ラダックのブッダ・プルニマ Buddha Purnima

ジュレ―!西遊インディアです。

2023年5月5日は、仏陀の誕生・悟り・涅槃を祝う「ブッダ・プルニマ」の日でした。
西遊旅行の今年のGWのラダックツアーで、ちょうどお祭りの日にレーを訪れることができました。

■ブッダ・プルニマ Buddha Purnima
仏教の伝わる各地で「ウェーサーカ祭」として祝われる日。
日本では「花まつり」「灌仏会」にあたります。
仏陀の人生の中で重要な誕生・悟り・涅槃の3つがこの同じ日に起こったとされ、ラダックではチベット暦の4月(ウェーサーカ月 Visakha)の満月の日に当たるので、毎年日付が異なります。
ヒンドゥー教では、仏陀はヴィシュヌ神の9番目の化身(アヴァターラ)と考えられており、この日はヒンドゥー教徒と仏教徒の両方に祝われます。インド全国共通の祝日(Gazetted holidays)ですが、とくにラダックではダライ・ラマの誕生日に次ぐ重要な祝日です。

  • ヴィシュヌ神の10の化身。中央下段がブッダ
  • ヴィシュヌの化身としてつくられたブッダ像
ヴィシュヌ神の10の化身。中央下段がブッダ
ヴィシュヌ神の10の化身。中央下段がブッダ

ヴィシュヌの化身としてつくられたブッダ像
ヴィシュヌの化身としてつくられたブッダ像

 
「プルニマ」とはサンスクリット語で満月のこと。「ブッダ・ジャヤンティ(Jayanti = 誕生日)」ともよばれますが、ザンスカール出身の現地ガイドさんによると、「プルニマ」の方がより敬意をこめた呼称なのだそうです。ちなみに、今年は釈迦の誕生から2567年目に当たります。
 
例年レーでは、ラダックにおける仏教組織(ラダック・ブッディスト・アソシエーション)が主催し、ピース・マーチの行進と、ポロ・グラウンドでの見世物が行われます。
ピース・マーチの練り歩きは、市街中心部にあるレー・ジョカンを出発して、シャンティ・ストゥーパ、ナムギャル・ツェモの順で回り、ポロ・グラウンドをゴールとして行われます。
 
まずは市民たちが行進するピース・マーチ。シャンティ・ストゥーパから降りてくる行進の列です。


僧侶たちの列の後には、誕生日を迎えたお釈迦様がトラックに乗って移動してきます。

経典を持った人々の列が通り過ぎるとき、頭を下げると手に持つ経典を軽く叩くように頭に乗せて行ってくれました。

ピース・マーチを見た後に向かったシャンティ・ストゥーパでは、ブッダ・プルニマならではのイベントで、仏陀の人形に水をかけてきれいにし、自分の心身を清めようというブースがありました。
日本の灌仏会でもお釈迦様の像に甘茶をかける慣習があり、遠く離れたインドの地でも、共通点を感じます。

シャンティ・ストゥーパ

日本の灌仏会で見る仏像よりちょっとかわいらしい仏陀人形。
でも、日本の灌仏会と同じく「天上天下唯我独尊」の誕生仏のポーズです!
 
道中、行列に配っているハルワやサモサ、ジュースをいただきながら、広場へ向かいました。

いただいたハルワ。カシューナッツが入っていて、甘くておいしいです

レーの町の広場、ポロ・グラウンドでの見世物を見学しました。広場の真ん中に作られた壇上で、市民やお坊さんが踊りを披露していました。
ナムギャル・ツェモから見たポロ場

たくさんの見物客でにぎわっています!

仮面(チャム)を付けて踊る様子


日本の縁日やお祭りのように賑やかでした!
 
