン少年は「大人の壁」にぶつかり涙を見せることがあります。その涙は彼が自分の心の中を隅から隅まで旅した証で、観客は彼から見た世界の広大さをそこに見出すことができるでしょう。

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『存在のない子供たち』は、7/20(土)よりシネスイッチ銀座、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

荘厳のバールベック レバノン一周

古代遺跡から緑豊かな自然まで、多様な見どころが点在しているレバノン。その魅力を余す所なく楽しんでいただく8日間です。国土が岐阜県ほどの大きさしかないため、移動距離も少なくゆったりとした日程です。

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ベイルート

レバノンの首都で、経済・政治の中心地。人口は約180万人。住民はキリスト教徒、イスラム教徒が共存しており、文化的に多様な都市の一つともなっています。1975年から15年に渡る内戦によりイスラム教徒地区の西部と、キリスト教徒地区の東部に分割されています。

旅のおわり世界のはじまり

a193df393864d400(C)2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO

ウズベキスタン

旅のおわり世界のはじまり

 

To The Ends of the Earth

監督:黒沢清
出演:前田敦子、染谷将太、柄本時生、加瀬亮、アディズ・ラジャボフ
日本公開:2019年

2019.7.10

遠い異国の地・ウズベキスタンで、一番近い「自分」の心に迷い込む

いつか舞台で歌うという夢を持つテレビ番組レポーター・葉子は、巨大な湖に潜む幻の怪魚を探すという番組制作のため、ウズベキスタンを訪れる。クルーたちは番組収録を始めるが、異国の地でのロケは思うように進まず、現場はいら立ちに満ちていく。ある日、撮影が終わって1人で町に出た葉子は、歌声に導かれて美しい装飾の施された劇場に迷い込む・・・。

本作はウズベキスタンの首都・タシケントにあるナボイ劇場の創建70周年を記念して製作されました。タシケントのほかにも、古都・サマルカンドや山岳地方など、ウズベキスタンの魅力を存分にいかした撮影がなされています。

イスタンブールと同じく「文明の十字路」と形容されるウズベキスタン。その荒涼とした大地に立つ葉子の心に様々な思いが交錯している心の動きが、言葉で言わずして、映像の力をもって伝わってきます。

私はウズベキスタンに行ったことはありませんが、成田からウズベキスタン航空の直行便も飛んでおり(約9時間)、ウズベキスタンという国は意外と「近い場所」に感じるのではないかと思ってきました。しかし、前田敦子演じる葉子にとって、ウズベキスタンは「遠い異国の地」です。

「距離感」は物理的な尺度だけではなく、心理的な要素も影響します。 葉子は、自分の未来への不安、うまくいかない現在、そして心の底にある過去のあいだを、「異国の地」でぐるぐると巡っていきます。

人は様々な思いで旅に出ますが、100%旅先に染まるということは稀です。いくらかは出発点や、家庭や、何か軸になっているものを旅先に持ち込むような形で、旅先に染まりきらない要素を何かしら旅人は持っているものです。そんな一切合切を乗り越えて新しい地平へ、旅の途中にさらに旅立つパワーを本作は感じさせてくれます。

記念すべき日本・ウズベキスタン初合作映画『旅のおわり世界のはじまり』は、6/14(金)から全国ロードショー中。詳細はホームページでご確認ください。

文明の十字路ウズベキスタン

いにしえのシルクロードの面影を残すウズベキスタン。50以上の歴史的建造物が往時の姿のままに保たれているヒヴァ、中世隊商都市ブハラ、英雄ティムールの故郷シャフリサブス、そして、中央アジア最古の都市サマルカンド。世界遺産の4都全てを巡ります。。

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タシケント(ナヴォイ劇場)

ウズベキスタンの首都で旧名シャシュ。「石の街」を意味するこの街は中国の文献で「石国」という名でも記録されています。1966年の大地震によって、街の大部分は破壊され、ソビエト時代に新しい街が形成されましたが、旧市街には古きシルクロードの面影を残す建物が残っています。

ナヴォイ劇場は1947年完成のオペラ・バレエ劇場。この劇場は、第2次世界大戦中タシケントに抑留された日本兵が建築に強制労働として参加されました。勤勉に工事に従事した日本兵のおかげで、1966年の大地震でも全く損傷がありませんでした。この地で眠った日本兵の方々の墓地も、タシケントの郊外にあります。

ホームワーク

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イラン

ホームワーク

 

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監督: アッバス・キアロスタミ
出演: テヘランの小学生たち
日本公開:1995年

