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田園に死す

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日本

田園に死す

 

監督:寺山修司
出演: 高野浩幸、八千草薫ほか
公開年:1974年

2020.5.20

現代人の心に”畏怖”の感情はあるか?―青森・恐山の奇怪な景観

青森県の北端、下北半島・恐山のふもとの寒村。父に早く死なれた少年は、母一人子一人で犬を飼って暮している。隣の家に嫁にきた女が少年の憧れの人だ。隣は地主で、姑がすべてを支配しており、女の夫は押花収集狂の非力な中年男。少年の唯一の愉しみは恐山の霊媒に逢いに行き、死んだ父を口寄せしてもらうことだった。ある日、村に謎のサーカス団がやって来て・・・

“見たことがないような光景”というのは、なにも海外だけではなく国内にも数多くあります。コロナ禍による様々な制限で行きたい国に思うように行けない状況が長引くことが予想されます。これは、国内の知られざる魅力に目を向ける機会かもしれません。

いままで完全に国内ロケーションの作品は本コラムで紹介していませんでしたが、これを機に何回かにわけて、別世界・異世界をみせてくれる国内の映画をご紹介できればと思います。

まず第一回目は没後35年以上経ちつつもいまだに存在感を増し続ける歌人・劇作家 寺山修司が、故郷・青森で撮影をした『田園に死す』です。

カラー映画を形容する言葉として「総天然色」という言葉があります(1951年に日本国内初のカラー映画『カルメン故郷に帰る』など)が、『田園に死す』を形容するにはマンダラなどを表すのによくつかわれる「極彩色」という言葉がぴったりです。「総極彩色」な世界観の映画といえると思います。

特に物語のキーロケーションとなる恐山は、もともと天台宗の霊山として知られ、硫黄泉によって焼けた岩肌がつくりだす景観が幻想的ですが、物語が絡むとそれらは異様さに変身していきます。そこへさらに奇妙なサーカス集団が集まってくるということで、日本とは思えない謎めいたシーンが連続します。本作を初めて私が観たのは高校生のときでしたが、正直なところ怖くなってしまい、数夜夢にも謎のサーカス団のような誰かが出てきた記憶があります。

現代社会からは「怖い」という感覚や、足を踏み入れるのが怖いような空間や道というのはどんどん排除されていく流れにないでしょうか。そうなっていくと、長らく日本人の精神や連帯をささえてきた寺社仏閣や聖堂などの「神性さ」というのは、目まぐるしいスピードで従来とは違ったものに変容していくことになるでしょう。

このように『田園に死す』は1970年代に制作されながらも、時代を先取りした感性で現代人の人間の尊厳について考えさせてくれるオススメの1本です。

 

道南と青森の大自然をめぐる旅

千歳から函館の道南エリアの中々訪れることができない山々、支笏湖、洞爺湖、絶景の室蘭の地球岬などを同時にめぐります。樽前山、有珠山、駒ヶ岳、函館山は登頂やハイキングで楽しみますが2時間から4時間前後で比較的歩きやすいルートになります。これから山を楽しみたい方、しっかり歩きたい方にも楽しんでいただけるコースです。

黒衣の刺客

poster2(C)2015光點影業股イ分有限公司 銀都機構有限公司 中影國際股イ分有限公司

中国

黒衣の刺客

 

聶影娘 The Assassin

監督: ホウ・シャオシェン
出演: スー・チー、妻夫木聡ほか
日本公開:2015年

2020.5.13

山水画のような、唐時代・中国の世界観

舞台は唐の時代の中国。誘拐された隱娘が13年の時を経て、両親のもとに戻ってくる。しかし、ようやく帰ってきた隱娘は、道姑(女性の道士)によって暗殺者に育て上げられていた。

隱娘の標的は、かつて彼女の許嫁でもあった暴君・田委安。冷酷無比であるべき暗殺者・隱娘の心には迷いがあり、なかなか暗殺は遂行されない。任務中に窮地に追い込まれる隱娘だったが、難破した遣唐使船の日本青年に助けられる・・・

台湾の巨匠・侯孝賢が監督して国際的にも大きな評価を受けた『黒衣の刺客』は、山水画のような景観で観光客も多く訪れる湖北省の神農架・武当山・恩施などでロケが行われました。まさに「仙境」と呼ぶのにふさわしい、仙人がいまにも出てきそうな景観がいまでも残っています。

