「魅惑の中央アジア特集」 ~ウズベキスタンにみるイスラム建築~

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魅惑の中央アジア ウズベキスタンにみるイスラム建築

 イスラム建築史上、14世紀から15世紀後半の中央アジアは、その建築活動の質と量の両面において、著しく輝きをはなっていた時代と言えるでしょう。
 中央アジアのイスラム化は7世紀頃に始まり、支配階級や都市民に比べ一般民衆の間で長らく旧来のゾロアスター教の信仰が続いたものの、10 世紀中頃にはほぼ完全にイスラム化されたと言えます。アラブの侵入に伴う激しい動乱によって、廃墟と化した中央アジアの都市も、徐々に中世封建都市としての復興が進んでいき、都市はそれまでの防衛と政治の拠点という性格から、経済活動の中心としての性格も強めていきました。城や宮殿、バザール、キャラバンサライ、そしてモスクやメドレセなどの宗教建築も次第に重要性を帯びていったのです。
 初期イスラム建築としてサーマーン朝、カラ・ハン朝、セルジューク朝を経て、中世末期ホラズム・シャー朝の時代には中央アジアのひとつの繁栄期として美しい建築物が次々と生まれました。そんな中、全てを消し去ったのが1221年のモンゴル軍による侵略でした。徹底的な破壊活動により、都市は廃墟と化すのです。
 しかし、ティムールの登場と共に、中央アジアのイスラム建築は突如として黄金時代を迎えます。東はインドの一部から西はシリアやアナトリアの一部にまで及ぶ広大な大帝国を築き上げたティムールは、征服地から数多くの技術者を捕虜として連行。その労働力を駆使して首都サマルカンドの壮麗化に力を注ぎました。それは、帝国の成立と共にシルクロード上の東西通商貿易が活発化し、その利益が中央アジアのオアシス都市に蓄積されていった結果でもありました。この頃に、彩釉装飾の技術も発展を遂げ、今に残る壮麗なイスラム建築が次々に誕生しました。16世紀以降、喜望峰の発見によりシルクロードの隊商貿易が停滞していくなか、美しい建築物は作られ続け、いま世界中の人々を魅了しています。
 今回は、中央アジアの遺産をいっそう楽しんでいただくため、イスラム建築を取り上げ、ご紹介したいと思います。

イスラム建築はその用途によって、モスクやメドレセ、霊廟などの宗教建築と宮殿やキャラバンサライなどの世俗建築に分けられます。それぞれは、歴史的事実の生き証人として当時の人々の宗教生活、宮廷生活、商業生活を私たちに垣間見させてくれます。

本来イスラムでは、特定の死者を崇拝したり、墓石を立てたりすることは禁じられていましたが、古来の聖者信仰の習慣や権力者の墓廟建設によって次第に一般化し、特に東方イスラム圏において廟建築が高度に発展しました。方形また正多角形の集中式プランを基本とし、その上にドームがかけられるのが一般的で、参詣を考慮した構造になっています。中央アジアでは、サマルカンドのグル・エミル廟や霊廟建築のアンサンブルと呼ばれるシャーヒー・ジンダ廟が代表的。また、ブハラには初期の墓廟建築として貴重なイスマイル・サマニ廟が残っています。

モンゴル軍による破壊を免れた中央アジア最古のイスラム建築イスマイル・サマニ廟(ブハラ)

モンゴル軍による破壊を免れた中央アジア最古のイスラム建築イスマイル・サマニ廟(ブハラ)

ティムールをはじめ3代の帝王が眠るグル・エミル廟(サマルカンド)

ティムールをはじめ3代の帝王が眠るグル・エミル廟(サマルカンド)