2019.6.26

「なぜ宿題をしてこなかったの?」という問いから、イランの社会問題を考える

1987年、テヘランのジャヒッド・マスミ小学校。学校内の一室で、監督が次々と子どもたちや彼らの親にインタビューをしていく。親がペルシャ語を読むことができず子どもの宿題をみれないこと、1979年のイスラム革命で教育システムが変わってしまって勉強を教えようとすると混乱すること、家庭内で体罰が横行していること、宿題の量が多く子供たちの負担になっていることなどが明らかになっていく・・・

本作は以前ご紹介した『そして人生は続く』と同じく、2016年に亡くなったアッバス・キアロスタミ監督の作品で、デジタルリマスターされたソフトが発売されたことによって、観る機会が得やすくなった一作です。

イランでは映画に対する検閲があり、宗教的・政治的に問題がある作品は製作・上映が認められません。それが理由で多くの作家が活動を禁じられたり、イランを去ったりしましたが、アッバス・キアロスタミ監督は日本を含む海外での作品製作も行いつつも、ずっとイランを拠点に活動していました。

本作は、製作時にどこまで監督がそこを計算したのかはわかりませんが、検閲のギリギリラインを攻めた作品といえるかもしれません。

自身の息子がしている宿題に疑問を抱いたことがきっかけで、監督は自ら映画に出演して、「なぜ宿題をしなかったのか?」と子どもたちに尋ねていきます。ストーリーはそれだけといえばそれだけなのですが、DVDジャケット写真の右下の方を見ていただければわかる通り、質問を続ける内に泣き出してしまう子もいます。かと思えば、あっけらかんと答える子もいて、十人十色の反応を見ることができます。

宿題の内容に疑問を持つことは、教育方針を策定している政府を批判することとも捉えられる可能性があります。しかし、インタビューという手法によって、インタビュー対象者が「主体的に」言ったことが「撮れてしまった」という形で、監督の意志からいくつかクッションを挟むことによって、直接的な政府批判であると捉えられるのを避けています。国民にとって検閲はないほうが好ましいかもしれませんが、結果的には、検閲があることによってこのユニークな表現が生まれたと言われています。

チベット・ブータンの仏教学校、ラダック、バングラデシュなど、ツアー中に様々な学校に訪れる機会がありましたが、生徒たちの生活の様子が見れるだけでなく、彼らが大人になった未来を想像することができて私はとても学校訪問が好きでした。本作に出演した子どもたちも、今では現在30〜40代になっていることを思い浮かべながら観ていただくと、映画の中に流れる時間が豊かになって、本作をより楽しむことができるはずです。

エレニの帰郷

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ギリシャ

エレニの帰郷

Trilogia II: I skoni tou hronou

監督:テオ・アンゲロプロス
出演:ウィレム・デフォー、ブルーノ・ガンツ、ミシェル・ピッコリ、イレーヌ・ジャコブほか
日本公開:2008年

2019.6.19

ヨーロッパ・アメリカ・旧ソ連―離散するギリシャの「民の記憶」

1999年、ギリシャにルーツを持つアメリカの映画監督Aは、母エレニ、彼女を思い続けた男ヤコブ、そしてエレニが愛したスピロス、男女3人の映画撮影をローマで再開する。

1953年、スピロスは恋人のエレニを追い求め、タシケント(現ウズベキスタン)へやって来る。そしてギリシャ難民の町・テミルタウ(現カザフスタン)に訪れたとき、友人ヤコブと共に集会に参加していたエレニと再会する。しかしその日、折しもスターリンが亡くなる。ソ連当局に捕えられた二人は、再び引き裂かれる。エレニはスピロスとの子供を腹に宿していた。その後、エレニはシベリアの牢獄に送られるが、そこにヤコブがやってくる・・・

悠久の神々の歴史を持つギリシャ。
「文明の十字路」と呼ばれるのはトルコのイスタンブールですが、バルカン半島最南端の本土と3000を超える島々から成るギリシャはいつの時代も、波を切る船首のようであり、時に荒波に揉まれる「歴史の十字路」であると言えるかもしれません。