メインのロケ地となった武当山は道教武当派と中国武術の武当拳の発祥地として知られていて、寺院を含めた建築郡は1994年に世界遺産に登録されています。

また、真言宗の本山である京都の大覚寺や、天台宗三大道場の一つである姫路の書寫山圓教寺でもロケがされていて、中国・日本を股にかけた重厚な歴史を、静かで緊張感ある映画の流れの中で感じることができます。

唐の世界にタイムスリップできる『黒衣の刺客』。湖北省のアクセス拠点となる場所は武漢のため、2020年5月現在では訪れることが難しいですが、いつの日かまた武漢や周辺に旅ができるようになったときのために、ぜひご覧いただきたい一作です。

中国が誇る5つの絶景を巡る旅

中国には数多くの絶景が存在します。コバルトブルーの美しい石灰棚「黄龍」と、映画アバターの舞台ともなった「武陵源」、虹色に輝く「張掖丹霞地貌・七彩山」などの定番に加え、近年脚光を浴び始める中国版“The WAVE”と称される「龍洲丹霞」など、いずれも一度は見てみたい景勝地です。。

軽蔑

deeb68c23e91de71(C)1963-STUDIOCANAL IMAGE/COMPAGNIA CINEMATOGRAFICA CHAMPION, S.P.A.(ROME) ALL RIGHTS RESERVED.

イタリア(カプリ島)

軽蔑

 

Le Mepris

監督: ジャン・リュック・ゴダール
出演:ブリジット・バルドー、ミシェル・ピコリほか
日本公開:1964年

2020.4.29

青の洞窟で有名なカプリ島で―南イタリアの光が照らす恋愛悲劇

脚本家のポールは映画プロデューサーのプロコシュから、オーストリアの巨匠であるフリッツ・ラングが監督する大作映画『オデュッセイア』の脚本の手直しを依頼される。

ある日ローマにある国立撮影所・チネチッタを、ポールは妻で女優のカミーユとともに訪れていた。用事を済ませると、ポールとカミーユはプロコシュから自宅へ招かれる。カミーユとプロコシュは先にスポーツカーで向かい、ポールは後から到着する。すると、カミーユの態度はなぜか豹変しており、彼に対して軽蔑のまなざしを向ける。

後日、ポールとカミーユは映画のロケのため、2人の関係をめぐる悲劇の幕開けとも知らずに、カプリ島にあるプロコシュの別荘を訪れる。

本作は、いまだなお斬新な作品をつくり続けているフランスの巨匠 ジャン・リュック・ゴダールのキャリアの中でも最も有名な作品の一つです。ブリジット・バルドーなど、豪華出演陣や耽美的な世界観も見どころですが、「旅」という意味では断崖絶壁が連なるカプリ島・ナポリ湾の絶景と、その大自然の中に堂々と建つ現代建築 ヴィラ・マラパルテの存在感が必見です。

私は学生時代に、シチリアのパレルモからカターニャに行く途中で、わざわざ迂回してフェリーに乗ってナポリ行き、この建築を見に行くためだけにカプリ島を訪れたことがあります(一応青の洞窟にも行きましたが)。そして、「南イタリアを歩く」のコースの一つでもあるカプリ島・東海岸トレイルを歩きました。

ヴィラ・マラパルテは私有地のため、遠くからしか眺めることができませんでしたが、素晴らしい建築でした。機能としては別荘なのですが、階段があって屋上にのぼれて、舞台であるかのような構造になっています。まるで、まわりの岩山が意志を持って伸びてきて、人間のために舞台を作っているかのような建築です。

そこで往年のスターであるブリジット・バルドーとミシェル・ピコリの悲しい恋愛劇が展開されるわけですが、建築や衣装の色彩と南イタリアの光がそのドラマを盛り立てます。『軽蔑』というタイトルのイメージとは裏腹に、ついロケ地を巡礼したくなってしまうような一作です。

南イタリアを歩く

地中海沿岸部が最も過ごしやすい、初夏の季節限定企画。ティレニア海に浮かぶ美しきエオリエ諸島やシチリア島、カプリ島、アマルフィなど、南イタリアの自然を歩いて楽しみます。また、洞窟住居で知られるマテーラや、アルベロベッロの美しき村々も巡ります。。

凱里ブルース

934b4b780ef53508(C) Blackfin(Beijing)Culture & MediaCo.,Ltd – Heaven Pictures(Beijing)The Movie Co., – LtdEdward DING – BI Gan / ReallyLikeFilms

