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中部と南東部 みどころ(観光)MAP
イスファハン
カシャーンとアブヤーネ村
ヤズド
シラーズ
ペルセポリス
ナクシェ・ロスタム
ナクシェ・ラジャブ
パサルガダエ
ブーシェフル
ビシャプール遺跡
バム(アルゲ・バム)
ペルセポリス・クセルクセス門
ペルセポリス・クセルクセス門

イスファハン
16世紀後半からサファヴィー朝の首都として栄華を極めたイスファハンには現在も多くの歴史的建造物が残り「イランの真珠」の異名も持っています。当時「世界の半分」と呼ばれていただけあって、現在もたくさんの見どころがあります。

イマーム広場
イスファハン観光のハイライトと言える広場で、またの名をナグシェ・ジャハーン(全世界の図)広場と言います。広場にはイマームモスク、シェイクルトフォラーモスク、アリカプ宮殿、バザール等が集まっていて、夜のライトアップされた姿も幻想的。広場を一望できるチャイハネ(イラン式喫茶店)からのんびりと広場を眺めるのも贅沢な時間の過ごし方でしょう。
イマームモスク
イマームモスク
ダリウス1世謁見の図(考古学博物館)
シェイクルトフォラーモスク
金曜モスク
金曜モスク

金曜モスク

最初に作られたのは8世紀というイスファハンで最も古いモスクです。
一度火事で大部分が消失してしまいましたが、12~14世紀に再建、その後増改築を繰り返し現在の姿になりました。その結果さまざまな時代の建築様式が織り交ざっています。

33アーチ橋とハージュ橋

街を南北に分割するように流れているザーヤンデ川に架かる橋上部のアーチが33ある橋。北側の橋の下にはチャイハネがあり、観光に疲れたらゆったりとした川や人々の流れを眺めながら休憩することが出来ます。
また33アーチ橋から南東に2キロほど行ったところにはハージュ橋という橋も架かっています。2層構造になっているこの橋にはテラスが設けられていて、17世紀に王が川を眺めながら夕涼みの宴を行ったとも言われています。どちらの橋も夜にはライトアップされたくさんの人々が訪れます。
ハージュ橋
ハージュ橋
夜の33アーチ橋
夜の33アーチ橋

アルメニア教会

アルメニア人が多く生活しているジョルファー地区には教会があります。13あるアルメニア教会の中で最も有名なのがヴァーンク教会です。
内部の壁には「最後の審判」などの旧約聖書の場面が描かれています。また教会の敷地内には博物館もあり、重さわずか0.7gの世界最小の聖書などが展示されています。
ヴァーンク教会
ヴァーンク教会


カシャーンとアブヤーネ村
テヘランとイスファハンの間にある小さな町カシャーン。砂漠の中のオアシス都市でガナートと呼ばれる地下水路が発達しています。日干しレンガの家が立ち並ぶ旧市街では、古き良き昔ながらのイランの雰囲気を味わうことが出来ます。
アブヤーネ村はカシャーンから南東に70km離れたキャルキャス山麓の渓谷にあります。かつてゾロアスター教徒の村だった名残か、女性は花柄のスカーフやスカートを履き、男性はすその広いズボンを履いています。村には拝火教神殿跡も残っています。
渓谷の村・アブヤーネ村
渓谷の村・アブヤーネ村
花柄のスカーフを纏った女性たち
花柄のスカーフを纏った女性たち


ヤズド
イランのほぼ中央に位置する、ゾロアスター教(拝火教)の聖地とも言われている町。いくつかのゾロアスター教の寺院も見学することが出来ます。標高は1215mですが砂漠の中にあるため、乾いた熱風と刺すような日差しが特徴です。

沈黙の塔
小高い丘の上に立てられた岩山の塔。自然の原則を重んじるゾロアスター教徒は大地を汚さないために遺体を葬る際、鳥葬(風葬)を行っていました。ここでは1930年代まで実際に鳥葬が行われていました。ちなみに現在は衛生上の観点からゾロアスター教もイスラム教徒と同様に土葬になっています。
ヤズドの街並
ヤズドの街並
ダリウス1世謁見の図(考古学博物館)
沈黙の塔