明るい雰囲気に包まれた、ブッダ・プルニマ祭のラダックの様子でした。
これからはお祭りの多い季節。ラダックは本格的な旅行シーズンを迎えます。
 
 
■おまけ
ピース・パレードで見学した色々な山車


 
Text: Kondo
Photo: Saiyu Travel

 


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ヴィシュヌの化身⑥クリシュナ

ヴィシュヌの化身神話を紹介する第6回。今回は8番目の化身、クリシュナ神をご紹介します。

 

横笛を吹くクリシュナ©-The-Trustees-of-the-British-Museum.jpg
横笛を吹くクリシュナ©-The-Trustees-of-the-British-Museum.jpg

牧童の美少年として描かれるクリシュナは、ヒンドゥー教の神々の中でも最大の人気を誇る神の一つです。クリシュナ自体もヤーダヴァ族の英雄、ヴリシュニ族の一神教的な神、アービーラ族の牧童など様々な土着の神的存在がヒンドゥー教のもとで統合されて生まれた神でしたが、後にヴィシュヌの化身とされたことでヒンドゥー教、そしてヴィシュヌ派の拡大に大きく貢献しています。

 

「クリシュナ」の名は「黒」を意味します。肌が黒いことに由来する神名ですが、ここからもクリシュナがアーリア系由来ではなく土着の神に由来するものと分かります。絵画においては、シヴァ神と同様に青色の肌で描かれています。モチーフとしては横笛・バーンスリーを吹く姿が象徴的です。その音色を聞くと女性はみなクリシュナの虜になってしまうほどの笛の名手とされています。また光輪(チャクラ)、額のU字のモチーフはヴィシュヌ神を表すもので、こちらもクリシュナの重要なシンボルです。

 

様々な神話を持つクリシュナですが、その中でもクリシュナ自身の出生に関する神話をご紹介します。

 

■クリシュナ神の誕生譚

その昔、マトゥラーのヤーダヴァ族のヴァースデーヴァ王子デヴァーキーと結婚します。しかしその結婚式の際、デヴァーキーの従兄のカンサ王は「デヴァーキーの8番目の子どもがお前を殺すだろう」という何者かの声を聴きます。カンサ王はそれを恐れ、デヴァーキーを牢に監禁し、その子を全て殺すことを決めます。

 

ヴァスデーヴァとデヴァーキー©-The-Trustees-of-the-British-Museum.jpg
ヴァスデーヴァとデヴァーキー©-The-Trustees-of-the-British-Museum.jpg

カンサ王によってデヴァーキーの6人の息子が殺されます。その後デヴァーキーは7番目の子どもを妊娠しますが、その子はヴィシュヌの力によってヴァースデーヴァの別の妻であるロヒニーの胎内に移されます。この子が後にクリシュナの相棒となるバララーマとなります。そしてその後、第8子としてクリシュナが誕生します。

 

ヴィシュヌは自ら第8子としてデヴァーキーの胎内に入り誕生しますが、生まれてすぐに父のヴァースデーヴァに対して「牢を出て、村の羊飼いの子と自分を交換せよ」と命じます。神々の力によって牢は開き番人も眠っていたため、デヴァーキーは言われた通りに子供を交換しました。そのためクリシュナは村の羊飼いであるヤショダーとナンダの間の子として生まれ、牧童として成長していきます。カンサ王はデヴァーキーが新たな子を抱いているのに気づき殺そうとしますが、その子はヴィシュヌが生んだ幻影であり、カンサ王に対して「お前を殺す者は既に生まれている」と告げて光とともに消えていきます。

 

■幼少期・青年期のクリシュナ

クリシュナは幼少期から青年期へと、その成長の中で様々なエピソードを残しています。特に幼少期にヤムナー川の毒の竜・カーリヤを退治してからは、村の人々から神としてあがめられる存在になっています。

 

カーリヤ竜の上で踊るクリシュナ
カーリヤ竜の上で踊るクリシュナ(出典:長谷川 明 著「インド神話入門 (とんぼの本)」新潮社)

クリシュナはバララーマと共にカンサ王を倒しますが、カンサ王の二人の妻たちの復讐として度重なる攻撃を受けたため、民と共にマトゥラーを出て西方のドヴァーラカーへ移り住んでいます。「マハーバーラタ」の中で活躍するクリシュナはこのドヴァーラカーに移った後の時代です。

 

クリシュナとバララーマ、カンサ王
カンサ王を殺すクリシュナ。左下には兄のバララーマ、右下にはクリシュナ達に倒されたアスラ(魔族)が描かれている。©-The-Trustees-of-the-British-Museum.jpg

