秘境ツアーのパイオニア 西遊旅行 / SINCE 1973

金子貴一のマニアックな旅

連載|第一回

イラク国内イスラム教聖地巡り【前編】

イスラム教シーア派初代イマーム、アリの廟があるイマーム・アリ・モスクは、建築材料に黄金や大理石などが惜しみなく使われている


イマーム・アリ廟では、引っ切りなしに棺桶(写真中央)が担ぎ込まれ、廟の周りを反時計回りに廻ったかと思うと外に出て行った。死者はこの様に最後のお参りを済ませてから埋葬される。世界各地からのシーア派巡礼者と共に聖職者(手前中央の帽子姿の2名、緑のターバンは預言者ムハンマドの子孫を表す)も参詣していた


ハディージャ・ベント・イマーム・アリ廟。アリの17人の子供の一人、娘ハディージャは10歳未満で亡くなり、この地に父アリの手で葬られたという。ドーム内部には、墓石が金属製格子と透明プラスチック板に囲まれていた(写真)。預言者の孫娘であるため特別の力があると信じられており、女性たちがお参りに来ては願掛けをして、約束の印として格子に緑や白の紐を縛り付けて行った
※2002年、つかの間の平和に訪れたイラクでのお話

2002年9月3日、イラク情報省の公用車で、首都バグダッドから南下すること160キロ。私はワクワクした気持ちでイスラム教シーア派の大聖地ナジャフに入った。シーア派の初代イマーム(宗教指導者)、アリ(紀元600頃~661年)の廟があり、イラク国内のみならず、隣国イランやレバノン、イエメン、遠くはパキスタンなどからもシーア派巡礼者が大挙して訪れる都市だ。当時、イラク戦争に向かって国際的な緊張が高まるなかでも、イランからだけで「毎週7000人」(イマーム・アリ廟聖職者)の巡礼者が訪れていたという。

 私は、旅行の主目的である情報副大臣とのインタビューを終わらせ、情報省職員と共にイラク国内のイスラム教聖地巡りに出発した。イラクにあるイスラム教の精神的主柱をこの目で見ておこうとしたのだ。

約56万人の人口を有するナジャフの西の端に、アリ廟を中心とする旧市街があり、その北西部には、シーア派共同墓地「ワジ・アル・サラーム(「平和の谷」の意)」が広がっている。東京ドーム約130個分の広大な敷地に500万基以上の墓が並び、毎年、50万基ずつ増加すると言われる「世界最大」の共同墓地だ。世界中のシーア派の人々は、死後、ここに埋葬されることで、「最後の審判の日」にイマーム・アリと共に復活したいと願っているのだ。

この巨大墓地を眺めながら、私は、はじめてナジャフを訪れた1996年6月のことを思い出していた。私は秘境添乗員として8名のお客様と共に、イラク国内の遺跡群を巡っていた。お客様は、頻発する戦争の間のつかの間の「平和」の時期に、イラクを見ておこうという旅の強者たちだった。

 快晴で気温が45度に迫ろうという猛暑のなかナジャフに到着するや、スルーガイドのムハンマド・アリ氏は、「今夜の宿泊予定地は修復中のため、別のホテルに変更になりました」と言った。これにはホトホト参ってしまった。実は、私は、出発前までに提出できなかった執筆の仕事を抱えたままイラクに来ていたのだ。編集担当者との約束は、当時、国際電話の事情が悪かったイラクに日本から電話を掛けて、私が電話口で原稿を読み上げ、編集者が筆記すると言うもの。電話は予定していたナジャフのホテルに翌朝5時に掛かってくるのだ。しかし、私から編集者に連絡する方法はない。私は、変更前のホテルによってもらいマネジャーに事情を話して、新たなホテルの電話番号を伝えた。

「声がとても遠いですね。聞こえますか?」

 翌朝5時、約束通り電話をしてきた編集者は開口一番にそう言った。私は、約1時間にわたって、原稿を読み上げ、間違いがないか念入りに確認してから電話を切った。

 実は、日本からの国際電話を受けた変更前のホテルのマネジャーが、別の電話で変更後のホテルにダイヤルして、私たちが会話している間、二つの受話器を逆さまに合わせて、ずっと握りしめていてくれたのだ。イラク人の優しさに、心から感激した出来事だった。

