みなさまこんにちは。
今回もヴィシュヌ神の10の化身とそれにまつわる神話等について、引き続きご紹介いたします。今回は、②クールマ(亀)です。
前回の記事>> ヴィシュヌ神の化身①マツヤ
ヴィシュヌの化身に関する神話の中でも重要な神話に「乳海攪拌」の神話があります。いわゆるヒンドゥー教における天地創造神話ですが、神々と魔人アスラがその所有を巡って争った不死の霊薬「アムリタ」が登場する神話であり、また女神・ラクシュミーが生まれヴィシュヌの妻となったりと、ヒンドゥー教神話のなかでも様々なポイントが盛りだくさんのストーリーです。もちろんヴィシュヌも登場し、今回はクールマ(亀)として活躍します。
2)クールマ(亀)
乳海攪拌のお話
不死の薬・アムリタを得るために神々がヴィシュヌに相談すると、大海をマンダラ山を棒にしてかき混ぜればよいと教えられます。神々はアスラ(魔人)たちと仲良く協力して、引き抜いたマンダラ山に蛇王・ヴァースキを巻き付け、片側を神々、反対側からアスラ達がそれぞれ引っ張ることで海を攪拌します。あまりに強く攪拌したために海の底に穴が開き山が沈みそうになってしまいます。そこでヴィシュヌは亀(クールマ)に姿を変え、マンダラ山の軸受けとなって海の底を守りました。
▲乳海攪拌のシーン。軸となるマンダラ山を支える土台として亀(クールマ)が描かれています。右側に神々、左側がアスラが位置し、蛇王ヴァースキを引っ張りながら大海を攪拌しています。
その後攪拌が進み、あらゆる海中生物が死に、マンダラ山の樹木は燃えてしまいます。生き物たちの残骸、山火事の後の灰が大海に流れ出て混ざり合い、海は乳色に変わっていきました。そして、その中から太陽と月、後にヴイシュヌの妻となるラクシュミー等、次々と生まれました。
(ラクシュミーは、その美しさから多くの神々が求めましたが、ラクシュミーが自らヴィシュヌを選び、夫婦となりました)。
ようやく最後に、医学の神タスヴアンタリがアムリタの入った壷を持って現れます。
しかしながらアムリタの所有権をめぐり、神々とアスラ(魔人)たちの間で戦いが起きます。大体の分は戦いの最中に神々が獲得し飲み込みましたが、アスラの一人・ラーフが神々に化けて、アムリタを飲みはじめてしまいます。
その様子を見ていた太陽と月は、急いでヴイシュヌの所へ行って、知らせます。ラーフが飲み込んだアムリタは喉まで達していましたが、ヴィシュヌは武器の円盤で攻撃し、その首を切り落としました。切り落とされた首は、空彼方宇宙へと飛んでいきました。
頭だけ不死となってしまったラーフは、それ以来、告げ口をした太陽と月を恨むようになり、今でも太陽と月を追いかけて飲み込みます。ですがラーフは首までしかないので太陽と月はすぐに首から出てきます。これがヒンドゥー神話的日食と月食のはじまりです。
ちなみにアムリタの入った壺は神々が所有・安置していましたが、ヴィシュヌの乗る神鳥ガルーダが母親の呪いを解くために奪うエピソードがあったりと、このアムリタを巡る神話はいくつか存在します。
この「乳海攪拌」のお話は、東南アジアのクメール王朝の遺跡(アンコールワット等)でも、よくレリーフにて表現されています。その他、タイのバンコク・スワンナプーム国際空港内で蛇を引っ張り合う大きなモニュメントをご覧になったことがある方は多いのではないでしょうか? まさに攪拌の最中を表現しているものです。
「乳海撹拌」のお話でいろいろ捕捉します。
まず、混ぜる道具にされてしまったマンダラ山ですが、もともとヴィシュヌ神の住む山であり、インドラ神の住むメール(またはスメール)山の付近にある(方角や位置には諸説あり)とされています。メール山はインドラ神のみならず神々の住む地として考えられ、後に仏教に伝わり世界の中心を表す須弥山となりました。
「アムリタ」ですが、中国へ伝わった仏教ではアムリタは「甘露」と漢訳され、須弥山ではアムリタの雨が降るためにそこに住む天(ヒンドゥー教由来の仏教の神的存在)は不死であるとされています。
また、蛇王ヴァースキが綱として使われることの苦しさに耐えかねて体内の毒を吐き出してしまい、あまりに強い毒で世界が滅びてしまいそうになったためにシヴァがその毒を飲み干し、そのためにシヴァの肌は毒で青色になった、というエピソードもこの神話に含まれています。
なお、実はこのお話も元々は他の独立した亀の神の神話でしたが、ヒンドゥー教の発展の中でヴィシュヌの化身によるものとしてヒンドゥー教の中に取り込まれていったものです。マンダラ山を支えた神は、インド叙事詩『マハーバーラタ』ではアクーパーラという別の独立した存在で、ヴィシュヌの化身ではありませんでした。
ヴィシュヌが化身として神と神話、そしてその功績と人気を吸収していったことがわかります。
参考:インド神話入門(長谷川明著・新潮社)
Text by Okada, Hashimoto
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