■マハーバーラタの中でのクリシュナ

クリシュナはマハーバーラタでは主人公の5王子の一人・アルジュナの御者として活躍します。特にアルジュナが親族同士での争いに意義を見出せずに戦意を喪失した際にクリシュナが説いた教えは「神の詩(バガヴァット・ギーター)」として伝えられ、マハーバーラタから独立した聖典としても高く評価され、ヒンドゥー教の聖典とされています。

 

バガヴァット・ギーターを説くクリシュナ
バガヴァット・ギーターを説くクリシュナ(出典:長谷川 明 著「インド神話入門 (とんぼの本)」新潮社)

 

アルジュナとクリシュナの問答の形をとって紡がれるバガヴァット・ギーターでは、クリシュナが「迷いを捨ててクシャトリヤの戦士としての務めを果たすこと」を説きます。その中で真理は神(ヴィシュヌ=クリシュナ)として表れ、またそれは自分自身でもある、と説いたこの教えは、梵我一如の思想を明確化したものとして受け入れられ、後に仏教思想にも取り入れられています。

 

数々の英雄譚を持つクリシュナですが、その死の場面はあっけないもので、クリシュナが死期を悟って天界へ帰ろうと瞑想している途中で、漁師が誤って放った矢が急所である足の裏に撃ち込まれたことで最期を迎えています。

 

■バクティ信仰

クリシュナ信仰の特徴はバクティ信仰と呼ばれるものです。バクティはサンスクリット語で「クリシュナ神への愛の奉仕」を意味し、これは神への絶対的な信愛、神に全てを委ねることを意味します。

特に南インドではクリシュナとその恋人ラーダーを象徴としてバクティ信仰が広がります。ラーダーは既婚の女性であり、またクリシュナも他に多くの妻を持っていますが、ラーダーのクリシュナへの愛は神への純粋な信愛であるとされ、バクティ信仰の象徴となりました。

 

クリシュナ(左)とラーダー(右)
クリシュナ(左)とラーダー(右) (出典:長谷川 明 著「インド神話入門 (とんぼの本)」新潮社)

現在でもヒンドゥー教の神の中で随一の人気を持つクリシュナ神の姿はインドの様々な場所で目にすることができ、現代のインド映画の中でも度々登場します。クリシュナを自身の信仰として取り込んだヴィシュヌはさらに巨大な存在となりましたが、あまりにもクリシュナの占める割合が大きいため、むしろヴィシュヌ信仰というよりもクリシュナ信仰としての側面が強くなっていることも確かです。

 

Text by Okada

 


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ヴィシュヌの化身⑤ラーマとラーマーヤナの物語

ヴィシュヌ神の化身神話を紹介する第5回。今回は7番目の化身、ラーマの物語についてご紹介します。

 

ラーマ像。緑色の肌で描かれ、左手に弓、右手に三日月型の矢じりの矢、右肩には矢筒を携えている。 ©-The-Trustees-of-the-British-Museum

ラーマはインド2大叙事詩のひとつ「ラーマーヤナ」の主人公です。化身としてのラーマの物語はそのままラーマーヤナの物語となりますので、ここではラーマーヤナの簡単なあらすじや、ヴィシュヌ神話との関係についてご紹介します。

 

ラーマーヤナは一種の英雄物語。王子ラーマが魔王ラーヴァナに奪われた妻・シーターを取り戻すという、冒険物語の形をとっています。物語はサンスクリット語で伝えられており、文学ではなく、詠唱するための叙事詩として非常に美しい韻律で作られています。総行数は48,000行・全7巻で構成されており、聖仙ヴァールミーキによって編まれたとされています。

 

ラーマーヤナの物語は非常に長大なものですが、ここではざっくりとしたあらすじをご紹介します。

 

■ラーマーヤナのあらすじ

第1巻:少年編

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左からラクシュマナ、ラーマ、シーター。手前にはハヌマーンが描かれている。©-The-Trustees-of-the-British-Museum.jpg

