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秘境ムスタン その2 ~ローマンタンへ~
文・写真若井崇嗣
果てしなく続く荒涼とした大地を一歩また一歩と進む。いくつもの峠と谷、そして川を越えて、やっとの思いでたどりついた最後の峠。そこからみえた王都ローマンタンは感動のあまり涙でかすんでみえた。「肥沃な平原」「奇跡の平原」という意味を持つローマンタン。ついにここまでやってくることができた。
峠からローマンタンを臨む
峠からローマンタンを臨む

ついにローマンタン入りする日。いったん川まで下り、登り返していく。少し晴れ間も出てきた。厚い雲間から久しぶりの青空がのぞいている。いつになったらローマンタンが見えるのだろうか。この登りを終えたら、この山を回り込んだらと何度思ったことか。遠くからは見通しが利かないような地に町を作ったに違いない。

いよいよ最後の登りに差し掛かる。もうこれ以上高い場所が見えない。先は下っている。最後の峠「ダン・ラ」に立つと遠くに緑と城壁に囲まれた都市が現れた。ローマンタンである。周りは山々に囲まれている。ついに最果ての地までやってきた。町へと向かう足取りが一気に軽くなる。城壁の外側には、麦や蕎麦の畑があり、水路が張り巡らされている。豊富な水量に家畜のヤギたちが渇きを癒し、女たちは洗濯に励み、子供たちは賑やかに水遊びを楽しんでいる。ネパールの村とは違った雰囲気を感じる。

ローマンタンへと続く道
ローマンタンへと続く道
渇きを癒す家畜
渇きを癒す家畜たち

まだ道路は開通していないはずなのに、ここローマンタンには車があった。インド製の四駆が停まっている。いったいどこから持ってきたのだろうか。ヘリで運ぶわけにはいかないし、チベット経由で持ってきたのだろうか。ゲストハウスの隣には商店もある。様々な品物が並んでいる。生活用品、電化製品、傷まない食べ物など種類は豊富。

これだけの量をどうやってここまで運んできたのだろうか。道中、荷物を運んでいるような人々には会わなかったし、馬のキャラバンも見なかった。よくよく見てみるとネパールやインド製ではなく、すべて中国製。わからないことばかりで、商店主を質問攻めにする。

城壁に囲まれたローマンタン
城壁に囲まれたローマンタン
ローマンタン城内
ローマンタン城内

国境まではその距離わずか20kmほど。国境は条件付きでオープンしている。我々外国人は通ることはできないが、中国人は自由にローマンタンへ入ることができる。ローマンタンの人々は、国境を越えたチベット内にある町まで自由に行くことができる。中国製品はすべてチベットから運ばれてくる。年に2回だけ、経済交流と称した貿易が認められているという。この期間に半年分の商品を買い付ける。ちょうど今はその期間にあたり、商店主の父親も国境に行っているという。賞味期限切れのお菓子が売られているのも頷ける。トイレットペーパーはジョムソンで購入するよりも安かった。

ムスタンに中国製品が溢れているなんて想像もできなかったし、したくもなかったが、チベット側は既に道路が整備され、中国製品がトラックで大量に運ばれてくるという。四駆はというとインドからネパールに入り、ポカラ、ジョムソンを経由して、我々と同じルートでここまで走ってくるという。途中、まだ道はないが、乾季の雨の少ない季節にムスタン川(カリガンダキの上流域)の水量が減った時にツェレの直下ムスタンゲートの所から川に入り、河原を走り、ツァラン近くで再び山に入ってくる。あとはローマンタンまでは未舗装道路が続いている。限られた時期だけとはいえ、すでにローマンタンまで車が入っていたことに驚きを隠せなかった。

一息ついたら、ローマンタンのゴンパ巡り。村をいく人々は伝統的な衣装に身をまとい、のんびりと暮らしている。迷路のような城壁の内部を散策する。角を曲がる度にため息が漏れるほど絵になる光景が目に飛び込んでくる。長い間鎖国していたためだろう、まさに伝統がそのまま生きていると感じた。観光客相手の店で、タンカ(仏画)が売られていた。チョエデ・ゴンパで描かれたものだ。かつてムスタンは「絵」の技術の高さで有名だったという。その技術も見事に受け継がれている。ここはネパールではなくチベットらしさを感じる。現在のチベット自治区よりもよりチベット文化が息づいているのではないだろうか。