3つのメドレセがコの字型に並ぶ、サマルカンドの中心地「レギスタン広場」。それぞれ違う時代に建設されたが調和が考えられている

3つのメドレセがコの字型に並ぶ、サマルカンドの中心地「レギスタン広場」。それぞれ違う時代に建設されたが調和が考えられている


イスラムに関する高等教育を受けるための学校にあたる施設。教授と学生が寄宿して勉学に励むため、2階には宿泊のための小部屋が並んでいます。回廊を伴う方形の中庭があり、それに向けて高い天井を持つ開放的な空間が配置され、これが教室として利用されていました。中央アジアでは多くのメドレセが建設され、最大のものはヒヴァにあるムハンマド・アミン・メドレセ。このほか、ブハラのナディール・ディヴァンベキ・メドレセやサマルカンドのウルグベク・メドレセなど、各地で美しいタイル装飾の残るメドレセを見ることができます。

モンゴル軍による破壊を免れた中央アジア最古のイスラム建築イスマイル・サマニ廟(ブハラ)

20本のクルミの柱で支えられたアイヴァンを持つボロ・ハウズ・モスク(サマルカンド)

ティムールをはじめ3代の帝王が眠るグル・エミル廟(サマルカンド)

ビビ・ハニム・モスク。メインの大モスクのほか、両脇に小モスクが建つという巨大な構成だった(サマルカンド)

ムハンマドがメディナに建てた「預言者の家」がモスクの規範となっており、地域の特性を帯びたプランに発展していきました。中央アジアでは、建物の正面や側面に非常に高い天井を持つ箱型のテラスをつけるアイヴァン式のモスクも見ることができます。中央アジア最大のモスクはサマルカンドにある「ビビ・ハニム・モスク」で1万人以上の礼拝者を収容できたとされています。

イスラムは、北アフリカから中央アジアに至る広大な地域を舞台に拡大を続けるにつれ、様々な地域性を帯びつつも共通のプランや構造を確立していきました。大人数で同時に同じ方向を向いて礼拝するための多柱式プランやメッカの方向を定めるためのミフラーブ、より高く見せるための二重殻のドームや礼拝時間を知らせるアザーンを遠くまで響かせるためのミナレットなど…ここでは中央アジアのイスラム建築を読み解くために役立つ代表的な構造の一部をご紹介します。

カラ・ハン朝期の代表的な遺構カリヤン・ミナレット。処刑台としても使われたと伝えられている(ブハラ)

カラ・ハン朝期の代表的な遺構カリヤン・ミナレット。処刑台としても使われたと伝えられている(ブハラ)

信者に礼拝の時間を呼びかけるアザーンが行われる塔。しかし、この機能はのちの時代に付与されたもので、イスラムの存在を広く視覚的に示す象徴としての役割が主であったのではないかと考えられています。もっとも中央アジアでは、オアシスを目指して砂漠からやってくるキャラバンの目印になるように、さらには周辺を見渡し、監視する見張り塔としての目的があったとも言われています。

コシュ・グンバス廟の2つのドーム。新しいものになるにつれドームの高さが増す(シャーヒー・ジンダ廟/サマルカンド)

コシュ・グンバス廟の2つのドーム 新しいものになるにつれドームの高さが増す(シャーヒー・ジンダ廟/サマルカンド)


イスラム建築の象徴とも言えるドーム天井。特徴は大空間を形成できることです。元来は古代ローマ帝国の建築から影響を受けたものと言われますが、イスラムにおいてドームは高貴なものの象徴であったと理解できます。また宇宙を想起させる象徴的な空間ともなり、墓廟などモスク以外の建築にも用いられるようになります。徐々に象徴的意味を強めていった結果、より高く見せるためにドームを内側と外側の二重構造にする方法が生まれました。中央アジアでは多くの二重殻ドームを目にすることができます。

金箔がふんだん使われたグル・エミル廟内部のムカルナス(サマルカンド)

金箔がふんだん使われたグル・エミル廟内部のムカルナス(サマルカンド)