コーサラ国のダシャラタ王は子に恵まれませんでしたが、神々に祈願して4人の子を設けます。この長男が物語の主人公ラーマ、そして3男が良き相棒として活躍するラクシュマナです。ラーマはヴィデーハ国の美しい王女シーターを妻にとります。

 

第2巻:アヨーディヤー編 ~ 第3巻:森林編

 

鹿を追うラーマ(左)とラクシュマナ(右)。©The Trustees of the British Museum
鹿を追うラーマ(左)とラクシュマナ(右)。鹿は魔王ラーヴァナが仕組んだもので、シーターから2人の目が離れた隙にラーヴァナがシーターをさらっていきます。©The Trustees of the British Museum

しかし王位を継ぐはずだったラーマは謀略により王位を奪われ、14年間の追放を受けることとなります。ラーマとシーターはラクシュマナと共に森での隠遁生活を始めますが、ラーマはランカ島の魔王・ラーヴァナにシーターを奪われてしまいます。

 

6シーターをさらうラーヴァナ(出典:長谷川 明 著「インド神話入門 (とんぼの本)」新潮社)
シーターをさらうラーヴァナ(出典:長谷川 明 著「インド神話入門 (とんぼの本)」新潮社)

 

第4巻:キシュキンダー編 ~ 第5巻:美麗編 ~ 第6巻:戦闘編

 

シーター奪還を目指し、ラーマとラクシュマナは冒険の旅へ出ます。シーターの行方を知るために風神ヴァーユの息子で猿の大臣・ハヌマーン等の助けを借り、様々な困難を超えていよいよラーヴァナの本拠地ランカ島へ攻め込みます。ラーマ一行は巨人クンバカルナ、ラーヴァナの息子で妖術を操る強敵インドラジットとの戦いを経て遂にラーヴァナを倒し、シーターを奪還しました。

 

クンバカルナと戦うラーマ一行。左下にはその他のラクシャーサが描かれる。©-The-Trustees-of-the-British-Museum.jpg
クンバカルナと戦うラーマ一行。左下にはその他のラクシャーサが描かれる。©-The-Trustees-of-the-British-Museum

 

ラーヴァナと戦うラーマとラクシュマナ©-The-Trustees-of-the-British-Museum.jpg
ラーヴァナと戦うラーマとラクシュマナ©-The-Trustees-of-the-British-Museum

無事にシーターを助け出した一行でしたが、ラーマは長くラーヴァナのそばに身を置いたシーターの貞操を疑い、妻として受け入れることを拒んでしまいます。そこでシーターは自ら燃える薪の中に身を投じ、火神アグニの加護を受けて無傷のまま戻ることで自身の潔白を証明します。アグニ自身も姿を現し、シーターが貞節を守ったことを証言しました。

 

火中に身を投じるシーター©-The-Trustees-of-the-British-Museum
火中に身を投じるシーター©-The-Trustees-of-the-British-Museum

全ての問題を解決したラーマ一行は、都の兄弟たちや国民の歓迎を受けてコーサラ国の都アヨーディヤーへ凱旋し、ラーマは正式にコーサラ国の王位に就いたのでした。

 

ここで物語は一旦幕を閉じますが、さらにこの後に後日譚が存在します。

 

 

第7巻:最終編

ラーアヴァナのそばに長く身を置いたシーターが王妃の地位にいる、ということへの不満が国民の間にあることを知ったラーマはこれを気にかけ、なんとシーターを都から追放し、離婚を言い渡してしまいます。この時既にラーマとの子を妊娠していたシーターは嘆き悲しみ、聖仙ヴァールミーキの庵に身を置いて二人の子を産み育てます。

 

聖仙ヴァールミーキとシーター。シーターとラーマの息子ラヴァ、クシャがそれぞれゆりかごの中とシーターの腕に描かれている。©-The-Trustees-of-the-British-Museum
聖仙ヴァールミーキとシーター。シーターとラーマの息子ラヴァ、クシャがそれぞれゆりかごの中とシーターの腕に描かれている。©-The-Trustees-of-the-British-Museum