本作では旧ソ連諸都市・ローマ・ニューヨーク・ベルリンなど、ギリシャから離散していった人々を想起させるかのごとく、世界各地が舞台になっています。

背景となっているのは、第二次世界大戦スターリンの死、ウォーターゲート事件、ベトナム戦争、ベルリンの壁崩壊など、激動の20世紀の歴史的事件です。

湾岸戦争、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、アメリカ同時多発テロ事件、イラン・イラク戦争、東日本大震災、福島原発事故、シリア内戦など、1986年生まれの私もまた時代を揺るがす事件を背景にこれまで生きてきました。観客によって「記憶の焼き付き方」は違いますが、歴史的事件というのは過ぎ去ってしまったことであると同時に、後で振り返った時に、その記憶を共有し深め合うことで思いもよらない大きな繋がりを見出せる可能性があります。

決して明るく鑑賞できる映画ではありませんが、つらく悲しい旅路から、歴史の優大さ、人間の強さを感じさせてくれる一作です。(本作は3部作のうち2作目で、2012年に監督のテオ・アンゲロプロスは3作目を撮影中に事故で他界し、3部作は未完となっています。一作目は『エレニの旅』という作品です)

ローマでアモーレ

poster(C)GRAVIER PRODUCTIONS,INC. photo by Philippe Antonello

イタリア(ローマ)

ローマでアモーレ

 

To Rome with Love

監督:ウディ・アレン
出演:ロベルト・ベニーニ、ペネロペ・クルス、ジェシー・アイゼンバーグほか
日本公開:2013年

2019.6.12

名匠ウディ・アレンが描く、永遠の都・ローマの魅力

娘がイタリア人と婚約した音楽プロデューサーのジェリー(ウディ・アレン監督本人)は、妻とローマを訪れる。
田舎者のアントニオは叔父から仕事を紹介され、婚約者のミリーとローマに移り住むことになる。
小市民レオポルドは妻・子供2人で平凡に暮らしている。ある日突然、なぜかレオポルドは「有名人」としてパパラッチに追いかけられ、朝ごはんの内容から妻の服まで、何から何までメディアに聞き回られるようになる。
アメリカ人有名建築家のジョンは、30年前に暮らしていたローマのアパートに現在暮らす建築家の卵・ジャックと偶然出会う。恋人がいるジョンには、最近気になる人がいて、ジョンはジャックにちょっかいを出しはじめる。

ローマにいる様々な人々のやりとりから、古都の姿が浮かび上がっていく・・・

『マンハッタン』『アニー・ホール』などの作品で有名な名匠ウディ・アレンは、2000年代に入ってからバルセロナ・パリ・ロンドン・ローマなどヨーロッパの人気観光都市で作品を撮りました。

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世広場で交通整理をしているおじさんの案内から始まり、人気スターが競演する群像劇で物語が展開していくだけでなく、カンピドリオ広場、トレヴィの泉、ローマ・テルミニ駅、スペイン広場、ポポロ広場、コロッセウム、水道橋など、ローマの悠久の歴史が現在も脈々と受け継がれていることが映像的に表現されています。

「ローマでは、起こること全てがドラマになる」というような言葉もありますが、本作を見た後には間違いなくローマに「自分の物語」を探しに行きたくなるでしょう。歴史を押し付けがましく説明するのではなく、登場人物たちが心の中で次々とバトンタッチしていきながら、ローマという都市の過去・未来の俯瞰図を作っているかのようなストーリーテリングは、巨匠だからこそなせる業です。しかも監督は最もコミカルな(皮肉屋な)役柄を自分で演じていて、ローマという都市に対する並々ならぬ愛情が伺えます。

本作が気に入った方はぜひ『それでも恋するバルセロナ』、『ミッドナイト・イン・パリ』、『恋のロンドン狂騒曲』もご覧になってみてください。

パドマーワト 女神の誕生

poster_image(C)Viacom 18 Motion Pictures (C)Bhansali Productions

インド

パドマーワト 女神の誕生

 

Padmaavat

監督:サンジャイ・リーラ・バンサーリー
出演:ディーピカー・パードゥコーン、ランヴィール・シン、シャーヒド・カプールほか
日本公開:2019年

2019.6.5

700年の時を越え現代に甦る、伝説の王妃 ラーニー・パドミニー

13世紀末、シンガール王国(現在のスリランカ)の王女パドマーワティは、西インドの小国・メーワール王国の王ラタン・シンと恋に落ち、メーワール王国の妃となる。

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その頃、北インドでは叔父を暗殺した若き武将アラーウッディーン・ハルジーがイスラム教国の王(スルタン)となり、その影響力を広げていた。絶世の美女パドマーワティの噂を聞きつけたアラーウッディーン・ハルジーは、メーワール王国に兵を送るが、ラタン・シンの抵抗によって彼女の姿を見ることさえ許されなかった。