中国

凱里ブルース

 

路邊野餐 Kaili Blues

監督: ビー・ガン
出演: チェン・ヨンゾン、ヅァオ・ダクィン、ルナ・クォックほか
日本公開:2020年

2020.4.22

記憶の里・凱里で、時間の洞窟に迷い込む

中国・貴州省の凱里にある霧に包まれた小さな診療所に勤務し、幽霊のように毎日を送るシェン。刑期を終えて、凱里に帰った時には妻はすでにこの世になく、かわいがっていた甥も何者かによって連れ去られてしまった。

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シェンは甥と同じ診療所で働く年老いた女医のかつての恋人を捜す旅に出る。その途上で立ち寄ったダンマイという名の村は、過去の記憶、現実、そして夢が混在する不思議な村だった。

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中国で最も注目されているビー・ガン監督の長編第二作目『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』を以前ご紹介しましたが、今回ご紹介するのはデビュー作の『凱里ブルース』です。

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『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』は3D映像で舞台となっている凱里の町をバーチャルに体験できるようなストーリーが特徴でしたが『凱里ブルース』は全く違う方法で(予算額のゼロが何個も違うにもかかわらず)、町の温度・湿度・景観・歴史・記憶などを全部ひっくるめて体験できるような、立体的なストーリーを実現しています。

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40分の長回し(カットを切らない)のあいだ、登場人物は町から町へバイクで移動し、高低差のある町をぐるっと一周していきます。物語はふつうの論理ではなく、登場人物たちと彼らを追うカメラの運動に導かれて集まってくる町の過去・現在・未来によって紡がれていきます。

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過去からの亡霊、今この時間の歪み、未来からの使者・・・・・・『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』の紹介記事でも同じようなことを書きましたが、きっとこの映画を観た後で町を歩くと、全く違った形で目の前にある光景を感じることができるようになるでしょう。これは見知った町を眺めるときに限りません。旅で見知らぬ町を訪れ、この映画のワンシーンを思い出すことがあるならば、物・事・人との接するときの感覚がより鋭くなるひと時を過ごせるはずです。

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神秘的でありながらも間違いなく現実世界で撮られた『凱里ブルース』は、6/6(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中。そのほか詳細は公式ホームページをご確認ください。

ミャオ族・トン族の里めぐりと春の恋愛祭り姉妹飯節
山深い貴州省に暮らす人々を訪ねて

凱里にも宿泊し、この時期にのみ行われるミャオ族伝統の恋愛祭り「姉妹飯節」を見学します。村ごとに異なる意匠を凝らした銀装を纏い、シャンシャンと銀飾りの音を響かせながら歩く様子は、思わず目を奪われる光景です。

タゴール・ソングス

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バングラデシュ・インド

タゴール・ソングス

Tagore Songs

監督:佐々木美佳
出演:オミテーシュ・ショルカール、プリタ・チャタルジー、オノンナ・ボッタチャルジー、ナイーム・イスラム・ノヨンほか
日本公開:2020年

2020.4.1

心に秘めた“黄金”を すすんで分け与える ― ベンガルの人々の素顔

イギリス植民地時代のインドを生きた詩聖・タゴールは、詩だけでなく2000曲以上の歌を作った。それらはタゴール・ソングと総称され、今でもベンガルの人々に愛されている。

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カメラはインド・西ベンガル州のコルカタ、バングラデシュ、日本を行き来し、人々の心の中で受け継がれているタゴール・ソングの世界へと入り込んでいく・・・

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タゴールは1861年、インドのコルカタにある裕福な家庭のもとに生まれ、8歳から詩作を始め、文学・音楽・教育・思想・農村改革といった様々な分野で後世に“ギフト”を残しました。

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1913年にアジア初のノーベル賞を授与された詩集『ギーターンジャリ』はその代表格ですが、本作ではタゴール・ソングという“ギフト”がどのように人々に分かち合われているかに焦点をあてています。

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1947年、以前ご紹介した『英国総督 最後の家』でも描かれているとおり、ヒンディー国家であるインドから東西パキスタンがイスラム国家として分離独立しました。さらに1971年、東パキスタンはバングラデシュ(「ベンガル人の国」の意)として、分離独立しました。