その後、ラーマのもとに聖仙ヴァールミーキが現れ、2人の子どもに「ラーマーヤナ」を詠わせました。その2人が自分とシーターの子であることに気づいたラーマはシーターを追放したことを深く悔やみ、シーターとの再会を望みます。

 

聖仙ヴァールミーキの計らいで都へ戻ったシーターでしたが、改めてシーターの貞淑を尋ねるラーマに対してシーターが「もし自分が本当に潔白であれば、大地の神が私を受け入れるはずだ」と宣誓すると、大地が口を開けてシーターを地中へと飲み込んでしまったのでした。

 

深く悲しんだラーマはその後王位を息子たちに譲り、ほどなくしてその生涯を終え、天へと昇っていきます。ラーマーヤナの物語はここで完結します。

 

 

■現代に残るラーマーヤナ

物語の核心部は紀元前5~4世紀に形成された2~6巻の部分です。1・7巻はラーマがヴィシュヌ神の化身であることを示すために後世に後付けされたものと考えられています。特にラーマの英雄性を貶める第7巻は音韻や構成も優れていないとして人気が悪く、一般向けのダイジェスト版の物語では省かれることも多いようです。

 

ラーマは現代でも非常に人気があり、ヒンドゥー教の理想的な人物・君主像とされています。またラーマがヴィシュヌの化身ということで、その妻のシーターもヴィシュヌの妻・パールヴァティーと同一視されています。

 

 

ラーマーヤナの物語の原型がどこにあるのかということについては明確にされていませんが、現代の形になるまでの間に、時代や文化に応じて相当な数のバリエーションの物語が存在します。そもそも魔王ラーヴァナが登場しない、登場人物がジャイナ教徒、女神信仰としてシーター自身がラーヴァナを倒すもの…など様々な派生形の物語がありますが、徐々にヒンドゥー教の正統なストーリーとしてラーマ=ヴィシュヌ信仰としての現代の物語が定着していったようです。

 

特に1980年代以降はヒンドゥー教至上主義の動きが高まり、ラーマーヤナの物語の統一化が進むとともにヒンドゥー教のシンボルとして利用されていきました。そのひとつの到達点となってしまったのが1992年のバーブリマスジッド倒壊事件です。

 

バーブリ・マスジッド破壊事件©The-Indian-Express.jpg
バーブリ・マスジッド倒壊事件 ©The-Indian-Express.jpg

古くはコーサラ国の都であったアヨーディヤーはラーマの生誕地とされており、ラーマを祀る神殿がありましたが、ムガル帝国期にイスラム教徒がこれを破壊し、バーブリマスジッドというモスクを建設していました。1992年にヒンドゥー教至上主義者がこのモスクを破壊し、それを突端として全国でイスラム教徒とヒンドゥー教徒が衝突し数日間で1100人の死者を出すという痛ましい暴動に発展しています。また、その後もこの事件を巡る判決は世界の注目を浴びています。

 

 

■インドを出たラーマーヤナ

ラーマーヤナはヒンドゥー教と同様に広く東南アジアにも広がっています。そもそもラーヴァナの本拠地ランカ島は現在のスリランカがモデルと考えられており、またインドネシアの影絵劇「ワヤン・クリ」、カンボジアの影絵劇「スバエク・トーイ」の題材となっていることはよく知られています。

 

他にもタイの民族叙事詩「ラーマキエン」がラーマーヤナを起源に持っていたり、カンボジアのアンコールワット、インドネシアのプランバナン寺院群にもラーマーヤナのレリーフが残されていたりと、インドのみならず近隣諸国の文化に強い影響を与えています。またこれは憶測の域を出ませんが、日本の「桃太郎」の物語の起源をラーマーヤナに求める考えも存在します。

 

 

現代でも映画や文学のモチーフとして頻繁に引用され、最近では新型コロナウイルス対策の呼びかけの際にインドのモディ首相がラーマーヤナの一説を引用し、自らをラクシュマナに、国民をシーターに例えて自宅での自粛を呼びかけたことが話題となりました。これをヒンドゥー教至上主義的だという批判もありますが、ラーマーヤナはインドの文化を考えるうえで欠かせない物語として現代に生き続けていることを示すものでもあります。

