グジャラートの最西端、ブジの町には本当に多くの手仕事が存在します。
〈人々が祈りを託したミラー刺繍〉
高価な一部富裕層のための手工芸に対して、一般的な家庭で作られていた手工芸もあります。その代表が、細かく割った鏡を布に縫いつけていく「ミラー刺繍」や木製の判子 を布に押して染める型染め更紗「アジュラク」などです。
家庭で発展した刺繍には、人々の生活の知恵や祈りの気持ちが詰まっています。
たとえば、ラバリ族のミラー刺繍を裏返してみると、裏にはほとんど糸が通っていないことがわかります。これは、貴重な糸を無駄にしないための生活の知恵です。
また、女性たちは糸や布の端切れも決して捨てず、大切に保管しています。それらの端切れを利用して房飾りを使ったり、パッチワークにして布団を作ったりするのです。いくつもの小さな鏡がキラキラと光るミラー刺繍は、他人からの妬みや嫉みの視線を退ける「邪視避け」の役割があると言われ、婚礼衣装や子どもの衣服にも使われています。
ブジを訪れた際は是非、バザールにも足を運んでみてください。
野菜や果物を扱う一般的なお店だけでなく、ミラー刺繍に使う大小さまざまなサイズのミラーやカラフルな刺繍糸、様々なデザインのリボンまで、本当にたくさんの手芸用品を目にすることが出来ます。
〈伝統技術の復興〜アジュラクの復活〜〉
これらの美しい手工芸は、今までに何度か絶滅の危機に瀕したことがあります。グジャラート州は年間降水量が極端に少なく、今まで地震や飢饉など多くの自然災害に見舞われてきました。生活に困った人々は刺繍や染め物などの作品を二束三文で売って生活の足しにするようになり、多くの貴重な作品が失われてしまいました。18世紀に英国でおこった産業革命後、安易な機会織りの製品が入ってくるようになり、手間暇のかかる手織り、手染めをやめる人もでてきました。グジャラートの手工芸品は質・量ともに衰退の一途を辿っていったのです。
アジュラクはグジャラート州からパキスタンのシンド州にかけて制作されている型染め更紗です。アジュラク製作で有名な村のひとつ・ダマルカ村は、今も昔ながらの天然染料を使っています。
しかし、実はこの天然染料による染色の技術は1970年代に一度完全に廃れてしまいました。このアジュラク復活のきっかけになったのが、グジャラート州手工芸開発公社のバシン氏と更紗職人モハマド氏の出会いでした。偶然モハマド氏の作品を見たバシン氏は、貴重な技術が失われていくことに危機を感じ、デザインの描き方や都市向けの商品開発を教えました。一方、ムハマド氏はすでに行われなくなっていた天然染料による染色方法を再開しました。藍、茜、ターメリックなどで染めた素朴な色合いのアジュラクは海外の消費者に歓迎され、現在では世界中から染色関係の研究者が訪れるまでになっています。
※この記事は2012年6月のものを修正・加筆して再アップしたものです。