劇中ではインド・バングラデシュの両国でタゴールの歌が国歌として用いられていることが紹介されていますが、タゴール・ソングが持つ国境・時代を越える「自由さ」は、映像でこそ実感できます。

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タゴール・ソングのテーマはベンガルの自然・祈り・愛・感情・習俗など多岐にわたりますが、「自由」は本作のサブテーマとなっていて、政治運動の様子や女性の自由について問題提起がなされています。

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登場人物のうちの一人、近代化するダッカで生きるオノンナは、タゴールの自由さに憧れ、不確かさを抱えながらも強く生きていく覚悟を両親に語りますが、保守的な両親は許さず言い合いとなる様子が描かれています。タゴールは存命中からすでに国境を越える存在で1916年には来日して講演をしていましたが、オノンナは「タゴールが訪れた地に行ってみたい」と、日本に訪れることになります。

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そうしたストーリー展開の中で映し出される人々の素顔は、本作の最大の魅力です。素顔という言葉には「奥に隠れている」というような意味合いがありますが、タゴール・ソングスを口ずさむ人々の顔には、ほぼ自動的といってもいいほどに素顔がスッと現れてきます。

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私は西遊旅行に勤務していたときバングラデシュを訪れたことがありますが、人々の人懐っこさに驚きました。単純に外国人観光客が珍しいからかと思っていましたが、本作を観終わった後には違う可能性が思い当たります。それは、タゴール・ソングがベンガルの地に浸透していることが、ベンガル人の精神的豊かさにつながっているということです。それほど、本作で映し出されている人々の声や表情は豊かです。

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時空を越えて今なお生き続けるタゴールの姿に触れられる『タゴール・ソングス』は、「仮設の映画館」で2020年5月16日(土)10:00-2020年6月12日(金)24:00まで上映後、ポレポレ東中野ほか全国順次ロードショー。詳細は公式サイトからご確認ください。

黄金のベンガル バングラデシュ

豊かな北部と世界最大のマングローブ、美しい月夜のシュンドルボンの森へ。

バングラデシュを撮る

写真撮影に徹底的にこだわった特別企画 通常ツアーで訪れないような厳選の撮影スポットへ。

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ベンガル

バングラデシュへの旅は、たくさんの人々との出会いも大きな魅力のひとつです。畑で働く人々、漁をする人々、雑踏のなか力一杯リキシャのペダルを踏む人や、エネルギッシュに逞しく生きるベンガルの人々はとても人懐っこく、たくさんの笑顔で迎えてくれます。

ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ

b5969753e0189d32(C)2018 Dangmai Films Co., LTD – Zhejiang Huace Film & TV Co., LTD / ReallyLikeFilms LCC.

中国

ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ

 

地球最后的夜晩 Long Day’s Journey Into Night

監督: ビー・ガン
出演: タン・ウェイ、ホアン・ジエ ほか
日本公開:2020年

2020.3.11

「こちら」から「あちら こちら」へ ― 夢の奥底から湧き起こる 虹のような記憶

父の死をきっかけに、何年も距離を置いていた故郷の中国貴州省・凱里(かいり)に戻ったルオは、町をさまよう内に幼なじみだった「白猫」の死を思い起こす。

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そして、彼の心の中にずっと残っていた「運命の女」のイメージが度々立ち現れる。香港の有名女優と同じワン・チーウェンと名乗った彼女の面影を追って、現実・記憶・夢が幾層にもかさなりあっているかのような、ミステリアスな旅にルオはいざなわれる。

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中国で最も注目されている若手監督の長編第2作、3Dの約60分長回し1カット、1日で約41億円の興行収入、アメリカで31週のロングランなどなど、グローバル映画市場において特筆すべき点が多い本作。「旅」という観点でも、多くを語ることができます。

まずは舞台となっている凱里の町を、バーチャルに体験できるようなルオの行動が「旅」そのものです。

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新旧かかわらず、多くの映画は登場人物の心情描写・カメラワークなどで観客に物語を伝えようと試みます。しかし本作は、町の高低差、石造りの家の色や質感、路地を歩く足音など、景観や映画内にこめられた町の空気そのものを物語にしています。

本作を観終わって映画館の外に出て、映画館に入る前とは違った世界に感じるとすれば、それは映画の世界を「旅」していた何よりの証しです(そしてかなり高い確率で、そうなるはずです)。

