インドの階段井戸④「インド最大の階段井戸」チャンド・バオリ

ナマステ!西遊インディアです。

 

全5回に渡ってお送りする、「インドの階段井戸特集」、これまでグジャラート州の階段井戸をご紹介してきましたが、4回目の今回はラジャスタン州の階段井戸で「インド最大規模の階段井戸」として広く知られる「チャンド・バオリ」をご紹介します。

 

インドの階段井戸①階段井戸とは?
インドの階段井戸②世界遺産 ラニ・キ・ヴァヴ – 女王の階段井戸
インドの階段井戸③「最も美しい階段井戸」アダラジ・ヴァヴ
インドの階段井戸④「インド最大の階段井戸」チャンド・バオリ
インドの階段井戸⑤デリーの階段井戸 アグラーセン・キ・バオリ

 

チャンド・バオリ全景
チャンド・バオリ全景

 

チャンド・バオリは、ラジャスタン州のジャイプールから約90㎞東、アバネリ村という小さな村に残されています。ちょうどジャイプールとアグラへ向かう途中にあたるため、ジャイプール・アグラの観光日程にも組み込みやすい階段井戸です。アバネリ村は小さな村ですが、チャンド・バオリの見学のために多くの観光客が訪れるようになっています。


チャンド・バオリは縦横約40m四方、深さ約30m。地面をピラミッドを逆さにしたような形に掘られており、その壁面にびっしりと階段が設置されています。単純な敷地の規模ではグジャラート州のラニ・キ・ヴァヴやアダラジ・ヴァヴの方が大きいのですが、水面までを一気に見渡す巨大な井戸は非常に見ごたえがあり、インド最大の階段井戸と呼ばれる所以です。

 

チャンド・バオリ全景。右上の人のサイズから、井戸の巨大さがわかります。
チャンド・バオリ全景。右上の人のサイズから、井戸の巨大さがわかります。

 

深さ約30mの壁面は全部で13の階層に分けられており、それぞれの階をつなぐ階段が斜面一面にめぐらされています。階段や斜面には豪奢な彫刻はありませんが、幾何学図形のように繰り返す階段構造は、太陽の光と影のコントラストでシンプルかつミニマムな美しさを感じさせます。階段の総数は全部で3500を数えるそうです。

 

幾何学的な文様のように配された階段群
幾何学的な文様のように配された階段群

 

チャンド・バオリの階段群
チャンド・バオリの階段群。実際には非常に急な壁のような斜面です。

井戸は東西南北に沿って正方形に作られており、北側の面には王族が利用した宮殿が設置されています。他の階段井戸と同様に、井戸の下部では夏の時期は地表面よりも6度程度低い気温が保たれ、王族の避暑地として利用されていました。

 

 

チャンド・バオリは、8~9世紀にこの地域を支配していたチャンド王によって建設されました。このチャンド・バオリのすぐ隣にはヒンドゥー教の幸福と喜びの女神:ハルシャット・マタを祀る寺院があり、階段井戸もその女神に捧げるものとして建設されたものです。ハルシャット・マタ寺院は現在でも巡礼地として多くの巡礼者が訪れており、チャンド・バオリで沐浴をしたのちに寺院で祈りを捧げているそうです。また、ここでは雨水の利用や宗教的な利用の他に、雨量を調べて水税の徴収の計算のために利用されたとも考えられています。

 

隣接するハルシャット・マタ寺院
隣接するハルシャット・マタ寺院

 

ハルシャット・マタ寺院はもともとはシヴァ派・シャクティ派の寺院であったとみられ、寺院内ではマヒシャスーラという水牛のアスラ(悪魔)を殺すドゥルガー(シヴァ神の妻:パールヴァティの化身とされる女神)の高さ1.5メートルの像が出土しています。イスラム勢力の侵入以降に大きく破壊されたため、現在は寺院内にあった彫刻類はジャイプールやアンベールの博物館に移されています。チャンド・バオリの回廊部分にも、この寺院から出土した彫刻が展示されています。

 

水牛のアスラを殺すドゥルガー神のレリーフ(ハルシャット・マタ寺院出土品)
水牛のアスラを殺すドゥルガー神のレリーフ(ハルシャット・マタ寺院出土品)

 

現在は地下の階段部分とは別に、地上部分に井戸を囲むような回廊が設置されていますが、こちらは18世紀ごろ、ムガル帝国の時代に増設された部分です。現在はチャンド・バオリやハルシャット・マタ寺院などから出土した彫刻が置かれるギャラリーとして利用されています。

 

回廊部分に安置されたレリーフ。イスラム統治時代に頭部が破壊されています。
回廊部分に安置されたレリーフ。イスラム統治時代に頭部が破壊されています。

 

チャンド・バオリは雨季の雨水を貯めるだけではなく、地下水を利用できる井戸だったため、イギリス人が入植して井戸や上水道が整備されるまで、1000年近くの長きにわたって実用的な生活用水として利用されてきました。井戸への転落が相次いだということで現在は階段部分には立ち入り禁止になっていますが、それでも十分に巨大な階段井戸の迫力と美しさを味わうことができるスポットです。

 

チャンド・バオリ南西側の壁面と地上部の回廊部分
チャンド・バオリ南西側の壁面と地上部の回廊部分

 

独特の造形の美しさから映画のロケ地としても利用され、『The FALL落下の王国』(2006)でロケ地に利用されたことで話題になりました。また、『ダークナイト ライジング』(2012)でもチャンド・バオリをイメージしたセットで撮影が行われています。

 

 

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インドの階段井戸①階段井戸とは?