後編につづく

※朝日新聞デジタル「秘境添乗員・金子貴一の地球七転び八起き」(2011年3月28日掲載)から



1962年、栃木県生まれ。栃木県立宇都宮高校在学中、交換留学生としてアメリカ・アイダホ州に1年間留学。大学時代は、エジプトの首都カイロに7年間在住し、1988年、カイロ・アメリカン大学文化人類学科卒。在学中より、テレビ朝日カイロ支局員を経てフリージャーナリスト、秘境添乗員としての活動を開始。仕事等で訪れた世界の国と地域は100近く。
好奇心旺盛なため話題が豊富で、優しく温かな添乗には定評がある。

NGO「中国福建省残留邦人の帰国を支援する会」代表(1995年~1998年)/ユネスコ公認プログラム「ピースボート地球大学」アカデミック・アドバイザー(1998~2001年)/陸上自衛隊イラク派遣部隊第一陣付アラビア語通訳(2004年)/FBOオープンカレッジ講師(2006年)/大阪市立大学非常勤講師「国際ジャーナリズム論」(2007年)/立教大学大学院ビジネスデザイン研究科非常勤講師「F&Bビジネスのフロンティア」「F&Bビジネスのグローバル化」(2015年)

公式ブログ:http://blog.goo.ne.jp/taka3701111/

主な連載・記事
・文藝春秋「世界遺産に戸惑うかくれキリシタン」(2017年3月号)
・朝日新聞デジタル「秘境添乗員・金子貴一の地球七転び八起き」(2010年4月~2011年3月)
・東京新聞栃木版「下野 歴史の謎に迫る」(2004年11月~2008年10月)
・文藝春秋社 月刊『本の話』「秘境添乗員」(2006年2月号~2008年5月号)
・アルク社 月刊『THE ENGLISH JOURNAL』
・「世界各国人生模様」(1994年):世界6カ国の生活文化比較
・「世界の誰とでも仲良くなる法」(1995~6年):世界各国との異文化間交流法
・「世界丸ごと交際術」(1999年):世界主要国のビジネス文化と対応法
・「歴史の風景を訪ねて」(2000~1年):歴史と宗教から見た世界各文化圏の真髄

主な著書
・「秘境添乗員」文藝春秋、2009年、単独著書。
・「報道できなかった自衛隊イラク従軍記」学研、2007年、単独著書。
・「カイロに暮らす」日本貿易振興会出版部、1988年、共著・執筆者代表。
・「地球の歩き方:エジプト編」ダイヤモンド社、1991~99年、共著・全体の執筆。
・「聖書とイエスの奇蹟」新人物往来社、1995年、共著。
・「「食」の自叙伝」文藝春秋、1997年、共著。
・「ワールドカルチャーガイド:エジプト」トラベルジャーナル、2001年、共著。
・「21世紀の戦争」文藝春秋、2001年、共著。
・「世界の宗教」実業之日本社、2006年、共著。
・「第一回神道国際学会理事専攻研究論文発表会・要旨集」NPO法人神道国際学会、2007年、発表・共著。
・「世界の辺境案内」洋泉社、2015年、共著。

※企画から添乗まで行った金子貴一プロデュースの旅

金子貴一同行 バングラデシュ仏教遺跡探訪(2019年)
金子貴一同行 西インド石窟寺院探求の旅(2019年)
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金子貴一同行 アイルランド゙古代神殿秋分の神秘に迫る旅(2018年)
金子貴一同行 南インド大乗仏教・密教(2017年)
金子貴一同行 ミャンマー仏教聖地巡礼の旅(2017年)
金子貴一同行 ベトナム北部古寺巡礼紀行(2016年)
金子貴一同行 仏陀の道インド仏教の始まりと終わり(2016年)
金子貴一同行 恵みの島スリランカ 仏教美術を巡る旅(2016年)
金子貴一同行 十字軍聖地巡礼の旅(2015年)
金子貴一同行 中秋の名月に行く 中国道教聖地巡礼の旅(2015年)
金子貴一同行 南イタリア考古紀行(2014年)
金子貴一同行 エジプト大縦断(2013年)
金子貴一同行 ローマ帝国最後の統一皇帝 聖テオドシウスの生涯(2012年)
金子貴一同行 大乗仏教の大成者龍樹菩薩の史跡 と密教誕生の地を訪ねる旅(2011年)
金子貴一同行 北部ペルーの旅(2009年)※企画:西遊旅行
金子貴一同行 古代エジプト・ピラミッド尽くし(2005年)
金子貴一同行 クルディスタン そこに眠る遺跡と諸民族の生活(2004年)
金子貴一同行 真言密教求法の足跡をたどる(2004年)
金子貴一同行 旧約聖書 「出エジプト記」モーセの道を行く(2003年)
金子貴一同行 エジプト・スペシャル(1996年)

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