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中央ネパール central nepal みどころマップ
ネパールの素朴な村々-ルンビニ、ほか

ポカラ、チトワンに比べると訪れる外国人も少ない中央ネパール。とはいっても、ルンビニ、ティラウラコットといった仏教の重要な史跡や、ヒンドゥー教の聖地デブガートや、ネパール人に非常に人気のあるマナカマナといった、ネパールをより深く理解する上で欠く事のできないところが多くあります。カトマンズやポカラから、ひと足伸ばして、より詳しくネパールを探求してみてはいかがでしょうか。


のどかなティラウラコット
ルンビニ マナカマナ
ティラウラコット デブガート
ゴルカ    
ルンビニ lumbini - Central Nepal - NEPAL
プスカリニ池の脇に立つ菩提樹
プスカリニ池の脇に立つ菩提樹

ルンビニは釈尊生誕の地として世界に広く知られており、古来より仏教徒にとって4大聖地のひとつとして巡礼者を集めています。

紀元前249年には、インドのマウリヤ朝のアショーカ王が石柱を建立し、中国の僧・法顕は5世紀の初旬にこの地を訪れています。14世紀にイスラム教徒により仏教建築は著しく破壊され廃墟となりました。

その後、長い間忘れられていたルンビニは、近年になり発掘がすすみ、考古学者や観光客の注目を集めています。ルンビニは観光地としてだけでなく、歴史的に貴重な土地であり、遺跡の保存が大きな課題となっています。

ルンビニの周りには今でも伝統的な暮らしを続けているのどかな村があります。どこまでも続く緑の中でゆっくりと過ごすことが出来るでしょう。

■アショーカ石柱

1896年にドイツ人の考古学者フューラーによって発見されました。紀元前249年にマウリヤ王朝のアショーカ王がこの地を訪れたときには、ルンビニは大きな村だったといわれています。

ここで見つかったアショーカ石柱には、神々に愛でられしアショーカ王が即位20年の年にこの地を訪れ石柱を立てた旨と、釈尊の生誕地であるこの村は免税され、8分の1のみの納税で許される旨が刻まれています。当時は4本の石柱が立てられ、その柱頭には馬像があったと言われていますがその馬像は見つかっていません。玄奘三蔵もこの地を訪れており、この柱に雷が落ち3つに折れたと記録しています。

アショーカ石柱
アショーカ石柱

■釈尊生誕像

釈迦生誕像
釈迦生誕像

1899年にマーヤー聖堂跡から発掘された釈尊の生誕を描いた石像です。現在ある彫像は破壊された古い像を新しく模造したもので、仮のお堂に安置されています。この像は釈尊生誕の瞬間をあらわしたもので、右からマーヤー夫人、養母マハーパジャーパティー、釈尊、梵天、帝釈天が彫られています。子供がいない女性達が子供を授かるようにとお参りします。

マーヤー聖堂
釈迦生誕像の見つかったマーヤー聖堂

■プスカリニ池

マーヤー夫人が出産の前に沐浴し、釈尊の産湯にも使われたといわれる池です。現在見られる池の堤は1939年に造られたものです。池のほとりには大きな菩提樹があります。

プスカリニ池と傍に立つ菩提樹
プスカリニ池と傍に立つ菩提樹
ティラウラコット tilaurakot - Central Nepal - NEPAL
ティラウラコットの東門跡
ティラウラコットの東門跡

後に釈尊となるシャカ族の王子ゴーダマ・シッダールタが
29歳で出家するまで何不自由なく過ごしていたと思われているカピラバストゥ城跡が現在のティラウラコットであると考えられています。

この遺跡は1967年から日本の立正大学によって発掘・城砦跡だと確認され、現在はネパールの人々により管理されています。

ティラウラコットはルンビニの西27キロに位置し、周りはのどかな麦畑が広がっている森の中にあります。まだまだ発掘途中ですが、礎をレンガで補修しきれいに整備されています。