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今回から全5回に渡り、「インドの階段井戸」について特集してご紹介していきます。

 

ラニ・キ・ヴァヴ内部全景
世界遺産にも登録された「女王の階段井戸」グジャラート州のラニ・キ・ヴァヴ

 

インドの階段井戸①階段井戸とは?
インドの階段井戸②世界遺産 ラニ・キ・ヴァヴ – 女王の階段井戸
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インドの階段井戸④「インド最大の階段井戸」チャンド・バオリ
インドの階段井戸⑤デリーの階段井戸 アグラーセン・キ・バオリ

 

「階段井戸」とは、英語では「step well」と訳され、その通り水面まで通じる階段が設置された井戸を指します。日本でイメージする井戸というと、縄と桶、もしくはポンプで水を引き上げる光景が目に浮かびますが、インドの階段井戸では地面を掘り下げ、階段で水面にアクセスできるようになっています。井戸を指す言葉は、ヴァヴ(vav, グジャラーティー語)やバオリ(Baoli, ヒンディー語)などが使われます。

 

インドの平野部に広く分布していますが、特に水資源の乏しい西インドの乾燥地帯、グジャラート州やラジャスタン州のものは大規模なものが多く残っており有名です。中でもグジャラート州は総数130基を超える井戸が発見されており、どれだけ井戸が重要視されていたかがわかります。

 

アダラジ・ヴァヴ
「最も美しい階段井戸」と形容されるグジャラート州のアダラジ・ヴァヴ

 

階段井戸は主に雨季の雨を貯める人工的な溜池ですが、地下の水源にアクセスするために作られているものもあります。日が差さない地下の構造物であること、また岩にしみ込んだ水の気化熱で気温が下がることにより、階段井戸の奥部では地上より6~7度程度も気温が下がります。そのため、階段井戸は夏の間の王宮、避暑地としても利用されていました。

 

チャンド・バオリ全景
王宮部分のファサードが印象的なラジャスタン州のチャンド・バオリ

 

実際に巨大な階段井戸を見ると、井戸というにはあまりにも壮麗な姿だと感じられます。もともとは純粋に水利用のために作られた井戸ですが、さきほど述べたように夏の間の王宮として利用されたのに加え、階段井戸が宗教性を伴うものとして発展したことも大きく関係します。これは、命の源である水を扱う場所である井戸が神聖視され、神々に捧げる寺院として豪奢な彫刻が施されたためです。宗教性を持った階段井戸は、神々に祈りを捧げる沐浴場としても利用されていました。

 

また巨大な井戸は、為政者の権威を示すものでもありました。より大きく、より壮麗な階段井戸はその製作者である王や国の力を示すものとなり、各地で巨大な階段井戸が建設されました。そういった意味でも、寺院や王宮と共通しています。

 

ヘリカルの階段井戸
ヘリカルの階段井戸。1485年、グジャラートのイスラム王朝:グジャラート・スルタン朝のマフムード・シャー1世によって建造。ヒンドゥー教国の階段井戸とは異なり、シンプルで装飾の無い階段井戸です。

 

階段井戸は古くは紀元前3000年までさかのぼり、隣国パキスタンのモヘンジョ・ダロ遺跡でも階段井戸の前身となると考えられるレンガ造りの井戸が見つかっています。遺跡全域では大小合わせて700以上の井戸跡が検出されており、インドの階段井戸のルーツはモヘンジョ・ダロに起源をもつという説もあります。

 

モヘンジョ・ダロのレンガ積みの井戸跡
モヘンジョ・ダロのレンガ積みの井戸跡

 

モヘンジョダロの井戸跡。上層部の井戸を掘り下げて時代を遡ると煙突の様に見えます。
モヘンジョ・ダロの井戸跡。上層部の井戸を掘り下げて時代を遡ると煙突の様に見えます。

 

現在は実際にこの階段井戸の水を生活用水として利用することはほとんどありませんが、イギリス人の入植前のインドでは貴重な水資源の源でした。イギリス人の入植後、近代化に伴って井戸水は清潔でないという理由で利用が廃止され、ポンプや上下水道の設備が整えられ、階段井戸は徐々に前時代の遺物となっていきました。

 

階段井戸で洗濯をする女性。今でも階段井戸が利用される場所も残っています。(ガンダの階段井戸、デリー)
階段井戸で洗濯をする女性。今でも階段井戸が利用される場所も残っています。(ガンダの階段井戸、デリー)

 

現在では一部の階段井戸は遺跡として保護され、あるいは観光地として整備されていますが、多くの井戸は放置され徐々に風化が進んでいます。また、大規模な階段井戸は崩壊や落下の危険があるということで封鎖されている場所もあり、文化財・歴史的な遺跡としての階段井戸の保護が問題になっています。独特のひんやりした空気や薄暗さから、中には心霊スポットとして有名になっている階段井戸も…。

 

 

以上、簡単にインドの階段井戸についてご紹介しました。次回からは、実際のインド各地の階段井戸を4回に分けてご紹介していきます。

 

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