シラーズ
イランの南部、ファールス州の州都。バラで有名な町で、シーズン(5月~6月)には町中できれいに咲き誇ります。またイランの4大詩人のうち、ハーフェズとサアディーを輩出した町としても知られており、彼らの廟にはきれいに整備された庭園があり連日多くの人が訪れます。アケメネス朝時代の遺跡ペルセポリスへも日帰りで行ける距離です。
町の入り口・クルアーン門
町の入り口・クルアーン門
旧市街のバザール
旧市街のバザール


ペルセポリス
シラーズより北に約60kmのところにあるアケメネス朝時代の大都城址。ダリウス1世(紀元前522-486)によって建設された政治的儀式のための都市でした。当時の広さは12万5000㎡にも及ぶ大都市でしたが、紀元前331年マケドニアのアレクサンダー大王によって陥落し、廃墟となりました。
見どころのひとつに挙げられるのが宮殿へと続く大階段の側面に描かれたレリーフです。内容は珍しい動物やアケメネス朝へ奉げ物を運ぶ国民ですが、さまざまな民族が描かれており当時のアケメネス朝の領土の広さがうかがえます。緻密なレリーフや、宮殿跡を眺めていると当時の栄華が蘇って見えてくることでしょう。
アケメネス朝の大都城址ペルセポリス
アケメネス朝の大都城址ペルセポリス
大階段の側面の緻密なレリーフ
大階段の側面の緻密なレリーフ


ナクシェ・ロスタム
岩山にダレイオス1世などアケメネス朝の歴代王の墓が4つ並んでいます。その横には馬にまたがるシャープール1世の前に、捕虜となったローマ帝国皇帝ヴァレリアヌスが跪く姿を描いた「騎馬戦勝図」と名づけられた3世紀のレリーフも残っています。またゾロアスター教の神殿と思われる建物も見ることが出来ます。
岩山並ぶアケメネス朝歴代の王の墓
岩山並ぶアケメネス朝歴代の王の墓
騎馬戦勝図
騎馬戦勝図



岩山にササン朝時代のレリーフが残っています。レリーフはアルデシル1世、シャープール1世の戴冠の様子やササン朝初期の聖職者が描かれています。
シャープール1世と臣下の図
シャープール1世と臣下の図
アルデシル1世戴冠の図
アルデシル1世戴冠の図



キュロス大王の墓
キュロス大王の墓
シラーズの北東130km、紀元前546年頃にキュロス大王の下建設が始められたアケメネス朝の最初の首都があった場所。そのキュロス大王の墓や宮殿跡、ゾロアスター教神殿跡などが残っています。
ギリシャの歴史家によると、アレクサンドロスはペルセポリスを破壊した際にこのキュロス大王の墓を訪問したとされています。その時、内部には金色のテーブル、ベッド、杯、宝石類とともにやはり金色の棺が見つかったそうですが、現在それらの痕跡は見られません。




イラン南部にあってペルシャ湾に長い海岸線をもつ同名の州の州都。歴史は深く紀元前3世紀頃からのアルサケス朝、ササン朝時代にはペルシャ湾の要港であったとの記録もあります。7世紀にアラブの侵略を受け衰退の途をたどりました。
また1856年のイギリス・イラン戦争で降伏しイギリス植民地になり、その当時の旧港も残っています。近郊にはササン朝時代のレリーフがきれいに残るビシャプール遺跡もあります。


ビシャプール遺跡

ササン朝2代目皇帝シャープール2世(241-272在位)によって建設された都市。6年間の歳月をかけて作られたこの都市は山を背にし、川を臨む美しい街づくりを目指し、碁盤の目に街路を走らせたギリシャ的な方形プランでした。
ビシャプールとは「美しいシャー(皇帝)の町」と言う意味です。美しい文様で装飾されていた王宮のほか、シャープール1世の石像を配置した皇帝の廟洞や、壮大な拝火教神殿がありました。
ササン朝の城址・ビシャプール遺跡
ササン朝の城址・ビシャプール遺跡


バム(アルゲ・バム)
サファビー朝時城砦址アルゲ・バム
サファビー朝時城砦址アルゲ・バム
パキスタンやアフガニスタンからも遠くないイラン南東部に位置する町。小さな町ですが、2004年ユネスコの世界遺産に登録されたサファビー朝時代の城砦「アルゲ・バム」があることで有名です。アルゲ・バムは2003年の大地震で一部崩壊してしまいましたが、それでも17世紀当時の威容を感じ取ることが出来るでしょう。