「王の道が貫く砂漠の国 ヨルダン」ツアーレポート

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ツアーレポート TOUR REPORT

登山・トレッキング・ハイキング 目次へ

文・写真:澤田 真理子
※最新のツアーとは内容が異なる場合があります。
王の道が貫く砂漠の国 ヨルダン

中東三大遺跡のひとつを有し、死海の先にイスラエルを望む国・ヨルダン。
近年、遺跡の調査や修復が進み新たな魅力を見せています。今回はヨルダンの魅力を再発見する見どころをご紹介します。
無数の蝋燭で照らされる夜のエル・ハズネで幻想的な時間を過ごす“ペトラ・バイ・ナイト” 無数の蝋燭で照らされる夜のエル・ハズネで幻想的な時間を過ごす“ペトラ・バイ・ナイト”

ヨルダン最北・ゴラン高原を望む  デカポリス遺跡「ウンム・カイス」へ

首都アンマンから140キロ、ヤルムーク渓谷(ヨルダン渓谷)の奥にゴラン高原(イスラエル、シリア)、ゴリラヤ湖(イスラエル)を望む2世紀にデカポリスのリーダーとして最盛期を迎えた都市遺跡で、石灰岩と玄武岩の都市遺跡が周囲の景色の中で美しい光景を見せてくれます。新約聖書の「ガダラの豚の奇跡」の舞台であるガダラ(現ウンム・カイス)は古来から文化の中心として栄え、ローマの修辞学校の創設者であるテオドロスをはじめ、何人もの古典詩人や哲学者を輩出しました。「ガダラ」の町はプトレマイオス朝、セレウコス朝時代を経て、紀元前63年ローマ支配下に入り、デカポリスのひとつとして繁栄しました。しかし7世紀頃には衰退しイスラム勢力の支配下へと入っていきました。そしてオスマン帝国時代に遺跡の石を用いた村が作られ1987年まで実際に人々が暮らしていました。
ゴラン高原を望む玄武岩の柱廊が残る教会跡
ゴラン高原を望む玄武岩の柱廊が残る教会跡
西の劇場
玄武岩で作られた劇場として珍しく(シリアのボスラ遺跡にあります)、この劇場は約3000人の観客を収容しました。ウンム・カイスには2つの劇場がありますが、北の劇場は玄武岩のブロックがその後のオスマン帝国の村の住居の材料として持ち出され、破壊されています。西の劇場

 

ローマン・ロード(デクマヌス)
ローマの古代都市は南北を貫くメインロード「カルド・マクシムス-CaldoMaximus」と東西を貫くメインロード「デクマヌス・マクシムス-Decumanus Maximus」で構成されました。石畳が斜めに配置され、馬車の通行をスムーズにし、ノイズを下げたといいます。
ローマン・ロード(デクマヌス)

世界で唯一のナバタイ芸術を今に伝える フレスコ画が残る「リトル・ペトラ」

ペトラの北5キロにあるナバタイの遺跡群。350mのシク、神殿、墳墓、貯水池まであることから「リトル・ペトラ」と呼ばれています。実際にペトラの郊外のキャラバンの宿営地として使用されたと考えられています。遺跡の入り口にはペトラと同じスタイルの神殿が築かれ、内部には墳墓と住居と思われる洞窟が残っています。
 この遺跡で特徴的なのは洞窟住居内に残されているフレスコ画。ナバタイの壁画で現存する唯一のもので、かつてはベドウィンの人々の炊いた火の煙で黒ずんでいたんでいましたが、イギリスの専門家により修復され、当時のナバタイの人々のギリシャ風の壁画とその芸術性をうかがい知ることができます。壁画は紀元後1世紀頃のものと推定され、ぶどう、鳥、そしてフルートを吹く天使のような少年の姿が確認できます。

天使のフレスコ画
3種の葡萄が描かれいずれも古代ギリシャのワインの神ディオニュソスと関連しています。フルートを吹く天使のような少年像。実在する植物や鳥をモチーフにギリシャの影響を受けた絵風で、ナバタイの芸術を今に伝える、世界でたったひとつの記録です。
天使のフレスコ画