 

 

Text by Okada

 

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ヴィシュヌの化身③ダイティヤ族の神話 ヴァラーハ、ナラシンハ、ヴァーマナ

ヴィシュヌ神の化身を紹介する3回目、今回は3・4・5番目の化身にまつわる神話をご紹介します。

 

前回>>> ヴィシュヌの化身② クールマ(亀)と乳海攪拌 日食と月食のはじまり

 

ヴィシュヌ神話の中にはそれぞれの物語が繋がっている部分が多くありますが、化身に関わる神話では、特にその3~5番目(ヴァラーハ、ナラシンハ、ヴァーマナ)の物語が近い位置にあります。ここではヴィシュヌに敵対する相手がダイティヤ族という同じ一つの一族であり、それによって3つの神話がひとつなぎになっています。

 

3つの神話は全て聖仙カシュヤパとその妻ディティの子孫・ダイティヤ族にまつわる神話です。聖仙カシュヤパは7聖仙の一人であり、ブラフマーが生んだ世界の創造神の一人・プラジャーパティより23人の妻を与えられ多くの子孫を残しています。カシュヤパと23人の妻、そしてその子孫たちは神や魔人として様々な神話に登場し重要な役割を果たしていくことになっていきます。今回紹介する他にも、以前の記事で紹介したヴィシュヌの乗るガルーダ、乳海攪拌や洪水神話で登場した竜王ヴァースキなども聖仙カシュヤパの子孫にあたります。

 

3.ヴァラーハ(猪)

 

カシュヤパとディティの子である魔人ヒラニヤークシャは大地を海の底へ沈めてしまいます。瞑想する場がないことを嘆いたブラフマーの息子・スヴァヤムヴァがそれをブラフマーに訴え、ブラフマーはヴィシュヌにそれを訴えました。するとヴィシュヌの鼻孔から1匹の猪が現れ、どんどん大きくなって海に飛び込み、その牙で大地を持ち上げます。ヒラニヤークシャはそれを妨害しようとしますが、逆にヴァラーハに殺されてしまいました。

 

牙で大地を持ち上げるヴァラーハ
牙で大地を持ち上げるヴァラーハ (出典:長谷川 明  著「インド神話入門 (とんぼの本)」新潮社)

ヴァラーハは単純に猪の姿、又は猪の頭をした人間の姿で描かれ、牙で大地を持ち上げるシーンは人気があり、各地にレリーフが残されています。伝承自体は古いもので、アーリア人以前の伝承であると考えられています。

 

ヴァラーハのレリーフ(マハーバリプラム、ヴァラーハ・マンダパ)
ヴァラーハのレリーフ(マハーバリプラム、ヴァラーハ・マンダパ)
猪の姿のヴァラーハ(カジュラホ)
猪の姿のヴァラーハ(カジュラホ)

 

4.ナラシンハ(人獅子)

ヒラニヤークシャの兄弟であるヒラニヤカシプは、ヴィシュヌの化身であるヴァラーハに殺された兄弟の無念を晴らすべく苦行に励み、ブラフマーに力を授かります。その力は「神にもアスラ(魔人)にも人間にも獣にも殺されない」というものであり、力を手にしたヒラニヤカシプは天上・地上・地下の三界を支配します。

 

しかしその子・プラフラーダは熱心なヴィシュヌ信者でした。兄弟の仇であるヴィシュヌを信仰することを止めさせるべく、プラフラーダを厳しく叱ったヒラニヤカシプが「ヴィシュヌは遍く存在するというが、それならばこの柱の中にもいるというのか」と近くの柱を殴ると、音を立てて崩れた柱から人獅子の姿でヴィシュヌが現れ、その爪でヒラニヤカシプを引き裂いて殺します。ヴィシュヌはヒラニヤカシプの与えられた力に妨げられないよう、神でも魔人でも人でも獣でもない、半身がライオンで半身が人間の姿を化身として現れたのでした。

 

柱から現れ、膝の上でヒラニヤカシプを引き裂くナラシンハ
柱から現れ、膝の上でヒラニヤカシプを引き裂くナラシンハ (出典:長谷川 明  著「インド神話入門 (とんぼの本)」新潮社)