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どうしてもパドマーワティを自分のものにしたいアラーウッディーン・ハルジーは、ラタン・シンを拉致して、城にパドマーワティをおびき寄せようと画策する・・・

インド映画史上最高額の製作費がかけられた本作は、本当に13世紀当時にいるかのような気分に観客を浸らせてくれます。たとえば衣装は、限られた歴史資料を研究しつくした一流デザイナーが、想像力によって形作っていったそうです。さらに、衣装を飾る宝石はイミテーションではなくすべて本物とのことで、「現代の叡智と歴史のハイブリッド」が力強いイメージの数々を生み出しています。

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物語の舞台はインド北西部のラジャスタンで、実際にラジャスタン州の州都・ジャイプールにあるジャイガル城(世界遺産アンベール城をさらに上ったところにあります)でもロケが行われました。

衣装だけでなく、細部への徹底的なこだわりによって時間を越えた旅を観客にさせてくれる本作ですが、「歴史描写が誤っている」として、監督やパドマーワティを演じたディーピカー・パードゥコーンが保守的な勢力から脅迫されたり、撮影が妨害されたり、公開が度々延期になったりと、インド国内で様々な騒動が起きました。

その原因となった描写に関しては、物語の結末に触れることにここでは言及しないことにしますが、荘厳で圧倒的な「美」の描写は、世界遺産級と言っても過言ではないでしょう。

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インド映画界の力が総結集された『パドマーワト 女神の誕生』は、6月7日(金)より新宿ピカデリーにてロードショーほか、全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

 

プシュカル・メーラと色彩のラジャスタン

インド北西部に位置するラジャスタン州。数ある年中行事の中でも最も賑やかなプシュカル・メーラとラクダ市を見学します。地元の方と一緒に、熱気あふれるお祭りをお楽しみください。

猫が教えてくれたこと

6d5bc78ce070cb0a(C)2016 Nine Cats LLC

トルコ

猫が教えてくれたこと

 

Kedi

監督:ジェイダ・トルン
出演:イスタンブールの猫たち
日本公開:2017年

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ネコは全てお見通し―ネコ目線で描く
大都市・イスタンブールの人間模様

ヨーロッパとアジアの文化をつなぐトルコ・イスタンブール。「文明の十字路」とも呼ばれるこの街で暮らす野良猫たちは、食料をもらったり寝床を与えてもらうかわりに、人々に生きる希望や癒やしを与え、自由気ままに暮らしている。映画クルーは猫目線のカメラアングルを多用して、猫たちを追いかけながら、イスタンブールに暮らす人々の気持ちと都市の輪郭を明らかにしていく・・・

ペットを飼っている方なら当たり前のことかもしれませんが、人間は動物を飼育するだけでなく、人生において大切なことを教わることがあります。
「落ち込んでいる時、猫に元気をもらった」
「この猫がいなかったら、自分はどうなっていたことか・・・」
というようなコメントが、本作にも多く出てきます。

本作に収められているコメントで特にユニークなのは、「神の意志」が反映された動物として、猫を見ている人がイスタンブールをには多いことです。たしかに、古代エジプトではバステト神と呼ばれる猫の女神がいましたし、日本にも猫を祀っている神社がいくらかあります。

なぜ神として祀られるのか?
そうした「神性」のヒントとなるような猫の行動が、本作ではとらえられています。

人間の気持ちをわかっているような行動、距離のとり方、そして時には空洞となって人間の気持ちを受け止める包容力・・・
猫を愛する人がいつの時代も止まない理由が、本作をみるとわかります。

私は一度イスタンブールを訪れたことがありますが、やはり町中で猫の写真を多く撮ったのをよく覚えています。猫目線で切り取られたイスタンブールということで、現地に行ったことがある方も、新鮮な旅情を掻き立てられるような景観が映画の中に広がっています。

アメリカでは1館の公開からスタートして130館まで拡大し、異例のヒットを記録した本作は、気軽に鑑賞できつつ、思いがけない切り口で深い感動を与えてくれる一作です。

古都イスタンブール滞在

古都イスタンブールに4連泊。
ビザンツからオスマンまで、帝国の興亡を見つめてきたこの街に滞在し、 刻まれた歴史の中を歩く。

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イスタンブール

ボスポラス海峡を隔て、アジアとヨーロッパにまたがるトルコ最大の都市。首都はアンカラに遷都されましたが、現在でもトルコの文化、商業の中心です。主な見所はヨーロッパ側にあり、金角湾を挟み新市街と旧市街に分かれます。