トゥルー・オ・ナトロン、ジュラブ砂漠、古代チャド湖跡等、ティベスティ山地の見どころをご紹介

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ティベスティ山地

ティベスティ山地はチャド北部にある休火山群の巨大な山塊です。チャドの最高峰エミ・クーシ(3,415m)、リビアの最高峰ビクー・ビティ(2,267m)もティベスティ山地にあります。1998年以降の内戦と治安の悪化により訪問することができませんでしたが、2011年9月に訪問許可が発行されるようになり、2012年1月、内戦後初となるティベスティ山地一周視察ツアーを行いました。トゥブ遊牧民が暮らし、休火山群の創りだすパノラマ、奇岩群が広がる地域です。

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ゴウロ / Gouro

ティベスティ北部へのゲートとなる村。岩山が多く家畜に適した牧草地がないことからひとびとはナツメヤシ栽培に従事しています。村自体、パルメリー(ナツメヤシ園)と伝統的なトゥブ族の家屋が大変美しいところです。 2012年には3人の地元男性によりトゥブ族の暮らしと伝統を展示する博物館も完成しました。
  • ゴウロの村
  • ゴウロの博物館

イェビ・ブーとイェビ・ソウマ / Yebbi-Bou & Yebbi Souma

イェビ・ブーとイェビ・ソウマはイェボアの氏族が暮らす土地。岩山の大地にある村で家畜の食料となる牧草地がないため、人々は家畜をつれてワディ・ミスキまで放牧にでかけます。村の渓谷には大きなパルメリー(ナツメヤシ園)が発達。収穫の季節には村人が全員そろい賑わうそうです。住居は火成岩とナツメヤシからできています。
  • イェビ・ブーの住居
  • イェビ・ブーのパルメリー
  • イェビ・ソウマのパルメリー

ズッムリ地域の村 / Zoumri

ベルドゥア氏族の暮らす村が点在する地域。
ズムリ・ウォヌフォの村には学校もあります。
  • ズムリ・ウェシの住居
  • ズムリ・ウェシのモスク
  • 村の女性たち

バルダイ / Bardai

北ティベスティの中心地でニャラ(奇岩群)とパルメリーに囲まれたオアシス。ベルドゥア氏族が暮らす、長年の内戦の舞台にもなった町です。リビアからのトラック輸送ルートがあり、新鮮なフルーツや物資が届く町でもあります。
  • バルダイの目抜き通り(2012年)
  • 商店
  • リビアからの物資を置く商店
  • リビアから来た大きなりんご

トゥルー・オ・ナトロン / Trou au natron

トゥシデ火山(3265m)の麓にある巨大クレーター。直径8km、深さ700mのクレーターで、トゥシデ火山の噴火により空洞化したマグマ室が沈下し発生しました。クレーター内部には小さな火口と炭酸ナトリム(炭酸ソーダ)の温泉があり、クレーターの表面にミネラルを出し続けています。 クレーター内部にはナトロンを与えるために連れてこられたヤギや、ナトロンを運ぶために連れてきたロバの野生化したものが生息しています。

ナトロン : 炭酸ナトリウムと炭酸水素ナトリウムを主成分とする天然に産する鉱物。ナトロンは純度が高いほど白く見えます。サハラでは天然の家畜の栄養剤として使われています。

  • トルゥー・オ・ナトロン
  • クレーターを下る
  • ナトロンの上を歩く
  • 二次野生化したロバ
  • 夕方のクレーター
  • 炭酸ナトリウムの泉
  • 「足湯」で疲れを癒して、帰りの登りに備えます。

ゾワール / Zouar

ティベスティ北部の町で、トゥブ族の精神的指導者デルデの座がある場所。1917年からフランスの支配下に入りましたが1960年独立後の内戦とリビアとの干渉において非常に重要な地点となり、リビア軍のベースとなったほか、1998年からの内戦の舞台でもありました。

トゥブ族の精神指導者デルデ Derde
ティベスティのトゥブ族(テダ・グループ)の人々の間の宗教・政治・司法・モラルにおける権威。トマグラ氏族の中の有力な3家族の中から選ばれ、デルデは息子に継承されることはなく、デルデの死後は別の2家族から選ばれることになっています。伝統的にデルデは行政上のことよりは司法上の解決し紛争の調停などを行い、それが貴族議会によりサポートされてきました。
1900年代初めにフランスがティベスティに侵攻して来たときはゆるやかな支配がひかれデルデはフランスに協力していましたが、1960年のチャド独立後の1965年からチャド政府のティベスティ支配に抵抗し、1966年にデルデは追放されリビアへ行き、リビアから反政府活動を開始しこれがチャド内戦の始まりとなりました。その後、1975年にデルデはチャドに戻り現在に至ります。2012年1月29日に新しいたデルデが就任しました。
  • ゾアールの村
  • 内戦の跡が残る

ファヤ / Faya

70Km続くパルメリー(ナツメヤシ園)の広がるティベスティ南部のゲートとなる町。リビアのフェザーン地方の町(クフラ、セブハー)やアベチェ、カライの交易キャラバン、輸送で栄えてきました。空港もあり、北部チャドで一番大きな町です。
  • ファヤの市場
  • 豊富な香辛料
  • 新鮮な野菜も

ジュラブ砂漠 / Djourab desert

ジュラブ凹地とも呼ばれる砂漠でファヤ南部からバハル・エル・ガゼルにかけて広がっています。古代チャド湖北部の底にあたり、ダイアトマイトや貝の殻、魚の化石などが残されています。砂漠としても若く、小さなバルクハン砂丘の集合体です。
  • バルクハン砂丘が点在
  • ダイアトマイト 珪藻の死骸が堆積したもの
  • 砂漠のなかの貝殻
  • オーバーヒートを避けて日中は昼寝する砂漠縦断トラック

古代チャド湖跡 / Ancient Lake Chad

メガ・チャドと呼ばれた完新世のチャド湖は、現在の面積と深度の少なくとも 20倍はあったといわれています。深さ160メートル、44万キロ平方メートルにも及ぶ巨大な湖でその北部の一番深い(低い)地点がジュラブ砂漠だったと考えられています。
  • かつてのチャド湖の湖底 
  • 魚の化石