ここには西門、釈尊が愛馬カンタカに乗りこの地を出発したといわれる東門、城壁お堀跡、かつての宮殿跡、井戸、貯水槽が発見されています。

この場所で一番見応えがあるのは遺跡の奥にある東門。

『ある時、釈尊が東門から外出した際、やせ衰えてふらふらと歩いている老人を見かけた。またある日、南門から外出した際、病人を見かけた。また西門から外出した際、葬儀の列に遭遇した。この出来事から釈尊は「老い」、「病」、「死の悲しみ」を知り、深く思い悩んだ。ところがある日、北門から外出した際、道を求めて托鉢に励む修行者の姿に接し心を打たれ、釈尊は出家を覚悟した』

という有名な「四門出遊」という説話が残っている場所です。

東門からはかつて釈尊が愛馬カンタカに乗り進んだであろう大地が、今も変わらず広がっています。

ゴルカ gorkha - Central Nepal - NEPAL

カトマンズの西140km、標高1,219mの丘の上にゴルカの町はあります。18世紀にネパールを統一したプリティビ・ナラヤン・シャハ王の本拠地であったこの町は今日のネパールを統治しているシャハ王朝発祥の地として非常に有名です。当時小国が分立していたネパールをひとつにまとめた彼の功績は現在のネパールの基礎となる大きなものでした。プリティビ王の死後もゴルカ族は勢力を保ち続け、19世紀にはイギリス軍と2度にわたって戦火を交えましたが、ゴルカ兵の強さにイギリス軍は勝つことができず、後にその優秀さを買って、傭兵として採用するようになりました。英語で「グルカ」というネパール人傭兵の語源はこのゴルカにあります。

ゴルカ王宮は山の上に建っており、ヒマラヤの山々を近くに望むことができます。小さな宮殿ですが、ネワール彫刻のすばらしい建物です。王宮の中にはヒンドゥー教徒のみが入ることを許されます。また、ヒンドゥー教の女神カーリーを祀る寺院がありますが、この内部には王族以外は入ることができません。王宮の10m程南に下ったところにゴラクナート石窟寺院があります。「ゴルカ」の語源ともなった、聖者ゴラクナートがかつて住んでいた洞窟です。小さな石窟寺院ですが、ヒンドゥー教徒にとっては非常に重要な寺院です。また、この町のバザールは周辺の山村から物を売りに来ている人が多いので、覗いてみるのも楽しいでしょう。

マナカマナ Manakamna - Central Nepal - NEPAL

カトマンズから西へ約100kmのところ、約1,385mの山の上にあるヒンドゥー教の寺院です。「マナカマナ」とは願いをかなえてくれるというヒンドゥー教の女神の名前で、この寺院にお参りをすると願いがよくかなうとネパール人の間では非常に人気のある寺院です。これまでは山道をひたすら歩いて登らなくてはなりませんでしたが、近年になり標高差800m、全長約3kmのロープウェイが通されました。ロープウェイからの眺めはすばらしく、周辺に広がる村や畑を見ながら10分ほどで頂上に着きます。寺院の中にはヒンドゥー教徒しか入ることはできませんが、寺院へ続く参道に並ぶ土産物店や、生贄のヤギをつれて参拝に来る人々、そして山の上からのすばらしい景色を見るだけでも十分ここへ来る価値はあるでしょう。

デブガート Devghat - Central Nepal - NEPAL
デブガート
デブガートで瞑想をする信者

デブガートはカリ・ガンダキ(川)とトリスリ川の合流地点にある、ヒンドゥー教の聖地です。シヴァ神とヴィシュヌ神の両神がいる場所であると言われており、有名なサンスクリット学校や巡礼宿、寺院が集まっています。1月に行われるマーグ・サンクランティ(祭り)の間には、50万人を越えるヒンドゥー教徒が沐浴しにたくさん集まります。また、家財の一切を投げ打って老後を過ごすサドゥー(ヒンドゥー聖者)達が集まる場所でもあり、あちこちで信仰生活を送る人々に出会うことが出来ます。