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故郷へ戻る旅、自分の記憶の奥底に潜っていく旅、夢という「夜(世)」の果てを目指す旅・・・・・・主人公・ルオの脳の奥底から外に向かって虹がかかっているかのような、暗い夜を鮮やかに駆け巡る旅路を描いた『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』は、2/28(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿ピカデリーほか全国順次公開中。そのほか詳細は公式ホームページをご確認ください(ビーガン・監督の長編第1作目の『凱里ブルース』も4/18(土)より全国順次公開予定、また次回以降にご紹介します)

ミャオ族・トン族の里めぐりと春の恋愛祭り姉妹飯節
山深い貴州省に暮らす人々を訪ねて

凱里にも宿泊し、この時期にのみ行われるミャオ族伝統の恋愛祭り「姉妹飯節」を見学します。村ごとに異なる意匠を凝らした銀装を纏い、シャンシャンと銀飾りの音を響かせながら歩く様子は、思わず目を奪われる光景です。

ソン・ランの響き

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ベトナム

ソン・ランの響き

 

Song Lang

監督:レオン・レ
出演:リエン・ビン・ファット、アイザック、スアン・ヒエップほか
日本公開:2020年

2020.2.5

今この瞬間の響きに耳をすます―ベトナム伝統楽器がつなぐ 2人の男の運命

1980年代のサイゴン(現ホーチミン)。借金の取り立て屋ユンは、ベトナムの伝統歌舞劇・カイルオンの花形役者リン・フンと偶然の出会いを果たす。

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はじめは互いに心を閉ざしていた2人だったが、ユンに助けられたリン・フンがそのまま彼の家に泊まることになり、だんだんと心を通わせていく。

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ユンは、カイルオンに欠かせない民族楽器ソン・ランの奏者をかつて志していて、今でもソン・ランを大事に持っていた。ソン・ランの響きは、2人の心を急速に通わせ合う。

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自分を「サーカスの象」と言い表すリン・フンと、強く生きながらも絶え間ない孤独を抱えてすごしてきたユンは、共鳴し惹かれ合うが・・・

ベトナムの民族楽器 ソン・ランは、直径約 7 センチの中空の木の胴と、弾性のある曲がった金属部品、その先に取り付けられた木の玉から成る打楽器です。三味線そっくりのソン・ランの響きはカイルオンの中核を担う存在ですが、本作は要所要所で80年代の風景にのせてソン・ランが奏でられます。その背景には、監督や製作陣のカイルオンに対する愛情があります。

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世界のどこでも同じようなことが起きていますが、伝統音楽や歌劇は若い世代に根付きにくく消え去りつつあり、カイルオンも例外ではないそうです。本作では「二人(ソン)」「男(ラン)」という楽器の名前自体の由来をいかし、現代的なボーイ・ミーツ・ボーイの物語を、歯止めが利かない運命のダイナミズムの中で描いています。

文化の発展や保全にとってアウトサイダーの視点はとても重要ですが、ソン・ランの音は三味線に本当にそっくりで、日本人の観客の持つ印象こそ、製作スタッフにとって深く“響く”ものになるかもしれません(東京国際映画祭で主演のリエン・ビン・ファットは新人俳優賞を獲得しました)。

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2人の男性の悲劇的ながらも美しい関係性を描いた『ソン・ランの響き』は、2/22(土)より新宿K’s Cinemaほか全国順次ロードショー。詳細は公式ホームページをご覧ください。

ベトナムを撮る

ホイアンの旧市街と南部の活気ある海岸沿いの街をめぐる

巡礼の約束

2f7d5a21fcf9e1d6(C)GARUDA FILM

チベット

巡礼の約束

阿拉姜色 Ala Changso

監督:ソンタルジャ
出演:ヨンジョンジャ、ニマソンソン、スィチョクジャ
配給:ムヴィオラ
日本公開:2020年

2020.1.29

「縁起」の流れの上に漂う、チベット人家族の運命

山あいの村で暮らす女性・ウォマは、ある夢を見た朝に必死に火をおこして供養をする。ウォマの姿を見た夫のロルジェは、なぜそんなに必死なのか解せず、呆然とその様子を見守る。

病院で医師からあることを告げられたウォマは、ロルジェに「五体投地でラサへ巡礼に行きたい」と、決心を伝える。はじめロルジェは反対していたものの、やがてウォマの固い決意知り、受け入れる。