花咲くローマンタン
花咲くローマンタン

チョエデ・ゴンパ。小坊主たちが走り回っている。次の世代を担っているのを実感する。最近、建物が改築されたという。インドの要人がその式典への参加の是非を巡って外交問題にまでなったゴンパである。ダラムサラのようにインドからの援助も大きいのは事実。中国にしてみれば、チベットに対するインドの動きを黙認するわけにはいかないのだろう。

ジャンパ・ゴンパ。現在、大規模な修復中。1階は地獄、2階は現世、3階は天国を現すといわれるこの建物では、驚くことに1000を越えるマンダラの壁画が見られるという。しかも一つとして同じマンダラはない。よく見ると金がふんだんに使用されているのがわかる。その他の色は、全て鉱物の色。かつてこの地が、チベットとインド間の塩の交易によって、いかに栄えていたかをこの壁画が物語っている。

トゥプチェン・ゴンパの「トゥプチェン」は、お釈迦様を意味する。2代目のムスタン国王、タシゴンが1412年に創建した寺。部屋は集会堂の1つのみだが、ムスタンでは一番大きな寺。ここの壁画もやはり古くすばらしい。今回は特別な法要が執り行われていて、砂マンダラを見ることができた、さらに王様と王妃がお見えになり、同席することになった。すべての僧にお布施をされ、物静かに読経に耳を傾けていらっしゃる様子。お布施は全員に同じ金額を1人ずつに渡すのが礼儀という。次々と地元の実力者だろうかお布施を持ってやってくる。

ムスタン国王との謁見。緊張して王宮に入る。できる限り身なりを整える。薄暗い通路を抜けると、広い空間に出る。人が住んでいる生き遣いが感じられる。奥の応接室のような部屋に王様は腰をかけておられた。親戚が通訳をする形で会話が行われる。何を伺えばいいのか、失礼にあたらないかを考えると言葉が出てこない。今のネパール、チベットの情勢を危惧しているに違いないが、それを尋ねることは控えた。王様が胸の内に秘めているものは計り知れないからである。若い頃の昔話を伺って、建物を出ると緊張感から開放された。風が舞っている。これからムスタンはどうなっていくのだろうか。王様の居室を見上げながら考えてみる。ローマンタンでの時間はあっという間にすぎていってしまう。

ローマンタンを後にする。さらに周辺には村が散在している。しばらくここに滞在をして村々を訪ねてみたい。ローマンタンを身体で感じたいという思いを胸に、振り返りつつ、名残惜しみながら登っていく。行きとは異なるルートをジョムソンへ向けて進む。きっとまた様々なアクシデントが我々を待っているに違いない。峠越えが続く。やがて青空がのぞいてきた。緑が美しい。水脈が豊富にあるのだろう。荒涼としたムスタンにいることを忘れさせるルートである。馬を降りて、高山植物を眺めながら歩く。短い夏を競うように小さな花が微笑んでいる。

深く美しい緑
深く美しい緑
短い花の季節
短い花の季節

ガル・ゴンパは、この地方でも最も古いといわれているニンマ派の寺。ここローゲカル村には、このゴンパと僧坊のみで一般の家はない。素朴な寺とトイレのあるところから見下ろすマランの町が美しい。午後も峠越えが続く。尾根道で視界が開け、気持ちがいい。遠くにはガサからツァランへと続く道がよく見える。南からの猛烈な風。ガミの町から尾根に吹き上げてくる風は体温を一気に奪う。帽子は勿論、身体を飛ばされないように馬にしがみついていなければならない。馬は動じることなく、黙々と前進していく。やがて懐かしいガミの村に戻ってきた。緑とピンク色が目に眩しい。

この地方で最も古いニンマ派のガル・ゴンパ
この地方で最も古いニンマ派のガル・ゴンパ
遠くガサ村を望む
遠くガサ村を望む
ガミ村へと下っていく
ガミ村へと下っていく
ガミ村
ガミ村

ガミ・ラ(峠)への登りはきつい。馬の頑張りが頼り。馬は淡々と登っていく。ようやくニルギリがその頂を現した。久しぶりの青空である。気持ちのいい尾根道が続く。ゆるやかな道は馬を降りて歩くのもいい。馬のペースで歩いていける。行く先々で、「確かここは来たことがあるような、ないような」「見たような、見なかったような」と思いながら、南下していく。峠を越え、増水した川を越えていく。小さな川でも馬がいなければ渡れないほど増水している。サマルの村からは、ニルギリ、ティリチョピークが望める。