鍾乳石飾りと呼ばれる技法で、ドームや玄関上部の装飾として用いられます。凹状の立体を積み重ねた複雑な表面を呈し、多色のタイル片で覆われています。これはイスラム特有の技法で13世紀後半から流行。スクィンチ(※)の装飾的処理が由来とされますが、ムハマンドが啓示を受けたヒラー山の洞窟を象徴しているという説もあります。

※スクィンチ:四角形のプランの上に円形のドームを作る時、小さなアーチを斜めに渡して四角形から八角形の上部プランを作って徐々に円に近づけていく構造。

イスラム建築の魅力のひとつは連続性のある文様を中心として、さまざまな技法で飾られた色鮮やかな壁面装飾です。偶像崇拝を禁止とするイスラムにおいて特別な進化を遂げたそれらは、隙間ないほどに空間を埋め尽くし、見るものを不思議と捉えてはなさない魅力を持っています。

イスラムの装飾文様は、文字文、幾何学文、植物文の3種が主要なモチーフとなっています。それぞれは歴史と意味を持ち、建築だけでなく工芸品や写本芸術にも生きています。

イスラムにとってアラビア語は神聖なる宗教語。特定のメッセージを伝える媒体でありつつ図案化されて装飾要素のひとつとなりました。内容は主にコーランの引用や信仰告白、持ち主への祝福や詩の引用などです。

イスラム地域で発展した数学的作図を用いてデザインされており、無限に続くパターンは神が創造した完璧な世界を暗示するものとなります。なんらかの具像物を極度に図案化したのではなく、純粋な抽象文です。

蔓草模様、いわゆる「アラベスク文様」。連続性と非現実的な造形がイスラムの楽園思想と結びついていると考えられます。イスラム装飾において唯一の有機物由来の文様で、葉・花・蔓などが流麗に組み合わされます。

極度に図案化されたアラビア文字が装飾の中心要素となっている(グル・エミル廟内部/サマルカンド)

極度に図案化されたアラビア文字が装飾の中心要素となっている(グル・エミル廟内部/サマルカンド)

植物文様と幾何学文様が融合し、多数のタイルの組み合わせで無限のパターン装飾が施されている(タシュ・ハウリ宮殿/ ヒヴァ)

植物文様と幾何学文様が融合し、多数のタイルの組み合わせで無限のパターン装飾が施されている(タシュ・ハウリ宮殿/ ヒヴァ)


釉浮彫テラコッタの壁面装飾。浮彫に着色、釉薬がかけられている(シャーヒー・ジンダ廟/サマルカンド)

釉浮彫テラコッタの壁面装飾。浮彫に着色、釉薬がかけられている(シャーヒー・ジンダ廟/サマルカンド)

中央アジアでの初期イスラム建築の壁面装飾は、日干し煉瓦を材料として厚く塗り上げたスタッコの上に浮彫や彩色を施す方法が主流でしたが、その技法は時代と共に進化していきました。浮彫テラコッタの登場や焼き煉瓦の使用を経て、窯業の貢献がさらに高まると12世紀には表面に釉薬をかけた彩釉煉瓦や釉薬タイル、彩釉浮彫テラコッタなど光沢と色彩をもつ仕上げ材料が現われます。青と白の2種にすぎなかった彩釉煉瓦も14世紀の黄金期にはその種類も増え、モザイク技術も誕生、装飾の技法も多彩に発展を遂げていきました。今回は代表的な2つ技法を取り上げます。

建物の壁や床をタイルで覆う建築装飾は13世紀後半よりイラン・中 央アジアを中心に発展しました。釉薬がかけられているものは色を失わず当時の色を今に伝えます。1枚で完結して図柄を示すものもあればパネルやフリーズを形成し何枚かでひとつの大きな構図を描くものもあります。

壁面を覆う漆喰を型押し、彫刻したり、石版や木版のパネルを彫刻して浮彫を施します。浮彫のテラコッタ
は耐久性に優れ外壁の装飾に用いられました。多くの浮彫はさらに着色
され、14世紀には釉薬がかけられるようになります。


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