メイン

野を越え、山を越え、果敢にも巡礼の道を歩みだしたウォマだったが、途中で倒れてしまう。彼女の巡礼にかける想いは、一人だけのものにとどまらず、まわりの人々や過去・未来という時間の流れをも巻き込んでいく・・・

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チベットの人々にとって、ポタラ宮・ジョカン(大昭寺)や、ガンデン寺・セラ寺・デプン寺などチベット仏教ゲルク派の聖地が集まるラサへの巡礼は、一生に一度は成し遂げたい夢だといいます。

ラサには西遊旅行勤務時に2回添乗でご一緒させてもらいました。特にジョカンでは、小さな堂内に響く祈りの声や、外のカラッと乾燥した気候と熱気あふれる堂内との温度・湿度差から、巡礼者の敬虔さに触れられたような気がして、ご本尊の黄金の釈迦牟尼像がより輝いて見えました。

映画の中で、敬虔なウォマや家族たちが「運命」という言葉をよく口にします。チベット語はわかりませんが、チベットでいう「運命」というのは、たとえば恋愛ドラマで使われたりする場合とは全く異なり、「縁(縁起)」という強い意味合いが含まれていることは知っています。サブ1

登場人物たちが苦難に直面し「こういう運命なんだ」と口にする場面は、一見悲観的で、諦めているかのように感じるかもしれません。ぜひ鑑賞される際は字幕とあわせて、言葉そのものの響きによく耳を傾けてみてください。おそらく、どんな時でも共にいてくれる仏さまへの感謝の気持ちが含まれていることを感じ取れるはずです。

これは仏教圏である日本人だからわかるのではなく、宗教を問わずわかる、いわば映画の普遍性があらわれているポイントです。ただ、そういう含みをもったふうに「運命」という言葉にこめる感情を演出することは、チベット出身の監督だからこそできるのだと思います。繊細微妙にして感動的な必見ポイントです。

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『巡礼の約束』は、2/8(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー。詳細は公式サイトからご確認ください(ソンタルジャ監督の過去作『草原の河』、同じくラサへの巡礼を描いた『ラサへの歩き方~祈りの2400km 』もあわせてぜひチェックしてみてください)。

四川省・丹巴 美人谷を歩く旅

古来から美人を多く輩出してきた丹巴(たんぱ・ロンタク)の「美人谷」。近年一躍脚光を浴び観光地化が進んでいますが、ツアーでは観光地化されていない集落や、橋や道路がなかった時代に集落と集落を結んでいた峠越えの道にご案内いたします。訪れる人の少ない丹巴の集落を、こだわりを持って時間をかけて歩きます。

歩いて巡るチベット 天空の都ラサと聖湖ナムツォ

チベット仏教への信仰が篤く、数々の巡礼路が残るラサ。聖地として知られる3つの寺院(ガンデン寺、パボンカ僧院、大昭寺)を取り囲む巡礼路をゆっくり歩いて巡ります。

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ラサ

チベット自治区の区都。チベットの政治的・宗教的中心地。 7世紀にチベットを統一した吐蕃王国のソンツェンガンポ王により、チベット(当時は吐蕃王国)の都として定められました。

イーディ、83歳 はじめての山登り

63ca7fe9a380274c(C)2017 Cape Wrath Films Ltd.

スコットランド(イギリス)

イーディ、83歳 はじめての山登り

 

Edie

監督: サイモン・ハンター
出演: シーラ・ハンコック、ケヴィン・ガスリー ほか
日本公開:2020年

2020.1.8

83歳英国淑女、成るべくして 初めての登山を決意する

ロンドンで暮らすイーディは30年間にわたって夫の介護を続けてきた。夫が亡くなった3年後、自分のことで手一杯なイーディの娘は、老人施設に入居するようイーディに勧める。娘の無理解にうんざりしているイーディは、亡き父によって書かれたスコットランド・スイルンベン山の絵ハガキを見つけ、在りし日に思いを馳せる。

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そんなある日イーディは、フィッシュアンドチップス屋の店員に追加注文をしていいか尋ねた際に「何も遅すぎることはない(Never too late)」と返答される。この言葉にピンときたイーディは、スイルンベン山に登ることを決意し、夜行列車でスコットランドへ向かう。

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スコットランド・湖水地方のインバネス駅でたまたま地元の登山用品店で働く若者・ジョニーと知り合いトレーナーとして雇い、山頂を目指すための訓練をしながら、イーディは思いがけなく「人を頼る大切さ」を学ぶことになる。