ガミ・ラ(峠)への登りはきつい
ガミ・ラ(峠)への登りはきつい
サマル村からニルギリ、ティリチョピークを望む
サマル村からニルギリ、ティリチョピークを望む

ジョムソンを目指す。歩き出すと雲が切れて青空が見えてきた。雲の向こうには白銀のニルギリ、ティリチョピークがその雄姿を現した。降ったばかりの雪が強い日差しを受けて輝いている。数日前、山の存在を全く感じることなく登っていった同じ道である。帰りは白きヒマラヤを眺めながらどんどんと下っていく。ずい分前に通った記憶を辿るように軽やかに進む。ツェレからも山はよく見えている。

アンモナイト探し。川が増水していて、いつもよく見つかる中洲が水没していて入れないため、苦戦する。スタッフは人数分を確保するつもりで探したが、残念ながら満足なものが見つからない。黒く丸い石はすべてアンモナイトにみえてくる。結局いいものを購入した方が早いという結論に達してしまう。来年チャンスがあれば、リベンジするつもりでいる。

購入したアンモナイト
アンモナイト
 

馬で渡ってきた川はやはり馬でないと渡れなかった。今度は馬の頭数が多く、馬の動きにも慣れているためスムース。予想外の山越えをしたポイントはまだ修復されておらず、再び山越えをすることにした。ここまできたら、皆、もう何が起こっても覚悟はできている。斜面を登り切ると、いつもの風が吹き上げてきた。強い南からの風。砂塵が舞い上がり、全身砂を浴びながら慎重に下っていく。今晩は久しぶりにシャワーを浴びられると思えば、我慢もできる。下り切ると風はさらに強く、油断すると吹き飛ばされそうになる。この風圧で路肩が崩れないとも限らない。ここは道路を全線開通させるための難所になるかもしれない。記憶では登りはあと2箇所。まずタンベへの急登。ニルギリを眺めながら進む。トラクターがまだ大小の石を並べただけの悪路を走る音がこだましている。馬も慣れているのだろうか、驚くわけでもなく落ち着いている。まさか職を失われるとは思っていないだろう。まもなく彼らに代わってバスが走る日が来る。

カグベニが見えてきた。ついに秘境ムスタンの旅が終わるのかと思うと達成感と寂しさが込み上げてくる。スタッフともお別れかと思うとなおさらである。嫌な顔ひとつせず、全力で歩いてくれた馬達。増水した川を渡るために膝まで水に入ってくれたスタッフ達。彼らの協力がなければ、この場には立つことはできなかったに違いない。四駆2台にスタッフも含めて全員乗り込んでカグベニを出発。馬子たちは馬に乗ってジョムソンへ。途中ギリンで借りた馬たちは、馬主がジョムソンで所用をすませてからギリンに走って戻るという。我々はここまで大切に持ち歩いてきた埃、疲れを熱いシャワーで洗い流して、サッパリと生まれ変わったようである。今日の夕食は薄暗い食堂ではなく、明るく暖かいレストランで取る。それだけで実に幸せで、贅沢に感じる。ここジョムソンではできることがまだムスタンではできない。今夜はぐっすりと眠れるだろう。

スタッフ
スタッフ集合 彼らの協力がなければ達成できない旅である

盛りだくさんのあっという間の16日間。様々な思いを胸に、この旅を終えようとしている。1991年10月ようやく外国人の入域が認められた地。それまでは禁断のチベット世界であった。今なお「移動に移動を重ねてようやく辿りつける地」「実に遠い」「やはり秘境に相応しい」「我々を容易には寄せ付けない地」であることは間違いない。

2008年に王制が崩壊し、王様の位置付けが曖昧になり、同時に中国の物質文化(中国製品)が急激かつ大量に生活に入り込んで、今、ムスタンは大きく変わりつつある。この地に深く根ざしているチベット仏教、文化はいったいどこへ向かうのだろうか。シッキムやラダックと同じ運命を辿るのか、チベット自治区のようになってしまうのだろうか。無事に機上の人となり、遠ざかっていくヒマラヤを眺めながら、そんなことを考えてみる。その行方をこの目で確かめるために、また荒涼とした大地に立ちたいと思う。

>>秘境ムスタン その1 ~~ジョムソンからツァラン~


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