「悠久の歴史流れる地 ペルシャ」ツアーレポート

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ツアーレポート TOUR REPORT

中近東・中央アジア 目次へ

文:山田 宏治 写真:西遊旅行
※最新のツアーとは内容が異なる場合があります。
悠久の歴史流れる地 ペルシャ

ペルシャ、その言葉の響きに惹かれる方も多いことでしょう。
今回はペルシャを中心に興った王朝と、彼らが後世に残したものをご紹介いたします。

イスファハンのイマーム広場
イスファハンのイマーム広場

魅惑の国に流れる歴史

 ペルシャ、その言葉の響きに惹かれる方も多いことでしょう。今回はペルシャを中心に興った王朝と、彼らが後世に残したものをご紹介いたします。 1979年のイラン革命以来、イラン・イスラム共和国となったこの地は、かつてはペルシャと呼ばれ、数千年の歴史の中で様々な王朝の栄枯盛衰の舞台となった地です。紀元前2000年紀に、コーカサス、アナトリア、メソポタミア、中央アジア、そしてペルシャ湾に囲まれたイラン高原に、アーリア人が南下して定住しました。イラン高原は、その地理的背景から交易ルートの通過点となり、また様々な勢力の支配下に置かれました。下記の年表をご覧いただくと、世界史に登場する帝国や王朝が、この地を支配したことがお分かりになります。

 広大な地域を支配したため、様々な民族の建築様式や伝統文化を取り入れたこと、またペルシャを起源とする王朝のみならず、モンゴルや中央アジアの王朝に支配されたことにより、それぞれの時代に華麗なペルシャ文化が花開きました。そして、シルクロードを通り、日本までペルシャの影響が伝わった時代もあります。 また様々な世界情勢の背景のもと、いくつかの王朝はヨーロッパの勢力としのぎを削り、世界史の舞台にもなりました。東征途中のアレキサンダー大王に滅ぼされたアケメネス朝、ローマ帝国を破ったササーン朝など、当時のオリエント世界の超大国として君臨した時期もありました。

奴隷交易の歴史を物語るゴレ島(セネガル)
j左:チャドルを纏った子供。 右:精緻を極めたタイルワークが美しいミフラーブ。イランのほぼ中央に位置する町ヤズドの金曜モスクである。ササーン朝 時代のゾロアスター教神殿の跡地に建てられている。
伝統料理「アブ・グーシュト」肉や野菜、豆類の壺煮込み 料理で日本人の口にもよく合う。
伝統料理「アブ・グーシュト」肉や野菜、豆類の壺煮込み 料理で日本人の口にもよく合う。

イラン系諸王朝を紹介

 イランに興った代表的な王朝をご紹介いたします。彼らが歴史上に残した出来事は、後世の歴史に大きな影響を与え、彼らが史跡として残したものは、当時の栄華を今に語り伝えます。

 長い歴史のなかで興っては消えていった各々の王朝は、その栄華を誇るかのように様々な史跡を残し、今も訪れる人を惹き付けて止みません。そして、その壮大さ、華麗さを実際にご覧になると、強大な権力を持った各王朝の華やかかりし時代が、目に焼き付くことでしょう。

世界史に刻まれた大帝国 アケメネス朝

220年もの間、西はギリシャ、 エチオピア、東はパキスタンまで36の属州を擁して君臨した大帝国。紀元前331年、東征途中のアレキサンダー大王によって滅ぼされました。大王がダーダネルス海峡を越えて入った小アジア(現在のトルコ)は、すでにアケメネス朝の支配下でした。インドへ向かう大王は、アケメネス朝の領土を東に進軍し、ついに拠点のペルセポリスを陥落させます。かねてからアケメネス朝にブラン岬より大西洋を望む(モーリタニア)攻撃を受けていたギリシャ人からは、野蛮な民族の国家と思われていましたが、大王が実際に見たものは、様々な民族、宗教を束ね、発達した文化を持った帝国だったのです。今は廃墟と化したペルセポリスは、大帝国と呼ぶにふさわしい史跡です。

日本文化にも影響を与えた ササーン朝

アケメネス朝よりも長く、425年間に渡って君臨した王朝。かつて栄華を極めたアケメネス朝の復興を目指し、ペルシャが起源とされるゾロアスター朝を国教としました。文化面として歴史に残るものは、支配化においたメソポタミアから導入したガラス器の製造が挙げられます。唐の時代、シルクロードを通って日本にまで伝わっており、ブラン岬より大西洋を望む(モーリタニア)奈良の東大寺正倉院にはペルシャ様式にカットされたガラスの器が収められています。また、紀元260年ローマ帝国との戦闘でローマ皇帝ヴァレリアヌスを捕虜にしました。皇帝シャープール一世は戦勝記念として、命乞いをするローマ皇帝を刻んだレリーフをナクシェ・ロスタムに残しています。


イランにおけるモンゴル政権 イル・ハーン朝

 チンギス・ハーンの征西の後、イラン高原を中心に興ったモンゴル系の王朝。モンゴルの第四大ハーン・モンケの弟フラグが初代君主となりました。彼は当時の強大なイスラム王朝アッバース朝を滅ぼし、タブリーズを首都とするイル・ハーン朝を興しました。首都タブリーズ近郊には、ブラン岬より大西洋を望む(モーリタニア)世界遺産に登録されたゴンバデ・スルタニエが残ります。後世のイスラム建築に大きな影響を与えたこの巨大な建造物は、中央アジアの建造物によく見られる二重のドームを取り入れています。また宗教面では、この時期にペルシャのイスラム化が進んだ時代でもありました。


華麗なる首都イスファハン サファビー朝

イル・ハーン朝の後、サマルカンドを首都としたティムール朝の支配を受けたのち235年間続いた王朝。ペルシャにシーア派をもたらしたことも大きな特徴ですが、最盛期、領土としたコーカサスからアルメニアやアゼルバイジャンの建築職人を集め、首都のイスファハンを壮麗な町にしました。この時期のイスファハンは、「世界の半分」と謳われ、各国からの商人が集う大都市に変貌します。今でもイマーム広場に残るシェイクルトフォラーモスクは、イスラム建築の最高傑作のひとつとされています。ペルシャ様式の、植物の描かれた青いタイル装飾は中央アジアの建築物にも影響を与え、そこにはペルシャ文化の広がりを見ることができます。

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