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歩く、食べる、飲む、話す、眠る、起きる・・・・・・人が生きていく上であまりにもありふれていることの楽しみ・喜びを、自然の中で再発見できることが、トレッキングや山登りの魅力です。

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83歳の女性が険しい山の登頂に挑戦しようとする中で、いつのまにか人生の再スタートが切られるというストーリーの本作は、観客の世代を問わず「新しいことに挑戦してみたい」「今までとは違うなにかに触れてみたい」という気分にさせてくれることでしょう。

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また、ドローンなどをいかしたダイナミックな撮影によって、スコットランドの自然・地形の美を堪能できます。スイルンベン山は731mと標高は低めですが、荒野に切り立っているため、登頂は一筋縄ではいかないそうです。

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当時83歳だった女優シーラ・ハンコックは実際に登山に挑み、カメラがまわっている間も本当の疲労でふらついているシーンがあったといいますが、その「本物のチャレンジ」がおこなわれているリアルさが映像にみなぎっています。

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登山の方法や用具の紹介もあり、登山入門としても最適な『イーディ、83歳 はじめての山登り』は、1/24(金)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー。そのほか詳細は公式ホームページをご確認ください。

 

オルジャスの白い馬

c4b72493f4f34f32(C)「オルジャスの白い馬」製作委員会

カザフスタン

オルジャスの白い馬

 

Horse Thieves

監督: 竹葉リサ、エルラン・ヌルムハンベトフ
出演: 森山未來、サマル・イェスリャーモワほか
日本公開:2020年

2019.12.25

同じ「アジア」としてのカザフスタン ― 森山未來、カザフ人になりきる

雄大な天山山脈を臨む、カザフスタンの大草原に少年オルジャスは暮らしている。ある日、オルジャスの父は市場に行った帰り道で、何者かに殺されてしまう。

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ちょうどその頃、カイラートという謎の男がオルジャスの家を訪ねてくる。カイラートはアイグリの昔の恋人であり、オルジャスの父であるものの8年間刑務所に入っていて連絡が途絶えていた。

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オルジャスには父であるということを黙りながら、カイラートは一家の引っ越しを手伝う。そして、カイラートとオルジャスはしだいに心を通わせていく・・・・・・

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本作は日本とカザフスタンの国際共同合作であるとともに、日本人監督とカザフスタン人監督の共同監督作品です。ロケはすべてカザフスタン。雄大な景観も見どころですが、最も際立っているのは、人気俳優の森山未來がカザフスタン人役として出演しているという点です。

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「カザフ語が話せる日本人」という役ではなく、純粋にカザフスタン人の役。この大胆なキャスティングに、日本人の観客は驚かずにはいられないでしょう。私はカザフ語がわかるわけではありませんが、カイラートのセリフはなんとも現地人っぽい響きがして、どのシーンにも怯みがなく、その演技力に圧倒されます。

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カザフスタンなど中央アジアの国々も含め、アジアの国々を旅していると、まるで日本人のような顔つきの人たちに出会うことがあります。また、逆に現地の人から「私の知り合いにそっくりな顔をしていますね」と親近感をもって声がけられることもあるでしょう(実際私はインドのラダック、ブータン、イタリアのナポリ、モロッコのフェズなどでそのように声をかけられ、自分の出自を不思議に思いました)。

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旅をしているときは世界をものすごく広く大きく感じるときもあれば、ものすごく小さく濃密に感じるときもあります。日本人の観客にとって本作は、どちらかというと後者の感覚をもたらしてくれます。今年10月に行われた東京国際映画祭で本作が上映された際、カザフスタン側の監督エルラン・ヌルムハンベトフ氏はこの映画と「距離」の関わりについて、このように語っています。

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「現代は、世界中の距離だけでなく人の距離も縮まってきている時代です。カザフスタン人達の中にひとり森山さんが入ってくることは、異質であるかもしれないけれど、彼という存在が時間や距離を超越し、思ってもみなかった新しいものをもたらしてくれるのではないかと期待していました。彼がこの映画で表現したかったこと、できなかったかもしれないものも含めてです」(プレス資料より)

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なかなか慣れ親しむ機会のないカザフスタンの文化・風土との距離をぐっと引き寄せることができる『オルジャスの白い馬』は、1/18(土)より新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー。そのほか詳細は公式ホームページをご確認ください。