ナラシンハ神話は独立の一派を築くほどに発展し、その中でヒラニヤカシプに与えられた力も上記に加え「昼にも夜にも、地上でも空中でも、どんな武器でも殺されない」などの文言が加わり、それに対応するようにヴィシュヌは夕方に・ヒラニヤカシプの膝の上で・素手でヒラニヤカシプを殺した、というような表現が加わっています。

 

近隣国でも人気の高いナラシンハ
近隣国でも人気の高いナラシンハ (出典:長谷川 明  著「インド神話入門 (とんぼの本)」新潮社)

スリランカやタイで信仰されるノラシンガはナラシンハの派生形と考えられます。ナラシンハ自体はインドに生息するインドライオンへの土着信仰に由来すると考えられており、北方の中国、東方の東南アジアを経由して日本の獅子舞のルーツの一端を担うという説も提唱されています。

 

5.ヴァーマナ(矮人)

バリはプラフラーダの孫、つまりヒラニヤカシプの曾孫にあたります。バリの父ヴィローチャナは天界でのインドラとの闘いで命を落としたため、バリはプラフラーダに育てられました。ヴィシュヌの加護を受けるアスラの王プラフラーダの孫としてバリはもともと地下世界を治めていましたが、父の仇をとるために天界へ攻め込み、インドラ率いる神々の群を退けて追い出し、ついに三界を支配するに至ります。

 

バリの治世は優れており、三界は光に満ち溢れ誰も飢えることがないと呼ばれるほどでした。しかし天界を追放された神々を哀れんだ女神アディティはヴィシュヌに祈願し、それを聞き入れたヴィシュヌはアディティの胎内へ入り、その夫である聖仙カシュヤパとの間の息子:ヴァーマナとして顕現します。

 

矮人ヴァーマナの化身
矮人ヴァーマナの化身 (出典:長谷川 明  著「インド神話入門 (とんぼの本)」新潮社)

そしてバリを讃える祭りでバリが民衆に施しを与えている場で、ヴァーマナは「自分の3歩分の土地を与えてほしい」とバリに懇願します。バリは師である聖仙ウシャナーの忠告でヴァーマナがヴィシュヌの化身であることに気づきますが、「一度了承した約束を反故にすることはダルマに則っていない」としてヴァーマナの願いを了承します。するとヴァーマナはどんどん大きくなり、一歩目で地上を、二歩目で天界を跨いでしまいました。

 

バリは神々を天界から追い出した自らの傲慢を省みて、自らヴィシュヌに頭を差し出し自分を踏むように伝えます。ヴィシュヌはバリの徳の高さに感服し、またバリがヴァーマナとして顕現した自分の親族でもあることに免じてバリを許し、三歩目でバリを地下世界へ踏み沈め、その支配を任せました。

 

バリはアスラの中でも最高位の評価をされており、マハー(偉大なる)バリとも呼ばれます。南インドのタミル・ナードゥ州ではその名を冠したマハーバリプラムという町がある他、ケララ州では地下に閉じ込められたバリが年に1度地上の民に会いに来る日としてオーナムという祭りを開催しており、これはケララ州最大の祭りとして盛大に祝われています。

 

マハーバリプラムのファイブ・ラタ寺院
マハーバリプラムのファイブ・ラタ寺院

以上、今回はヴィシュヌの化身とダイティヤ族に関わる神話を紹介してきました。ヒンドゥー教神話では神々とアスラが世界の支配を巡って戦いを繰り広げるものが非常に多く、今回紹介した神話もそのうちの一つです。しかしアスラが常に絶対悪として描かれるわけではなく、登場人物がみな個性的なキャラクターを持っていることもヒンドゥー教神話の大きな魅力の一つです。

 