初期イスラムの芸術と建築を今に伝える 「砂漠の城」蘇るウマイヤ朝の栄華

  首都アンマンの東、イラク国境へと走ること100キロほどの砂漠の中に初期イスラムの芸術と建築を今に伝える「砂漠の城」が残されています。「城」と呼ばれてはいるものの実際にはキャラバンの宿営地や交易の拠点、辺境への前哨基地であったなどと考えられています。そのうちでも必ず訪れるべき城がこのアムラ城。素晴らしいウマイヤ朝時代のフレスコ画が残され、再現された「砂漠の城」としてユネスコの世界遺産に指定されています。この「城」は8世紀に建てられた隊商宿跡、浴場跡、狩猟小屋跡とされていますが、フレスコ画に描かれたイスラム初期のこの地域の王族の暮らしについては様々な分析がなされています。アムラ城が建設されフレスコが描かれた711年頃、ウマイヤ朝は第6代カリフのワリード1世が帝国内に壮大なイスラム建築を築いていました。ダマスカスのウマイヤ・モスクやエルサレムの岩のドームもこの時代のものです。この時代のイスラムに対する厳粛な信仰とは裏腹に、このアムラ城には裸婦の入浴姿が描かれました。そのため、この城は当時の王族たちが辺境の地で人目を逃れ快楽を享受するための離宮であったのではないかと考えられています。辺境の地であったため、それらのフレスコ画は後のイスラム教徒の破壊を逃れ、当時の王族の暮らしとユーモアを私たちに伝えています。

入口ホールの壁
当時のウマイヤ朝のカリフのライバルであった6人の偉大な支配者たちが描かれています。そのうちの4人は特定され、ビサンツ皇帝のカエサル、西ゴート王国のロドリーゴ、ササン朝ペルシャ皇帝ホスロー、アビシニア皇帝ネグスだと言われています。
入口ホールの壁
謁見のホールに描かれた壁面と天井を覆うフレスコ画
敬虔なイスラムのウマイヤ朝時代にも関わらず,胸を露わにした女性や働く大工,ラクダの姿などがパネルに描かれています。謁見のホールに描かれた壁面と天井を覆うフレスコ画
浴室のドームに描かれた北半球の天体・星座図
この建物に残されたドームとヴォールト天井のハマムはイスラム以降の建築としては最古のものの一つとされています。
浴室のドームに描かれた北半球の天体・星座図
 

極上の「死海リゾート」を体験
Dead Sea Expeerience

 
地球上で最も低い海抜マイナス420mの死海。アンマンやケラック方面から死海へ向かうと、車はぐんぐんと高度を下げていきます。東アフリカから紅海、そしてアカバ、この死海とヨルダン渓谷を貫く「大地溝帯」の深部へ下って行くことを実感せずにはいられません。ヨルダンでは2000年以降、死海沿いのリゾートが発達し、隣のイスラエルにも負けない設備のリゾートホテルができています。そのうちのひとつ「モーベンピック・デッド・シー・リゾート・アンド・スパ」をご紹介します。ツアーではこのホテルに滞在し、死海での優雅な滞在をお楽しみいただきます。金曜日を含む週末にはアンマンや近隣のアラブ諸国からの観光客で賑わう人気の高級リゾートホテルです。
死海での浮遊体験をお楽しみください。
死海での浮遊体験をお楽しみください。
ひよこ豆のペースト・ホンムスなど、ヨルダン渓谷で育ったオリーブをたっぷりかけたヨルダン・アラブ料理の前菜“メッセ” をお楽しみください。ヨルダン産ワインも。
ひよこ豆のペースト・ホンムスなど、ヨルダン渓谷で育ったオリーブをたっぷりかけたヨルダン・アラブ料理の前菜“メッセ” をお楽しみください。ヨルダン産ワインも。
死海を望むプール。ホテル内には中東一と謳われる美しいスパ・ZARA spaもご利用になれます(有料)。
死海を望むプール。ホテル内には中東一と謳われる美しいスパ・ZARA spaもご利用になれます(有料)。

関連ツアーのご紹介

王の道が貫く砂漠の国 ヨルダン

ワディ・ラム、砂漠の城、死海、薔薇色のペトラ、そしてゴラン高原を望むデカポリスのひとつウンム・カイスまで。ヨルダンの魅力を再発見する旅。