Text by Okada

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ヴィシュヌの化身① マツヤ(魚)と大洪水神話

ナマステ!
前回、ヒンドゥー教3大神のひとり・ヴィシュヌ神についてご紹介しました。
世界維持神・ヴィシュヌ

ヴィシュヌ神は、古代インドの聖典リグ・ヴェーダではインドラの協力者として登場する程度の存在でしたが、ヒンドゥー教の成立・発展の過程で各地の神々を化身として取り込み、主神の一つとなりました。ヴィシュヌ神の化身の数はヴィシュヌ派内でもいくつか考え方がありますが、もっとも一般的な主流の考えでは全部で10の化身が存在するとされています。

 

■ヴィシュヌの10の化身

1.マツヤ(魚)
2.クールマ(亀)
3.ヴァラーハ(猪)
4.ナラシンハ(人獅子)
5.ヴァーマナ(矮人)
6.パラシュラーマ
7.クリシュナ
8.ラーマ
9.ブッダ
10.カルキ

 

今回より、10の化身とそれにまつわる物語を何回かに分けてご紹介していきます。また、ヒンドゥー教の神話に登場する様々な用語や登場人物についても解説していきます。

 

1)マツヤ(魚)

大洪水を予言した魚の姿。次のような神話が伝えられています。

 


聖仙サティヤヴラタが河で祭祀を行っていると、一匹の魚が手のひらに飛び乗った。サティヤヴラタが魚を河へ戻そうとすると、魚は他の大きな魚に食べられないように保護してほしいと言う。サティヤヴラタは魚を連れて帰り壺に入れて飼い始めたものの、日ごとにどんどん大きくなる魚をとうとう飼いきれなくなり、海へと戻そうとする。

 

魚は「7日後に大洪水が来る。私が船を用意するから、すべての生物と植物の種、7人の聖仙を集めて待て」と告げてサティヤヴラタと別れるが、7日後にサティヤヴラタが指示通りに生物を集めて待つと予言通りに大洪水がやってきた。金色の巨大な体で現れた魚はサティヤヴラタ達を乗せた船に大蛇・ヴァースキを結び付け、ヒマラヤまで船を引っ張り助けた。

 


魚(マツヤ)の化身像
魚(マツヤ)の化身像(出典:長谷川 明 著「インド神話入門 (とんぼの本)」新潮社)
魚(マツヤ)の化身
魚(マツヤ)の化身 (出典:長谷川 明 著「インド神話入門 (とんぼの本)」新潮社)

巨大な魚として登場するヴィシュヌは、ノアの箱舟に通ずるようなこの大洪水神話において、聖仙を救う存在として描かれます。ここで登場するヴァースキは蛇王(ナーガ・ラージャ)のひとつ。神話上ではヴィシュヌの乗るガルーダの母親の姉妹・カドゥルーが1000のナーガ(竜/蛇)を生み、ヴァースキはそのうちの一つ、ガルーダとは従兄弟に当たる存在です。蛇王ヴァースキは次に紹介するクールマの神話にも登場します。

 

また、聖仙はサンスクリット語では「リシ」と呼ばれ、厳しい修行によって時に神々をも凌駕するほどの力を持つ仙人を指します。神々の世界と人間の世界の中間の存在として、ヒンドゥー教の神話では重要な役割を与えられています。

ヴィシュヌによって全人類を滅ぼした大洪水から助けられた聖仙サティヤヴラタは、洪水後に人類の始祖となり、「マヌ」という称号を与えられたとされます。

 

ノアの箱舟で知られるように、大洪水神話はメソポタミア・ギリシア世界を始め、アジア沿海部や太平洋沿岸の南北アメリカ大陸にも類例のある神話です。メソポタミアをその起源とする説もありますが、これはメソポタミアでの神話は文字史料として残されている物語が多いために研究が進んでいるだけだという指摘もあります。実際の起源がどこにあるのかに関しては史料に乏しく、憶測の域を出ません。

 

アララト山
トルコ東端に位置するアララト山。ノアの箱舟が漂着した地とされています。

 

紀元前1500年頃に中央アジアからインドへ移住したアーリア人ですが、その際に集団の一部はメソポタミアへ向かっています。世界各地に点在する洪水神話の中でもメソポタミアとインドのストーリーは共通性が高いことが指摘されており、中央アジアを故地とする両者はある時期まで共通した神話のストーリーを持っていたと考えられます。

 

Text by Okada

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